18.末路
地下牢に、軽やかな足音が響く。
レイガルとゼノスが険悪な空気で言い合っていた場が、その音一つで一瞬にして静まり返った。二人は弾かれたように背筋を伸ばし、入り口の方を向いて深く頭を下げる。
「主様、このような埃っぽい場所へわざわざ……」
「我が主、この男の処刑の準備ならいつでも整っておりますが」
二人の言葉をスルーして、ルミナスはひょいと牢の鉄格子の前に立った。
「やあ、アルフレッド。食事は口に合ったかな?」
ルミナスは、まるで友人の家に遊びに来たかのような気楽さで、鉄格子の隙間からアルフレッドを覗き込む。アルフレッドは、鎖を鳴らしながらも毅然とした態度を取ろうと背を向けた。
「……毒など入っていなくとも、貴様のような魔術師から与えられたものなど食えるか。……私は誇り高き聖騎士だ。卑怯な真似をせず、正々堂々と裁くがいい!」
アルフレッドの叫びに、ルミナスは「ふーん」と面白くなさそうに目を細めた。
「毒? そんな面倒なことしないよ。……レイガル、彼はまだ元気があるみたいだね」
「……ハッ。ですが、先ほどから主様に対し、甚だ不敬な物言いをしております。今すぐその舌を引き抜くお許しを」
レイガルが、いつになく低い、地を這うような声でアルフレッドを睨みつける。その目は冗談ではなく本気だ。
アルフレッドは、レイガルのあまりの過保護っぷりに顔を引き攣らせた。
「おい、待て! 貴様、今の会話のどこに処刑する要素があった!? 私はただ、自分の意志を……」
「黙れ。主様が歩み寄ってくださったのに、背を向けるなど万死に値する」
今度はゼノスが、アルフレッドの影を物理的に縛り上げ、強制的にルミナスの方を向かせた。
「ぐっ……!? 離せ! 貴様ら、狂っているのか!? この少年は、カイン王子を奪い、私を不当に監禁している悪党なのだぞ!」
アルフレッドの必死の正論が、地下牢に虚しく響く。
しかし、ルミナスはクスクスと笑い出した。
「あはは! 『悪党』か。レイガル、ゼノス。僕ってそんなに悪いことしたっけ?」
「滅相もございません。主様はこの世で最も慈悲深く、美しい存在です」(レイガル)
「主様が悪だと言うのなら、この世界の理の方が間違っているのです」(ゼノス)
「…………」
アルフレッドは、絶句した。
これだけの力を持つ男たちが、一人の少年の機嫌一つで、善悪の基準すら書き換えてしまう。
その歪んだ光景は、アルフレッドがこれまで信じてきた「正義」や「騎士道」を根底から揺さぶるものだった。
ルミナスは、魔法で牢の鍵を音もなく開けると、アルフレッドの目の前まで歩み寄った。
アルフレッドは警戒して身を固くしたが、ルミナスはただ、彼の額にそっと手を触れただけだった。
「アルフレッド、君の国はカイン王子を切り捨てた。でも、僕は彼を拾った。……そして今、僕は君を拾ったんだ。君が正義を貫きたいなら、僕の側で『本当の正義』がどこにあるか、ゆっくり見ていればいい」
ルミナスの指先から、ほんの少しだけ魔力が流れ込む。
それは強制的な洗脳ではない。ただ、アルフレッドの強張った心を、強引に解きほぐしてしまうような、甘く暴力的な「心地よさ」だった。
「……っ、何を……」
「しばらくは捕虜として、城の掃除でも手伝ってもらおうかな。レイガル、彼の教育は君に任せるよ。あ、あんまりいじめちゃダメだよ?」
「……御意。……主様の仰せのままに」
レイガルは、アルフレッドを見る目に「いじめちゃダメと言われたが、教育の範疇ならいいんだな」という邪悪な光を宿した。
ルミナスが立ち去った後、アルフレッドは腰から崩れ落ち、震える手で自分の額を押さえた。
魔術師への憎しみ、王子への心配、そして――さっき触れられた指先の熱。
(……この城には、まともな奴が一人もいない。……だが、なぜだ。なぜ、あの少年の言葉を、否定しきれない……!?)
唯一の常識人、アルフレッド。
彼の「崩壊」と、レイガルによる「スパルタ教育(嫌がらせ)」の日々が幕を開けようとしていた。




