第94話 立役者
オーレリアが大勢の人たちに囲まれ楽しくお喋りしていると、食堂の方に次々と食事が運ばれてきた。
運んできたのは銀鹿亭のミレーネさんと夫のアルヴィンだった。二人はもうとっくに息子夫婦に店を譲り隠居生活を楽しんでいるとのことだったが、今日は昔馴染みのガイウスのために、久しぶりに腕を振るってくれたそうだ。
そして、現ギルマスのグレインがホールの正面に立つと、飲み物が入ったグラスが配られた。大人はエール、未成年はオレンジジュースだ。
もちろんオーレリアにはオレンジジュースが渡された。
「本日は、お集まりいただきありがとう!それじゃあ、還暦を迎えたガイウスから一言!」
グレインが大きな声で、みんなの注目をガイウスに集めた。
「あ~、今日はわざわざ集まってもらってありがとな。還暦祝いなんて柄じゃねぇが、まぁ今日は、俺が背負ってる『町の発展に尽力した立役者』って肩書を、本当の立役者に渡したかったんだ。オーレリア、お前のおかげでこの町は大きくなった!町の発展に尽力した立役者はお前だ!ありがとよ!」
「え?」
ガイウスの言葉に、会場から大きな拍手が沸き起こった。ピューピューと口笛の音が響き渡る。なぜかみんな、ガイウスではなくオーレリアを見ていた。
「???」
当のオーレリアは、意味が分からずキョトンと首をかしげている。
「こんな機会でもなきゃ、お前にちゃんと礼が言えないからな!町のみんなも、お前のおかげだって分かってる。みんなお前に感謝してんだ!」
「はぁ……」
分かってないのはオーレリアだけらしい。別に感謝される覚えはないんだけどな。
「まぁ、お前はそのままでいいよ!とにかく今日は、お前の好きな食べ物をアルヴィンに作ってもらったんだ。たくさん食べて楽しんでいってくれ!じゃあみんな、乾杯!」
「「「「「かんぱーい!」」」」」
あちこちでグラスが打ち合わされ、賑やかな歓声が上がった。オーレリアへの感謝の言葉も次々と聞こえてきた。
「……なんで?」
そこへ、ミレーネさんとアルヴィンが、お皿にこんもりと料理を盛り付けて持ってきてくれた。もちろん、ノルとネロとえっちゃんの分も。
「リアちゃん!たくさん食べてね!」
「お前さんの好きな料理をたくさん作って来たぜ!」
「わぁ!美味しそう!ミレーネさん、アルヴィン、ありがとう!」
「やったー!おれ、おなかすいたー!」
「いいにおいだねー!」
「美味そうだな!ありがとな!」
アルヴィンの料理は久しぶりだから嬉しい。ノルとネロとえっちゃんは、夢中になって食べ始めた。
そして、見覚えのある町のみんなが次々と、ガイウスとオーレリアに挨拶していく。屋台のおやじや、市場のおかみさん、それに孤児院のシスターまで。
今日のことを聞いてわざわざ来てくれたらしい。なんでわたしに感謝してんだろう……。
「意味が分からない。今日はガイウスの還暦祝いでしょ?」
「それは建前だ。俺の還暦なんてどうだっていいんだよ」
「どうでもいいってことはないでしょう?」
「オーレリアさん!このことは以前から考えていたんですよ。この町の発展については、冒険者ギルドの手柄みたいになっていたことがずっと気にかかっていたんです」
「アニー?別にギルドの手柄でいいんじゃないの?」
「いいえ、オーレリアさんがいたからです!」
「そうだぞ。お前は気付いてないだろうが、町に向かってきたワイバーンの群れも、大量発生したグリムベアのせいで魔の森でスタンピードが起きかけたときも、全部お前たちのおかげで町に被害が出なかったんだ」
「あ~、あれ?だって、ワイバーンは美味しいから狩っておきたいし、グリムベアはわたしって言うより、フェンリルたちが遊んでるうちに終わったっていうか……」
本当にただ狩りをしただけなので、感謝されるようなことではないのだが……。
「ハハハ、流石はオーレリア殿だな。そういえば、辺境伯が食事に招待したいのに、ことごとく断られると悲しんでいたぞ?」
辺境伯ね。フリードリヒ経由で何度か声をかけられていたけど、なんだかんだ理由を付けて断っていた。貴族のドレスがトラウマなのかもしれない。
