20.寝所
「……いない。どこにもおられない」
レイガルが、城の廊下を音もなく、しかし凄まじい焦燥感を纏って歩いていた。主の寝所、サロン、図書室……どこを探しても、ルミナスの銀髪は見当たらない。
「ふん、無能な犬め。鼻が利かないのなら、その鋭い牙も飾りだな」
背後の闇から、ゼノスが嘲笑とともに現れる。
「主様は、この城の魔力の流れが最も穏やかな場所を好まれる。貴様のような物理攻撃しか能のない男には、一生見つけられんよ」
「……黙れ、角。貴様こそ、さっきからルミナス様の気配を追って、同じ場所を三周しているではないか」
二人が火花を散らしていると、その間に掃除用具を抱えたアルフレッドが、死にそうな顔で割り込んできた。
「おい、お前ら……。そんなことより、カイン王子を知らないか? 王子もさっきから、ルミナス様を探して半泣きで走り回っているんだぞ」
「「小僧(殿)のことなどどうでもいい!!」」
「……だろうな! だが、ルミナス様がいないと、この城の魔力バランスが不安定になって、たまに部屋の重力が反転したりするんだ! さっき私は天井に叩きつけられたんだぞ! 早く見つけろ!」
三人は仕方なく、喧嘩をしながらも共同で城内を捜索し始めた。
「主様は寝るのがお好きだ。だが、昨日は『木漏れ日が眩しい』と仰っていた。ならば、日当たりの悪い北の塔か?」
レイガルが真剣に推測する。
「甘いな。主様は『風の音が子守唄になる』とも仰っていた。上層階の、雲に近い場所だ」
ゼノスが魔力探査を広げる。
「待て、お前ら。あそこに落ちているのは……ルミナス様の靴じゃないか?」
アルフレッドが指差した先、巨大な観葉植物の陰に、片方だけ脱ぎ捨てられた主の靴があった。
「「っ……!!」」
レイガルとゼノスが同時に跳躍した。我先にと主の痕跡に群がる二人。
だが、その先にあったのは、ただの「空のゆりかご」だった。
「……いない。また場所を変えられたのか」
膝をつき、絶望するレイガル。
結局、三人がルミナスを見つけたのは、意外すぎる場所だった。
城の厨房にある、大きなパン焼き窯の上の、ほんの少し暖かい隙間。そこに、ルミナスは丸まって、カインを抱き枕代わりにしてスヤスヤと眠っていた。
「……あ、皆さん。しーっ、です」
カインが、ルミナスの腕の中で真っ赤な顔をして小声で囁く。
「……ハッ。あんな、パンを焼くような庶民的な場所で……。主様、なんと慎ましい……」
レイガルが感動で涙ぐみ、その場に跪く。
「……あの小僧。主様の『抱き枕』という至高の座を、独占しているだと……? 万死に値する」
ゼノスが指先から黒い雷をバチバチと鳴らす。
「おい、それより重力だ! 重力が戻らないんだ! 私の体が浮き上がっているのが見えないのか!」
アルフレッドが、天井付近をふわふわと漂いながら必死に訴える。
「……ルミナス様。……せめて、その場所を、私の背中の上に変えてはいただけないでしょうか」
レイガルが、聞こえるはずのない寝言に向けて、重すぎる独占欲をボソリと零した。
城の主が満足そうに寝息を立てる中、その足元(あるいは天井)では、今日もしっちゃかめっちゃかな忠誠と嫉妬が渦巻いていた。




