第87話 世界樹の記憶
蒼の森を真っ赤なドレス姿でヨロヨロと歩くオーレリアめがけて、蒼嘴鳥が上空から急降下してくる。それを待ち構えていた狩人たちが嬉々として狩る。
「いいな!次々と来てくれるから狩りが楽だ!」
「今日は大漁だな!アルシアが喜ぶぞ!」
息つく間もなく、今度は蒼牙猪がオーレリアめがけて突進してくる。狩人たちはそれも難なく狩っていく。
「……」
「オーレリア、まだ怒ってるの?そのドレス、とっても素敵よ?」
「嘘だ!魔物の標的になってるのに!」
狩人の女性、オデッサが慰めてくれる。でも実は森に入ってからというもの、ど派手な衣装のオーレリアめがけて、鼻息荒く魔物が突進してくるのだ。やはりこの深紅の宮殿舞踏会ドレスは、森でもかなり異質らしい。
「さすがに歩きにくいっ!裾が長すぎるし、ハイヒールだし、なんなの!」
森の中をハイヒールで歩くとか、狂気の沙汰だ。さっきから何度も転びそうになっているのをえっちゃんが支えてくれている。引きずっている裾には魔法がかかっていて、引っ掛かることはなく、破れない仕様になっているところがまた腹立たしい。ビリビリに破れてしまえばいいのに!
「アハハハハ!オーレリア!セリアンに連れてこられたときはどうしたものかと思ったけど、これから狩りをするときは、そのドレスで付いてきてくれよ!」
「笑うな!ハルちゃんのバカ!」
「ごめんごめん!でも、こんな調子で一人で世界樹の泉に行って大丈夫か?」
「それは、結界張るし、まぁなんとかする」
言ってる側からまた蒼嘴鳥が突っ込んできた。オデッサが弓矢でサックリと仕留める。
「今日はいい訓練になるわ!あ……ごめん」
座った目つきで狩られた魔物を睨んでいるオーレリア。最初は笑っていたノルとネロとえっちゃんだったが、森に入ってからというもの、オーレリアがいつキレ散らかすかと、ハラハラと見守っていた。
『りあ?だいじょうぶ?』
『どれす、きがえちゃう?』
『そうだよ!ちゃんと着たんだから、セリアンとの約束は守っただろう?』
「……大丈夫!ちょっとだけギューってさせて!」
オーレリアは右腕にノル、左腕にネロを抱え、正面のえっちゃんの胸毛に埋まった。傍から見たら円陣を組んでいるように見えるかもしれない。
そして思いっきり息を吸い込み、みんなの匂いで肺を満たした。
すーはーすーはーしているオーレリアのこの問題行動で、狩人たちにはだいぶ心配されたが、オーレリアの怒りはだいぶ収まった。
「オーレリア?着替えるならオデッサとヴァレリアが手を貸すぞ?俺たちはちゃんと離れたところで魔物を警戒しとくから」
狩人たちのリーダーであるブランフォードが、いよいよオーレリアの様子がおかしくなってしまったと思い気を使ってくれている。
「もう大丈夫!早く行こう!わたし、えっちゃんに乗せてもらって先に行ってるね!」
「そ、そうか?じゃあ俺たちも急いで向かうから、世界樹の泉でまた合流な!」
オーレリアはえっちゃんに乗せてもらい、世界樹の泉へ向かった。それでも魔物は襲い掛かってくるだろうから、オーレリアは自身に隠匿魔法をかけた。これで魔物はオーレリアを獲物だと認識できなくなるので、必要以上に襲われる心配はない。
えっちゃんの快走のおかげで、あっという間に世界樹の泉に到着した。泉の水で乾いた喉を潤し、ハイヒールを脱ぎ捨て、慣れない靴のせいで疲れた足を癒していると、狩人たちも続々とやって来た。
「待たせたな!」
「全然待ってないよ。ここからはどっちに向かうの?」
「蒼森竜は西の山の方に巣を作ったから、そちらへ向かう。帰るなり、なにか用事があるときは風の精霊を送ってくれ!」
「わかった!じゃあ、ノル、ネロ、えっちゃん、ブランフォードのいうことをちゃんと聞くんだよ!怪我しないようにね!」
『うん!ぶらんふぉーどのいうこときく!』
『おれ、がんばって、りあのぶんもかってくるからね!』
『俺がノルとネロをちゃんと見てるから大丈夫だぞ!』
「ありがとう!えっちゃんも気をつけるんだよ?」
『分かってるよ!心配しないで!』
オーレリアは、ノルとネロとえっちゃんを撫でまわしながら言い聞かせた。狩人たちはその様子を温かい目で見守っていた。
「じゃあ、ブランフォード、この子たちをよろしくね!」
「あぁ、俺たちに任せろ!それより、オーレリアも気を付けろよ。お前が一番危険かもしれないぞ?」
「隠匿魔法をかけたし、結界も張るから大丈夫だよ。でもセリアンには、どれだけ大変だったか教えてあげなきゃね!」