「だって、貴族って堅苦しいし、何か粗相をして怒らせちゃいそうだし」
「ハハ!確かにお前なら何かやらかすかもな!まぁ、今日は細かいことは気にせずに、いっぱい食え!」
「うん、まあ食べるけど……」
久しぶりのアルヴィンの美味しい料理だ。食べないともったいない。ひとまず、親しい人たちと一緒に食事を楽しんだ。
「あ、そうだ、ガイウス!今日はガイウスのお祝いだっていうから、わたしたち頑張ってプレゼントを用意したんだよ!」
「そうだ!ぷれぜんと、よういした!」
「おれたち、がんばった!」
「結構大変だったんだぞ!」
「なんだよ。なんか怖いな」
オーレリアは空間収納から大きな樽を取り出した。
「はい、これ『ブラックネッコ・深淵』だよ。ダンジョンの最下層のお酒!なかなか見つからなくて大変だったよ」
「「「「……」」」」」
なんでシーンとするの?喜んでくれると思ったのに。
「おいおい!マジかよ!『ブラックネッコ・深淵』だと?以前王様に献上したのは『ブラックネッコ・リザーブ』だったよな?」
「うん、あれは中層から下層あたりでたま〜に手に入るんだけど、これは最深部でしか手に入らない幻のお酒なんだよ。二週間ダンジョンに泊まり込んで頑張って探したんだから!」
オーレリアがフェンリルたちの手を借りて、二週間も探し回っていた理由。それは、最深部の100階層が巨大な迷宮になっていたからだ。そこにはいくつも酒蔵があるのだが、正解は一つだけ。しかも本物が眠る酒蔵はエンシェントドラゴンが守っていた。
ちなみに、ハズレの酒蔵には、熟成しすぎたすごく不味い酒があった。一応それもちょっとだけ持って帰ってきたが、役に立つ日はくるだろうか。
「最初に見つけたやつは師匠にあげたんだけど、すっごく喜んでくれたんだよ!」
「でしょうね!!!」
「今回は時間がかかるってわかってたから、えっちゃんの家族にも一緒に行ってもらって、みんなで探したんだよ。ねー!」
「ねー!たのしかったねー!」
「ねー!またいこうねー!」
「あそこの酒蔵のエンシェントドラゴン、なかなか強かったよな!」
「「「「「!!!!!」」」」」
戻ったと思った周囲のざわめきがまた消えた。
「おい!エンシェントドラゴンだと?ま、まさか……倒したのか?」
「うん。だからこれが手に入った訳だし……あ、ドラゴンのドロップ品のこと?お肉はみんなに相談しないと売れないけど、他の素材なら売ってもいいよ!」
「いや、まぁ、そうなんだが……なんというか……」
「ん?どうしたの?飲まないの?」
「いや、でも……幻の酒……飲んでいいのか?俺が?」
「そのために獲って来たんだよ」
「でも……まずは王様に献上するべきじゃないのか?……こんな幻の酒……」
「え、なんで?王様って人にあげるなら、わたしが持って帰る」
「なにっ!!」
「ガイウスがいらないんだったら――」
「いるっ!いただくっ!!有難く頂戴します!!!」
「そう、ならよかった!さっそく飲んでみる?この蓋を壊せばいいのかな?」
「ちょっと待った!!」
オーレリアが力任せに蓋を破壊しようとした矢先、息をひそめて成り行きを見守っていたドワーフたちが樽の周りに集まってきた。
「ぐぇ……な、なんで……」
なぜかヘルガによって羽交い絞めにされるオーレリア。
「すまないねぇ、オーレリア。酒のことは、プロに任せてくれないかしら」
苦笑いを浮かべながら言うが、まだオーレリアを離してはくれないようだ。
「プロ?」
ドワーフたちも、ガイウスも、周りの人たちも真剣な表情で樽を見つめている。
「そんなに見つめたら、爆発しそう」
「おい!怖いこと言うな!」
ガイウスが思わず声を上げた。
そんななか、ドワーフの一人が慎重に栓を抜き、持っていたデキャンタに酒を移す。それをグラスに注ぎガイウスへ手渡した。
「じゃあ、頂くぜ!――ゴクリ」
グラスを傾け酒を口に含んだガイウスは、俯いたまましばらく固まってしまった。周りの人たちは、その様子を固唾をのんで見守っている。
「……ウ……イ」
「え?なんて?」
小さな声でつぶやかれた言葉は、よく聞き取れなかった。なんだかプルプル震えている。大丈夫かな?
