第88話 アルシアの鉄拳
一方そのころ、ノルとネロとえっちゃんは、蒼森竜の狩りを楽しんでいた。
『ひゃっほーう!!』
『わーい!』
『いっくぞー!』
蒼森竜は五十匹ほどの群れをつくっていた。かなりの数だ。その群れの中を、えっちゃんがもの凄い速さで駆け抜ける。
竜というだけあって、今までの魔物よりは格段に強いのだが、豊富な魔素で身体が軽いえっちゃんは、ようやく思いっきり動き回れると張り切っていた。
風魔法と斬撃で蒼森竜を狩っていくえっちゃんに負けじと、ノルとネロもその後に続く。たくさん蒼森竜を狩って、フェンリルの里へのお土産にするのだ。それに、オーレリアにも食べてもらいたい。今日はすっごく怒ってたから、美味しい食べ物を食べて機嫌を直してもらおう。
蒼森竜の間をちょこまかと駆け回るノルとネロ。岩から岩へ、ときには蒼森竜の背中へ飛び乗り、縦横無尽に駆け回る。
蒼森竜たちがむきになってノルとネロを追いかけ回すが、二匹は攻撃をヒラリとかわし、さらに挑発する。
『こっちだよ~!』
『おそいぞー!』
蒼森竜たちはノルとネロを追いかけまわすうち、一部が群れから孤立した。そこへえっちゃんが岩陰から飛び出した。
風の魔法で斬撃を飛ばし、一匹、二匹。その勢いのままえっちゃんは孤立した群れへ突っ込んでいく。
そして爪で一閃。――さらに一閃。
えっちゃんの爪が閃くたびに、蒼森竜は地面に崩れ落ちる。最後の一頭に向かって、風を纏ったえっちゃんの斬撃が襲い掛かり、蒼森竜は音もなく地面へ伏した。
『わーい!やったー!』
「上手くいったな!』
『さくせん、せいこう!』
一度にたくさんの竜を相手にはできないので、ノルとネロによる陽動作戦を考えたのだが、とても上手くいった。
その様子を見ていた狩人たちは、自分たちも負けていられないと気を引き締めたのだった。
その日の狩りは大成功に終わり、みんなご機嫌で里に戻った。オーレリアからは、思ったより早く終わったので先に帰ると、風の精霊を通じて伝言が届いていた。
先に里に戻っていたオーレリアは、すでにいつものシンプルなワンピース姿に着替えていた。髪の編み込みだけが、宮殿舞踏会コーデの面影を残している。
えっちゃんたちと狩人たちがアルシアの食堂のドアを開けると、のんびりお茶をしていたオーレリアが出迎えてくれた。
「おかえり!ノル、ネロ、えっちゃん!」
『りあ!ただいまー!』
『ただいま!りあ!そうしんりゅう、たくさんかったよ!』
『ただいまー!狩り、楽しかったぞ!』
ノルとネロはオーレリアにかけ登りスリスリと頬を寄せる。えっちゃんは尻尾をブンブン振ってオーレリアに寄り添った。
「そっかー!よかったねー!ブランフォード、ありがとう!」
「いや、彼らはなかなか良い狩りをする。俺たちもいい刺激になったよ!」
「オーレリアの機嫌が直っててよかったぜ!」
ハルドールはどこかほっとした表情だ。
「うん!アルシアとゼフィがセリアンを叱ってくれたからね」
***
オーレリアが世界樹の泉から帰ったとき、アルシアとゼフィがすぐにかけつけてくれた。オーレリアの衣装の噂を聞きつけて、心配してくれていたらしい。
「リア!まぁあなた、こんな格好で森に行くなんて危ないじゃない!」
「セリアンのせいだよ……」
「よくこんな格好で森の中を歩けたな?裾引きずってるぞ。魔物に狙われなかったか?」
「狙われたに決まってるじゃん!だから隠匿魔法かけて、飛んで帰ってきた」
「まったく、セリアンのやつ!」
「リアを危険にさらすなんて!ぶっ飛ばしてやるわ!」
「え!?ぶっ飛ばすの?」
「リアはちょっと待っていなさい!私がキッチリ絞めてきてあげるからね!」
「絞める?」
「そうだな。セリアンは家にいるようだ。リアも行くかい?」
「う、うん。行く……」
ゼフィはヒョイッとオーレリアを抱き上げた。
「えぇ?なんでお姫様抱っこ?」
「なんかそんな雰囲気の衣装だしさ。それじゃあ歩きにくいだろう?」
「確かに歩きにくいんだけどさ、普通に抱っこしてよ」
「そうか?」
そしてゼフィに担がれたオーレリアは、ずんずん歩くアルシアと共にセリアンの家に向かった。
