第92話 魔法陣と久しぶりの町
冬の間、オーレリアは世界樹の種を育てることと、魔の森の家とハイエルフの里の家を繋げる転移魔法陣の作成に力を注いだ。
朗読会は大盛況で、日に日に集まるフェンリルたちが増えている。そのぶん、いちいち物語にツッコミを入れてくる回数が増え、一冊の本を読み切るのに数日かかることもあったが、世界樹の種は雑談中も淡く光っているので、問題はないようだ。
さらに嬉しいことに、世界樹の種はまだ芽が出てきていないにもかかわらず、精霊たちが少しずつ集まってくるようになった。
みんなでオーレリアの朗読を聞いていると、フワフワと精霊たちが集まってきて辺りを漂いだす。朗読が終わって、世界樹の種の光が収まるとまたどこかへ行ってしまうのだが、雪が解ける頃にはかなりの数の精霊が集まるようになっていた。
そのおかげで聖域の中の魔素が増え、初めてここに来たときよりもずっと過ごしやすくなった。
転移魔法陣の方も慎重に作業を進め、春には完成した。かなりの距離を移動する魔法陣だったため、その模様は非常に複雑で、間違えないように作るのはなかなかに骨の折れる作業だった。
完成して初めて転移するときには、それはもう緊張したものだ。
「じゃあまず、わたしが行ってくる。みんなはここで待ってて!」
『りあ!おれもいっしょにいく!』
『ぼくも!』
『俺も行くよ!みんなで行こう?』
「でも、もし失敗していたら、どこに飛ばされるか分からないんだよ?衝撃でみんなとはぐれちゃうかもしれないし!だからまずは私が一人で行くよ!」
何度も何度も確認したから大丈夫だとは思うけど、こればっかりは行ってみないと分からない。もしもの時のために、オーレリアは一人で行こうと思っていた。
『やだ!おれ、りあといっしょにいくんだ!』
『ぼくも!ぜったいはなれない!』
『バラバラにならないように、俺に捕まってればいいよ!』
ノルとネロはオーレリアにしがみつき離れない。えっちゃんもオーレリアに寄り添ってモフモフの胸毛で包み込んでくれる。
「......うわ〜ん!みんなありがとう!何があってもわたしがみんなを守るからね!」
みんなでギューっと抱きしめ合う。
「行くよ!」
『『『うん!』』』
一つ深呼吸してから、転移魔法陣に魔力を注いだ。
一瞬の浮遊感の後、オーレリアたちは無事、ハイエルフの里の家に到着した。
『あ!ついた!』
『ちゃんとついたよ!りあ!』
『やったー!成功だ!』
「はぁ~、よかったぁ~」
ここは、ハイエルフの里にあるオーレリアの家の地下空間。転移魔法陣を設置するため、それぞれの家の入り口近くに新たに地下室を作り、そこを転移部屋としたのだ。
地上には、一見ただの物置にしか見えない小さな小屋がたてられていた。入り口の扉に魔力を注ぐと、小屋の中に地下へと続く階段が現れる仕組みになっている。
同じような造りの地下室なのだが、ハイエルフの里の方は少し様子が違った。作業を見守っていたゼフィやアルシアが椅子やテーブルを持ち込み、殺風景だからとイヴェットがドライフラワーを飾った。さらには、ノルやネロ、えっちゃんのためにお菓子の入った籠やひざ掛けなども用意され、いつのまにか温もりが感じられる空間になっていた。
一方、魔の森の家の地下室は、オーレリアが何も手を加えていないため、魔道ランタンの淡い光が四方の土壁を照らすだけの、殺風景な空間だった。
だから見た目だけでも転移が成功したことが分かるのだ。もちろん、魔素濃度の差でも明らかなのだが。
『あるしあに、ほうこくにいこー!』
『せいこうしたよーって、おしえなきゃ!』
『やったなリア!早く師匠にも報告出来るといいな!』
「そうだね!手紙を書くよ」
地下室を出ると、ノルとネロはアルシアの家に走って入っていった。オーレリアもえっちゃんと一緒にのんびり後に続く。
「リア、おめでとう!転移魔法陣が完成したのね!」
「アルシア、ありがとう!ようやく出来たよ」
『最初の転移はみんな緊張したんだよ!』
『りあは、おれたちを、おいていこうとしたの』
『そうなの。ひとりでいくっていったの』
「だって……最初はちょっと怖いじゃない?」
『怖いから一緒に行けばいいんだよ!』
『『そうだそうだー!』』
「うふふ。みんなえらいわね!今日はお祝いに、ドラゴンテールの赤ワイン煮込みを作ってあげる!」
「『『『やったー!!』』』」
その日はアルシアと、ゼフィやイヴェットも一緒に、ドラゴンテールの赤ワイン煮込みでお祝いした。
