第86話 セリアンの決意
次の日の朝は、とっても早起きしたノルとネロとえっちゃんにより、目覚まし時計が鳴る三十分も前に起こされた。
「目覚まし時計セットした意味ないじゃん。あと三十分は寝る予定だったのにぃ」
『りあ!はやくいこうよ!』
『いそいでおきて!』
『リアはまず、セリアンのところに行かなきゃいけないんだから!』
う~、まだ眠いのに~。こんなに早くにセリアンを訪ねて怒られないかな?一応出発前に風の精霊を送っておこう。
オーレリアは欠伸をしつつ、のろのろと身支度を整える。いつものシンプルなワンピースに着替え外套を羽織ると、みんなに背中を押されて家を出た。
すると、アルシアから風の精霊が送られてきて、昨日の炊き込みご飯でおにぎりを作ったから取りにおいでとの伝言を受け取った。
すぐにアルシアの家に向かい、ついでにセリアンにも風の精霊を送っておく。
「アルシア、ありがとう!朝ごはん食べてないから助かる!」
『わーい!おにぎりだー!』
『たくさんあるー!』
『やったー!お弁当だー!』
「みんな、気をつけて行ってくるのよ?リアも一人で行くなら、しっかり対策してね。危ないことはしちゃダメよ!」
「うん、わかってるよ!行ってきまーす!」
『『『いってきまーす!』』』
「いってらっしゃい!」
まだちゃんと目が覚めていないオーレリアは、欠伸をしつつセリアンの家に向かった。陽が出てきたばかりで薄暗い中、セリアンの家に到着すると、こちらも眠そうな顔のセリアンが待っていた。
「おはよー、リアちゃん。何でこんなに早いのよぅ」
「おはよう、セリアン。今日はこれから森に行くの。この子たちは狩人たちと一緒に蒼森竜を狩りに。わたしは世界樹の泉に用があって」
「あぁ、そう。仕方ないわね。もうドレスは決まっているし、着替えるだけよ。いらっしゃい!まったく、本当はもっと時間をかけてセットしたかったのに~」
そしていつものアトリエに入り、鏡の前に飾ってあるドレスをみて、オーレリアは顔を引きつらせた。
「セリアン?まさか、コレじゃないよね?」
「まさかのコレよ!素敵でしょ!」
「今日は森に行くんだよ!?こんな……そうだ!帰ってきてから着るよ!うん、それがいい!」
「えぇ?どうしてよぉ。ちゃんと着付けてあげるから大丈夫よ!」
鏡の前に飾られていたのは、王宮舞踏会用の深紅のドレスだった。豪華な刺繍とリボンとドレープ。そして幾重にも重ねたフリル。裾も引きずるほど長い。
今まで着せられていたドレスは、どれも膝下からくるぶし程度の長さのドレスで、靴もローヒールのものばかり。森歩きに適しているとは言い難いが、歩けないことはなかった。しかし、これは……。
「セリアン……。これは流石に無理だよ。裾が長すぎるし、肩も出てる。しかもハイヒールって……」
「大丈夫だからとにかく着てみて!これなら舞踏会で誰よりも目立つわよ!」
「舞踏会になんか行かないの!森に行くの!も・り!」
『(ププププッ!)』
『(クスクスッ!)』
『(フフフフッ!)』
こっそり笑っているつもりのノルとネロとえっちゃんを、キッっと睨みつけるオーレリア。他人事だと思って!
「もう、うるさいわねぇ。私はまだ眠かったのに起こされたのよ?責任とってよね!」
「え?責任って……で、でもさ、どう考えても……」
「いいからいらっしゃい!」
「あぁ~」
結局、いつも通りセリアンの早業で着付けされて、ご機嫌ななめなオーレリア。反対にとってもご機嫌なセリアンに、髪の毛のアレンジをされながらおにぎりを頬張る。もちろん、見学中のノルとネロとえっちゃんも食べている。
「もう!セリアンはちょっと強引だよ!モグモグ」
「でもこれは契約でしょ?」
「だとしても!もっとTPOをわきまえてくれないと!モグモグ」
「昨日は森に行くなんて言ってなかったわよね?」
「え?言っ……あれ?」
「ほらみなさい!言ってないじゃない」
「でも、どっちにしてもハイエルフの里で舞踏会は無いでしょう!モグモグ」
「だからせっかくのこの機会に着て欲しいんじゃないの!おバカねぇリアちゃんは!」
「ぐぬぬ!!モグモグ」
『(プー!)』
『(クスクス!)』
『(笑ったら怒られるぞ!)』
どう頑張っても、セリアンに口では勝てないのだ。
「もう、そんなに怒らないでよ。それに、ドレス姿でおにぎりを頬張るのはどうかと思うわよ?」
「それなら、ドレス姿で森を歩くのもどうかと思う!」
「アハハ、確かに!さぁ、最後にティアラを乗せたら完成よ!」
サイドを編み込まれ後ろで一つにまとめた髪に、バラの髪飾りを付けて、赤い宝石のティアラまでセットされた。今すぐにでも王宮の舞踏会に参加できるだろう。
