10.新しい仲間
ルミナスが自分の領地でレイガルと過ごし始めてから、さらに数日が経った。
ある日、ルミナスは高い塔の窓辺で、遠くの国から流れてくる「魔力の乱れ」と「人々の殺気」を敏感に感じ取った。
「ねえ、レイガル。あっちの方、なんだか面白そうなことが起こってるよ」
ルミナスは遥か東の空を指差した。そこには大国「エストレード」の王都がある。
「……殺気、それに醜い欲望の混じった魔力ですね。ただ事ではなさそうです」
漆黒の武装に身を包んだレイガルが、主の隣で静かに目を細める。
「冤罪で殺されかけてる王子様がいるみたい。側妃の子供だからって疎まれて、正妃の子供を殺した犯人に仕立て上げられたんだって。……ね、ちょっと見に行かない? 僕、ああいう『理不尽』って大嫌いなんだ。それに……」
ルミナスはいたずらっぽく微笑んだ。
「僕たちの新しい生活に、もう一人くらい家族が増えてもいいと思わない?」
王都の広場は、熱狂的な殺意に包まれていた。
中央の断頭台に跪かされているのは、第三王子カイン。かつては眩いほどだったはずの金髪は泥と埃に汚れ、引き裂かれた服からは痛々しい痣が覗いている。
「処刑を始めろ! 人殺しの王子に報いを!」
「側妃の子供など、最初からいなければよかったのだ!」
数万の民衆が叫ぶ罵声。執行人が巨大な斧をゆっくりと振り上げ、カインが静かに死を覚悟して目を閉じた、その時だった。
「――ねえ。そんな汚い叫び声ばっかりだと、せっかくの綺麗な空が台無しだよ?」
鈴の音のように涼やかで、けれど広場全体を震わせるほど強大な魔力を帯びた声が響き渡った。
民衆が、騎士たちが、そしてカインが呆然として空を見上げる。
そこには、太陽を背に受けて悠然と浮遊する、この世のものとは思えないほど美しい少年の姿があった。その背後には、山のように巨大な漆黒の獣人・レイガルが、死神のような威圧感を放って控えている。
「な……空を、飛んでいる……!?」
「あ、あの姿は……天使か、それとも……」
恐怖と驚愕で、数万の民衆が水を打ったように静まり返る。ルミナスは重力を無視してふわりと断頭台に降り立つと、震えるカインの前まで歩み寄った。
「ひっ……うわあああ!」
近寄ろうとした騎士たちが、レイガルが剣を抜くことさえせず放った「殺気」の波動だけで、木の葉のように吹き飛ばされる。民衆は悲鳴を上げて後退り、広場にはルミナスとカインだけの静寂な空間が作られた。
「やあ、カイン。……いい名前だね。それに、とっても綺麗な金髪。汚れちゃってるのが勿体ないな」
ルミナスは跪くカインの前にしゃがみ込むと、泥だらけの彼の頬を両手で包み込んだ。
「魔法」。
一瞬でカインの体から汚れが消え去り、金髪は絹のような輝きを取り戻す。
「え……あ、……貴方は……?」
「よしよし、怖かったね。こんな野蛮な奴らに囲まれて、一人でよく頑張ったよ。えらいえらい」
ルミナスは、死の直前だったカインをちゃかすように、けれどこの上なく慈しむように、至近距離でその頭を優しく撫でた。さらに、指先でカインの涙を拭い、顔を覗き込んでにっこりと笑う。
「君みたいな可愛い子が、こんなところで泣いてちゃダメだよ。……ねえ、こんな怖い場所はもうおしまい。僕と一緒に来る? 君のこと、僕がたっぷり可愛がってあげるから」
「っ……あ、……その、……っ」
あまりの至近距離、あまりの美貌、そして初めて向けられた甘い優しさに、カインは心臓が口から飛び出しそうなほど照れ、目を白黒させて固まってしまった。絶望など一瞬で吹き飛び、茹で上がったように顔が真っ赤になる。
そんな二人を、民衆は「神の御業か」と震えながら見守るしかない。
その中心で、ルミナスは楽しそうに、完全にフリーズしているカインをひょいと抱き寄せた。
「レイガル、この子を連れていくよ。邪魔する奴は……そうだね、派手にお掃除しちゃって」
「御意、我が主」
レイガルが漆黒の大剣を引き抜いた瞬間、その衝撃波だけで広場の石畳が粉々に弾け飛んだ。
伝説の魔術師と最強の黒騎士による、一国の運命を揺るがす「拉致劇」が幕を開けた。
一方その頃、広場を見下ろす王城のバルコニーでは、この処刑を冷酷に見届けるはずだった第一王女が、手すりを掴んだまま呆然と立ち尽くしていた。
彼女は、邪魔な異母弟であるカインが消える瞬間を、勝利の味とともに楽しむつもりだった。だが、今の彼女の目に映っているのは、処刑場に舞い降りた「銀髪の美少年」の姿だけだ。
「……あ、あの方、は……」
恐怖に震える周囲の者たちとは違い、彼女の瞳には異様な熱が宿っていた。
その残酷なまでの美しさ、既存の法も権威も踏みにじる圧倒的な魔力。自分たち王族が守ってきた矮小なルールを、退屈しのぎの一言で塗り替えてしまう絶対的な強者。
王女の頬は紅潮し、その視線はカインを抱き寄せ、優しく頭を撫でるルミナスの指先に釘付けになっている。
「……奪いたい。あの方が欲しい。カインのような泥まみれの子供ではなく、この私こそがあの方の隣に……」
彼女は自分の喉が渇き、呼吸が荒くなっていることに気づかなかった。
去りゆくルミナスの背中に向けられたその視線は、もはや弟への憎しみなど忘れ去り、底知れない執着と心酔に染まりきっていた。