気付けば季節はすっかり春になり、雪もほとんど解けて日陰に少し残るばかり。忙しい日々が続き、グレンハルトの町へもしばらく行っていなかった。
『久しぶりに屋台の食べ物が食べたいな!』
『やたい!いきたい!』
『やたい!ひさしぶり!』
「そうだね。邪魔な荷物も売っちゃおうか。ダンジョンのドロップ品もたまってきてるもんね」
そういう訳で久しぶりにグレンハルトの町に来たのだが。
「え!?期限切れ?」
「はい。オーレリア殿はDランクに昇格してから、一度も依頼を受けていないようですね」
「でも!Dランクは期限が長いんじゃないの?」
「Dランクの有効期限は半年です。先月で切れています」
「……依頼とか、すっかり忘れてた。それじゃあ町に入れないの?」
「いえ、そんなことはありません。通行料が必要なだけです。あとこの書類と、従魔用の書類への記入もお願いしますね」
「あ……はい」
オーレリアは書類に記入して、一人と三匹分の通行料を支払い、ようやく町に入ることができた。入町手続きは面倒くさいが、依頼を受けるのもなぁ……。
さっそく屋台広場へと向かって歩いていると、正面の大通りから大男がドスドスと走ってきた。
「おい!オーレリア!ずいぶん久しぶりじゃないか!今まで何してたんだ?」
「あ、ガイウス!」
「お前、半年も顔を出さないとは、冒険者やる気あんのか?」
「ないよ」
「だよなぁ。とにかくちょっと来い!」
「え~?なに~?」
オーレリアはガイウスによって、冒険者ギルドへと連行された。
「んで?この半年間なにしてたんだ?」
ここは冒険者ギルド、ギルマスの部屋。アニーがお茶とお菓子を出してくれた。
「えーっと、里帰りしたり、ダンジョンに行ったり、世界樹の種を育てて――」
「ちょっと待て!情報が山盛りだな。他の町に浮気していたわけではないのか?」
「他の町に浮気?……それってどういう意味?」
「だからつまり、他の町で冒険者やったり、素材を売ったりしてたとか」
「……やってないけど、それってダメなの?」
「いや、ダメじゃねぇ!ダメじゃねぇが、出来れば素材はここで売ってほしい!それにお前、以前持ってきたダンジョンのドロップ品の代金、まだ受け取ってねぇだろ!」
「あ、そうだっけ?忘れてた」
「まったく、仕方のねぇやつだ。それで、里帰りしたって言っていたな?」
「うん。年越しはみんな帰ってくるから、里長の家で宴会をするの」
「そうか。それは良かったな。……で、そっちでも狩りはしたのか?」
「したよ。蒼の森って言ってね、魔の森よりも強い魔物がいっぱいいるんだよ!」
「それはすごいな!その素材を売ってくれたりは!」
「いいけど、ギルドカードの期限切れちゃったんだよね。あ!そういえば、商業ギルドってカードの期限どれくらいか知ってる?」
「おい!お前!なに商業ギルドに鞍替えしようとしてるんだ?」
「だって、依頼とか面倒くさいし。商業ギルドなら、とにかく売ればいいんでしょ?」
「いかーん!魔物の扱いは冒険者ギルドが一番だ!商業ギルドには任せられん!」
「そうなの?でも……」
「よし分かった!それじゃあ取引をしないか?」
「取引?なに?」
「お前がここで素材を売ってくれるなら、ギルドカードを無期限にしてやる!どうだ?」
「他の町で売ったら何かペナルティがあるわけ?」
「特にないが、このギルドカードは俺の権限だから、この町でしか使えない!さらに、俺が引退したら使えないから、厳密には無期限ではない……」
「ふ〜ん。……まぁ、依頼受けるよりいいか」
「よし!取引成立だな!アニー!オーレリアのギルドカードの発行を頼む!俺の承認マーク入れてくれよ!」
ガイウスがドアを開けて大声で叫ぶと、アニーがすぐにやって来た。
「失礼します!ギルドカードの準備は出来ていますよ!ランクはEに戻ってしまいましたが、また依頼をこなせば上げることも可能です」
「ありがとう、アニー!これでガイウスの引退までは期限の心配がなくなった!やったー!」
「よし!オーレリア!これで心置きなく素材を売れるだろう?いや〜実は王都から魔の森の食材はまだ入ってこないのかとせっつかれてな。助かったぜ!」
結局はそういうことらしい。この後、ローデリックのいる解体倉庫へ向かい、蒼の森やダンジョンで手に入れた素材を売り払った。山のように積みあがる希少素材を前に、ガイウスが歓喜に沸いたのは言うまでもない。




