第93話 還暦パーティー
世界樹の種を植えてから半年近くがたった。
毎日せっせと魔力を注いでは本の読み聞かせを行い、本を読まない日でも、フェンリルたちと集まってお喋りに花を咲かせた。そんな他愛のないお喋りでも、世界樹の種は淡く光っていた。
そして、とうとう小さな芽が出た。
「やった!芽が出た!」
『ほんとだー!』
『ちいさいめがでてる!』
『やったな!リア!』
『んま~!私たちのおかげね!』
『わかる~!』
この半年間で精霊の数は大分増えていたのだが、これからはもっと集まってくるだろう。精霊が増えたことにより、森はさらに豊かになり、魔素も増えた。
この場所が、だんだん居心地よくなってきている。
だが、女神様の目的はこの大陸全体に精霊を増やすこと。精霊は世界を直接平和にするわけではない。ただ、彼らがいることで自然も人々の心も安定し、平和が育ちやすい世界になるのだ。
まだまだ全然足りないけれど、世界樹が育てば近い将来、町でも精霊を見ることが出来るようになるはずだ。
オーレリアのお仕事は順調に進んでいる。
それから、あっという間に20年の月日がたった。
133歳になったオーレリアは、魔の森に来た当初より身長が6センチも伸びた。だいぶお姉さんになったはずのオーレリアだが、飲酒が解禁されるまではあと67年もある。
ノルとネロも少しだけ大きくなった気がする程度で、見た目はさほど変わらない。えっちゃんも20年程度じゃそんなに変わりはしない。
ただこの三匹は、おじいちゃんとおばあちゃんによる人語トレーニングを頑張ったので、人語が話せるようになっていた。
そう、えっちゃんだけではなくノルとネロも人語が喋れるようになったのだ。えっちゃんは当初の予定通り、一年ほどで喋れるようになったのだが、えっちゃんから遅れること約5年、ノルとネロもとうとう人語が喋れるようになった。
どうやら、えっちゃんが人語を喋るようになってから、悔しかったのか本腰を入れて練習をするようになった。さらに、シャノンとヴァイゼルも人語を習得したとあっては、頑張るほかなかったらしい。
ノルとネロが初めて町で喋ったときは、あまりの可愛らしさに人々が悶絶し、キュン死する者が続出。あっという間に町の人気者になった。
えっちゃんの見た目に反し気さくな感じも相まって、今では町の人たちも気軽に声をかけてくるようになっていた。
「じゃあ、行こうか!」
オーレリアたちは今、グレンハルトの町へ向かっていた。
この20年でグレンハルトの町は目覚ましい発展を遂げていた。かつては規模こそそれなりにあったものの、冒険者が集う辺境の町という印象が強かった。
しかし、オーレリアが魔の森に住むようになってからは、高品質な魔の森の素材が安定して流通するようになり、今では「美食の町」として広く知られている。
魔の森の食材を求めて美食家たちが各地から集まるようになり、それに伴って観光客も大幅に増えた。
屋台広場では魔の森産の恵みを手軽に楽しめることから、街歩きを楽しむ人たちでいつも賑わっている。
さらに、魔の森産の素材に魅了されたドワーフたちが移住してきたことで、武器屋や防具店が多く軒を連ねるようになった。彼らが手掛ける武器は高い評価を受け、今では一大ブランドとして名を馳せているそうだ。
町に到着し、門の入り口にいる門番に冒険者証を提示する。
「こんにちは」
「こんにちは!オーレリア殿。どうぞ、お通りください」
「ありがとう」
オーレリアたちは門を抜け、冒険者ギルドへと向かった。
冒険者ギルドの建物も、20年前に比べてずいぶん大きく、立派になった。
ドワーフたちが作る武器や防具のおかげで、魔物との戦いも以前ほど危険ではなくなった。なにより、オーレリアが魔の森に住み着き、フェンリルたちも遊びに来るようになったことで、結果的に森の魔物が程よく減り、冒険者たちも森に入りやすくなったのだ。
入り口の扉を開けて中の様子を伺うと、ずいぶんと人が集まっていた。
「お待ちしてましたよ!オーレリアさん!」
「あ、こんにちは!アニー」
「「「こんにちは!あにー」」」
「あぁ!ノルさん、ネロさん、エルディオール様!相変わらず可愛いですねぇ。うふふ!どうぞこちらへ」
受付嬢のアニーだ。彼女は今では二児の母。16年ほど前に結婚し、妊娠したときに一度は退職したのだが、出産後、急に冒険者が増えて受付が回らなくなり、ガイウスに泣きつかれて復帰したのだ。
今では事務部門の責任者である。
「ずいぶん人が多いね」