「美味い!!なんだこの酒は!こんな美味い酒は初めてだぜ!おい!お前らも飲め!オーレリアからの祝儀だ!一滴たりとも無駄にするなよ!」
「「「「「うおーーー!!!」」」」」
酒好きたちが列をなし、グラス一杯のお酒を宝物のように手にしては歓声を上げる。なかには涙ぐむ者、オーレリアに手を合わせ拝む者まで現れる始末。
「大袈裟だなぁ」
「大袈裟なもんか!幻の酒だぞ!一生に一度、いや普通なら一度だって口にすることも出来ない酒だ!拝みたくもなるさ」
「本当に、私はつくづく運がいいと思うよ!オーレリア様様だね」
ヘルガもお酒の入ったグラスを見つめ、嬉しそうに笑った。
「そんなお酒をここにいる全員に振る舞うんだから、ガイウスは優しいよね。半分ぐらいは持って帰ればよかったのに」
「こういうもんはな、みんなで分け合ってチビチビ飲むのが美味いんだ。思い出と一緒に何度でも味わえる」
「たしかにそうね、最高の思い出だわ!」
ふ〜ん、そういうものなのかな。まぁお祝いだからって、人が大勢いるところで出しちゃったのがいけなかったのかな?
周囲が親しい人たちだけになったところで、オーレリアはガイウスに声をかけた。
「『ブラックネッコ・深淵』はもう持ってないけど、『ブラックネッコ・リザーブ』の方はいくつか持ってるから、お詫びにそれをあげる。家まで届けるよ。残りはデュークの居酒屋にでも置かせてもらおうかな?それならみんなも好きなときに飲めるでしょ?」
「いや、イヤイヤイヤイヤイヤ!リザーブだってお前、十分幻の酒なんだぞ?それをお前、そんなホイホイ出すもんじゃねーよ」
「え~?お酒好きだって言ってたから喜んでくれると思ったのに〜。わたしはまだ飲めないしなぁ。じゃあフェンリルたちの宴会用に――」
「有難く頂きます!感謝永遠に!」
その後、町に多大なる貢献をしたギルマスの還暦祝いに、伝説級の酒が振る舞われたという噂が各地に伝わり、辺境伯は王都からの問い合わせに追われたのだとか。
なんだか申し訳なかったので、オーレリアは辺境伯へもいくつか『ブラックネッコ・リザーブ』を送ったのだった。
「オーレリアちゃん!蜂蜜タルトが10年ぶりに復活したんですって!お店の人が届けてくれたわよ!」
ソフィアからもたらされた吉報に、オーレリアの顔がぱぁっと輝いた。
「ええっ!?本当!?食べるー!」
「おれもたべるー!」
「ぼくもー!」
「俺いっちばーん!」
ノルとネロがオーレリアの頭を踏み台にして飛び越え、さらにえっちゃんが素早く移動してしまう。
「イテッ!あ〜もう!待ってよー!」
一番後ろを慌てて走るオーレリア。
「なんだか気が抜けるわね」
「まったくだ!」
きっとこれからも、この町は変わっていくだろう。
けれど――
「オーレリアはきっと、変わらないんだろうなぁ」
ガイウスがぽつりとつぶやく。
オーレリアの背中を見送りながら、その場にいた誰もが自然と柔らかな笑みを浮かべていた。
おしまい
最後までお読みいただき、ありがとうございました。