「ハハ、そうだな。帰ってから思いっきり文句を言ってやれ!」
そう言って狩人たちは西へ向かった。これからドラゴン狩りということで、ノルとネロとえっちゃんはウキウキと弾むような足取りで森の奥へと消えていった。
「さて、世界樹の根元辺りから、ちょっと広めに結界を張るかな」
魔物に邪魔されないように、少し広めに結界を張る。ここで魔石を作ったときは、周りの魔物が気にならないぐらい集中しちゃったから、しっかりめの結界を張った。
「う〜ん。それで、どうすればいいんだろう」
女神様は何と言っていたっけ?確か、思いを伝えるとかなんとか……。
ちょっとよく分からないので、世界樹の木の根元に座り込み、地面から突き出している根っこに触れてみる。そして、聖域の湖を思い出した。
世界樹の泉の蒼く透明な水と違い、絵の具を溶かしたような空色の湖。そこで、ノルとネロとえっちゃんと釣りをしたりキャンプをしたり、カレーを作って食べたこともあった。あのときのカレーは美味しかったなぁ。
フェンリルたちと釣り大会もした。わたしは一匹も釣れなかったけど、巨大な魚を三匹も釣って、みんなでお魚パーティーもしたんだよね。
これから雪が積もったら、雪中キャンプも楽しみたい。テントの中に炬燵を持ち込んで、雪の降る湖をみながらお鍋を食べるのはどうだろう。
春になったらお花見もいいな。湖の周りに桜の木を植えようかな。空色の湖に、桜のピンクが映ってとっても綺麗だろうな。
オーレリアが思い出す湖の景色の中に、精霊はほとんどいない。ここが精霊でいっぱいになったらさぞかし美しいだろう。
そう思ったとき、オーレリアの頭の中に、突然この世界樹の木の記憶が流れ込んできた。
種から芽吹いたばかりの低い視点から、数えきれないほどの季節を通り過ぎ、どんどん高くなっていく。
水たまりの様に小さかったこの泉も、大きく澄み切った美しい泉に成長していく。
世界樹の木の成長と共に、精霊もどんどん数を増やしていく。たくさんの精霊たちが世界樹の木に住み着き、あちこちでお喋りをしてとても賑やかだ。世界樹の木から幸せな雰囲気が伝わってくる。
さらに世界樹が大きくなると、蒼の森の魔物たちが水を飲みにやってくるようになった。入れ替わり立ちかわり水を飲みに来る魔物を、世界樹は見守る。
ハイエルフもよくやって来る。世界樹の木は、泉に魔力を注ぎ魔石を作るハイエルフを静かに見守った。
さらに成長すると、ハイエルフの里が見えるようになった。遠くで雪をかぶった山も見える。森の先にある小さな町も見えるようになった。もっと遠くにある町の姿も。
でも、その先はまだ見ることができない。この世界樹の木はまだまだ成長途中なのだ。
足元に目を向けると、芽吹いてから大きく成長する世界樹の木に、ずっと寄り添っているハイエルフがいた。
彼は世界樹がまだ土の中の種だった時から、一生懸命物語を読み聞かせ、成長を見守った。芽吹いてからは、保護魔法をかけて小さな芽を危険から守っている。
彼こそが、この世界樹の木の育ての親なのだ。そして今、彼はこの世界樹の根元で静かな眠りについている。ハイエルフは不老だけれど、不死ではない。一万年という悠久の時を生きた彼を、世界樹はこれからも静かに見守り続ける。
「――いやいや、ちょっと待って!その人まだ生きてるからっ!」
オーレリアはつむっていた目をカッと見開いて思わず突っ込んでしまった。
「いやー、ビックリした!なんかすごく綺麗にまとめようとしてたけど、嘘はダメだよ。イヴェットの師匠ってラウレルだよね?いるよ?普通に。年越しの宴会のとき挨拶したもん!確かにかなりご高齢らしいけど、めっちゃ元気そうだったよ?」
世界樹から“てへぺろ”という感情が伝わってきた。
「……」
こう言っては何だが、この世界樹の木は確かに女神様っぽい気がする。
「なんだろう。わたしって真面目過ぎるのかな?もっと力を抜いて生きていこう……ん?」
オーレリアが握っていた手を広げると、その手には世界樹の種が乗っていた。
「ほぁ!?……なんで?いつのまに!」
オーレリアは、世界樹の種を手に入れた。
「本当に全然意味が分からないけど、ありがとう!」
どうしてもらえたのかは考えたって分からないだろう。よし、考えるのはやめよう。
「はぁ、お腹空いた。お弁当食べてから帰ろうかな」
実はオーレリアが思っていたよりも時間はたっていて、いつのまにかお昼をすぎていた。それでも想定していたよりは早く種を手に入れることができたのだった。