「えぇ!今日はパーティーですからね!」
そう、今日は『町の発展に尽力した立役者』と言われているガイウスの還暦パーティーなのだ。
「よお!久しいな、オーレリア!」
「ガイウス!お祝いに来たよ!」
「「がいうすだー!」」
「元気そうだな、ガイウス!」
ガイウスは5年ほど前にギルマスを引退していた。今は元Sランク冒険者『黄昏の獅子』のリーダー、グレインがギルマスになっている。
オーレリアの無期限のギルドカードは、5年前に一度失効し、グレインが新たに発行してくれたものだった。
「おぉ!エルディオール様も、お元気そうで何よりです!」
「おひげがしろくなったね、がいうす!」
「あたまがひかってるね!がいうす!」
「ノルとネロは、いつになったら大人の猫になるんだ?」
「え~?」
「わかんな~い」
ガイウスに限ったことではないが、なぜかえっちゃんに対しては丁寧な言葉使いの人が多い。……解せぬ。
「オーレリア殿!」
「あ!フリードリヒ副隊長!」
「はは、もう副隊長ではないよ。私もとっくに引退して、今はのんびり暮らしている」
「そっか、今日門にいたのフリードリヒの息子さんだったよ。大きくなったね」
「息子どころか、孫がそろそろオーレリア殿を追い越しそうだ」
「え……」
人間の成長は早いな。気付いたらいつの間にか大きくなってるんだから。
「アハハ!オーレリアはちっとも変わらないわねぇ!」
「あ、ヘルガ!元気そうだね。ヘルガも全然変わってないと思うよ?」
「あら、ありがとう!でもね、私はすっかりおばあちゃんよ」
「そうかなぁ?ヘルガは相変わらず怖いってジーナが言ってたよ」
「あら、そう。ジーナはどこかしら?」
オーレリアがヘルガと話していると、間の悪いジーナたちが声をかけてきた。
「リアー!」
「オーレリアちゃん!」
「あ!ジーナ、ソフィア!」
「あら、ジーナ。ちょうどいいところに!」
「え?……あれ?……どうかしました?……ちょっ」
「あら?ヘルガさん、どうしたのかしら」
ヘルガはジーナの肩をがっしりと掴み、迫力のある笑顔で何やら話しかけている。ジーナの顔色は、みるみるうちに悪くなっていった。
なんかごめん。ジーナ。
「よお!リア!」
「あ、デューク、ロルフ」
「ん?ジーナとヘルガさんどうしたんだ?」
「……さぁ?どうしたんだろうね?」
黄昏の獅子はもう解散していて、冒険者も引退している。
ジーナは副ギルドマスターなのだが、事務仕事が苦手らしい。アニーに丸投げしようとしたところを、たまたま居合わせたヘルガに見つかり、一から厳しく再教育されているのだとか。
ソフィアは結婚して、今は王都に住んでいるそうだ。今日のために久しぶりに帰って来たんだって。
ロルフはローデリックに弟子入りして、今では解体所の責任者だし、デュークはギルドの近くで居酒屋を経営していて、しょっちゅうガイウスが飲みに来ると愚痴っていた。
「よう!リア!相変わらずだな!」
「元Sランク冒険者にため口なんて、お前ぐらいだぞ!」
「ほんと、全然変わらないよな!」
さらに声をかけてきたのは、オーレリアの一か月先輩のアルト・ピノ・セトだった。彼らはもうすっかりベテラン冒険者だ。
「あぁ、なんだ。見習い冒険者たちか……」
「なんだと?このちんちくりんが!」
「どうみてもベテランの貫禄だろ!」
「お前こそ、ちっとも大きくならないじゃないか!」
「わたしは!!6センチも背が伸びたんだから!」
「ふ~ん。あ、そう」
「6センチ、ね」
「まぁ……よかったね」
アルトとピノは憐れむような眼差しでオーレリアを見下ろし、セトに至っては頭を撫でてくる始末。
ぐぬぬ!!だがチャンス到来!
「ようやく師匠直伝のグーパンチをお見舞いするときがきたようだね!歯ぁ食いしばれぃ!」
「キャハハハ!りあ、ししょうにそっくり!」
「キャハハハ!いまの、すごくにてたよ!」
「リア、やめとけよ。まだ上手にパンチできないだろ?ここは俺に任せろ!」
えっちゃんがズイっとオーレリアの前に出る。ふんっ!せっかく師匠直伝グーパンチを繰り出すチャンスだったのに……。
「ギャー!ごめんなさい!ごめんなさい!」
「エルディオール様ー!お許しをー!」
「ズルいぞ!リアー!」
この三人は、出会ったときからベテランになった今も、ずっと変わらず失礼なので、そのうちちゃんとお見舞いしてやろうと思っている。首を洗って待っているがいい!
懐かしい顔ぶれと話していると、20年という歳月も、まるで昨日のことの様に感じられるのだった。