セリアンの家に到着すると、アルシアはセリアンを捕まえてお説教を始めた。
「あなたねぇ!森に行く子に何て服着せてるのよ!」
「えぇ?!何よ!私は最後の日はこれを着せるって決めてたんだから!」
「あんたのせいで、リアは魔物の標的になったのよ?それに、無駄に肩なんか出してるから虫に刺されちゃってるじゃない!どう落とし前を付ける気?」
「肩?あ、ほんどだ」
気付かなかったのに、そういわれたらなんだか痒い気がしてきた。ポリポリ。
「落とし前って……。でも大丈夫だったんでしょう?狩人たちもいたし、リアちゃんはこの辺の魔物はなんの問題もないって、イゾルデが――」
「だとしても!この子を危険にさらしたことに変わりないでしょーが!リアが大人しいからって好き勝手なことしてると許さないわよ!歯ァ食いしばれ!」
「ひぃ!!」
アルシアが右の拳を振り上げる。左手ではセリアンの胸倉をつかんでいて凄くかっこいい!オーレリアは息をのんでその様子を見ていた。心の中では、
「(わたしも「歯ァ食いしばれ!」って言ってみたい!)」
とか思っていたのだが、
「はいはい、そこまで!」
ゼフィがのんびりとした声で止めに入ってしまった。アルシアの鉄拳制裁が見れると思ったのに……チッ。
「アルシア、その辺にしておいてくれ。オーレリアが真似するぞ」
「……もうっ!仕方ないわね!」
アルシアはオーレリアの方をチラッとみると、振り上げた拳を下ろしてしまった。オーレリアがワクワクしていたのがバレてしまったらしい。
「セリアン、君がオーレリアを可愛くしたい気持ちは分かる。だけど、森は舞踏会の会場ではないぞ?いくらオーレリアが優秀な魔法使いでも、森では何があるか分からないんだから」
「それは……確かにそうね……」
「もし何かあって、イゾルデが乗り込んできたら怖いぞ?」
「そ、それは……!私が悪かったわ!ごめんなさい、リアちゃん!」
「えっ?う、うん」
急に謝られて戸惑ってしまうオーレリア。
「もうっ!リアったら!あら、掻いたらダメよ?赤くなっちゃったじゃない。そんな服早く脱いで燃やしてしまいましょう!」
「!!アルシア!ちょっと待ちなさい!何で燃やすのよ!」
「魔物に狙われるような危険な服はいらないわ!」
「悪かったってば!だから燃やすのはやめて!」
ぶち切れてしまったアルシアと、必死に止めようとするセリアン。おかげでオーレリアの怒りはどこかに吹き飛んでしまった。
オーレリアはアルシアに手伝ってもらって、宮殿舞踏会ドレスを脱いだ。ついでに、今まで着てきた数々の衣装もセリアンのアトリエに返した。
「あ〜終わったぁ!いつもの服、落ち着く!」
「リア?セリアンになんか言ってやったら?」
「もういいよ。アルシアがセリアンを叱ってくれたから、スッキリした!」
自分以上にアルシアが怒ってくれたおかげで、オーレリアの怒りはすっかり収まってしまったのだ。
「もう、リアは甘いわね。私はイゾルデ直伝の鉄拳をお見舞いしてやりたかったのに!」
「えっ?師匠直伝なの?わたし、教わってない!」
「あれは確か、私が聖女をやってたとき、変な輩から身を守るためにって教えてもらったのよね。ほら、魔法だと逆にやりすぎちゃうから!」
「はぁ……そうなんだ」
「リアもそのうち教えてもらえるわよ!」
***
「こんな感じのことがあったの。だからもう怒ってないよ!」
「へ〜!アルシアの鉄拳制裁かぁ。ちょっと見てみたかったなぁ!」
「イゾルデ直伝か……。きっと、確実にダメージを入れる工夫がされているんだろうな。ゼフィが一緒でよかったかもしれない」
「え?そんな工夫されてるの?」
「さぁ?どうかしらね!」
ウフフと笑うアルシア。なんだか笑顔が怖い。
「そんなことより、狩りの成果は?蒼森竜はたくさん狩れたのかしら?」
そうだった。今日は里で食べる最後の夜ごはん。明日は魔の森に帰る日なので、今夜は贅沢に蒼森竜のステーキが食べたいな。
オーレリアはアルシアと一緒に蒼森竜の肉で料理を作り、ノルとネロとえっちゃん、それに里の人たちと最終日の夜ごはんを大いに楽しんだのだった。