「……目立ちすぎる!恥ずかしい!」
「あぁ!とっても素敵だわ!ちょっと、リアちゃん。もっと表情を柔らかくしなさいよ!」
「無理!ノル、ネロ、えっちゃん!もう行こう!」
「ちょっと待って!森の入り口までエスコートするわ!」
「え?セリアンが?なんで?」
どういう風の吹き回しだろうか。セリアンはちょっと待っててねと言って、きちんとした服に着替えて戻ってきた。
「さぁ、お嬢様!お手をどうぞ」
セリアンが腕を差し出し、紳士的に振る舞う。見た目も相まってまるで王侯貴族のようだ。
「……いい。一人で歩ける」
だがオーレリアには伝わらない。座った目つきで差し出された腕を無視する。
「ねぇリアちゃん!あなたって、貴族令嬢と王子様の恋とかの本読んだことないの?普通こういう時はそっと手をのせるものなのよっ!」
「読んだことない!貴族なんて知らない!」
「まったく、お子ちゃまなんだから!帰ってくるまでにおすすめの本を用意しとくから全部読みなさい!」
「いらない!昨日ネレインのおすすめの本いっぱい貰って来たもん!」
すっかりご機嫌ななめなオーレリア。セリアンは仕方なくオーレリアの手を取り、腕にのせて歩き出した。
「もう、そんなに怒らないでよ。これでも感謝しているのよ」
「感謝?なんで?」
「人族の国に行く決心がついたから」
「え!?本当に行くことにしたの?」
「そうよ。このところ毎日、リアちゃんに着せる衣装を考えていて、すごく楽しかったわ!それで気付いたの。私はやっぱり、派手なドレスや装飾たっぷりのドレスを作るのが好きなんだって!」
「(え、知ってた)」
「ん?何か言った?」
「ううん、何も」
「そう?それでね、女神様も仰っていたし、王侯貴族のドレスを作ろうって決めたの!」
「そうなんだ!貴族って人たちならきっと喜んでくれるよ!」
「だからありがとう!リアちゃんのおかげよ!」
「それなら良かったよ。でも、なんで今まで行こうと思わなかったの?」
ふとした疑問だった。セリアンならハイエルフの里よりも、王都のような人の多いところが性に合っていそうなのに。
「だってぇ、あっちの大陸の、特に町中って魔素が少なくて怠いじゃない?それに、五、六百年ぐらい前に行ったときは、町も汚いし、食事がほんとーに美味しくなかったのよねぇ。とても食べられたものじゃなかったわ!」
なるほど。食事が合わないのは大問題だ。セリアンは自炊するタイプじゃないのかな?面倒くさがりそうだもんね。
「まぁ、そういう訳だから、あっちの大陸で会うこともあるでしょうし、今後ともよろしくね!」
「あぁ……まぁ……うん」
「すっごく嫌そうじゃない!あんた、なんなの?」
「嫌っていうか……わたしは森に住んでるわけだし。セリアンは森には来ないんでしょ?」
「当ったり前でしょ!森に貴族はいないのよ!王都よ、王都!」
「わたしは王都なんて行ったことないし、行く予定もないもん」
「じゃあ、私が大成功して有名なデザイナーになったら呼んであげるわ」
「はぁ……どうも」
「もう!リアちゃんはまだ若いんだから、森に引きこもってないで、たまには都会に遊びに行くのも勉強よ?私が呼んだらすぐに来るのよ?」
「えぇ~?」
王都になんか行ったら、またセリアンにこんな服着せられるに決まってるんだ。呼ばれても絶対に無視しよう。
「今、無視しようとか考えた?」
「いや……そんなことないよ……」
なんでバレたんだろう。顔に出てたかな?オーレリアは空いている方の手で顔の筋肉をほぐす。
「あなたの考えてることなんて、まるっとお見通しなのよ!」
「くそぅ!」
『(プー!)』
『(クスクス!)』
『(笑っちゃダメだって!プププ)』
大人しく話を聞いていると思ったらこれだもの。もう!失礼しちゃう!
ようやく森の入り口にたどり着き、ハルドールや他の狩人たちに挨拶をしたのだが、みんなの表情は引きつっている。
「オーレリア、その服……」
ハルドールがもっともな質問を投げかけてくる。
「素敵でしょう!私渾身の王宮舞踏会コーデよ!ハルちゃん!リアちゃんをしっかりエスコートしてあげてね!」
「お、おう……」
「いってらっしゃーい!」
「あ~。えっと、い、いってきま……す」
そんなセリアンとハルドールの声を背に、オーレリアは森へ向かって無言で歩き出した。やっぱり恥ずかしいよ!セリアンのバカ野郎!
「あら、リアちゃん!もっと背筋を伸ばして美しく歩きなさい!」
「うるさい!」
顔を真っ赤にして怒りながら歩くオーレリアの後ろ姿を、狩人たちは憐れみの目で見つめながら、その後を追った。




