第84話 イヴェットとランチ
「女神様のような木?」
エビアボカドサンドを頬張りながら、オーレリアは首をかしげる。世界樹の木が女神様みたいだとは、一体どういうことだろう。
「つまりね、世界樹の木はガールズトークが大好きなの」
「がーるずとーく?……ハッ!そうだ!図書館の本に書いてあった!魔力を注ぎながら話しかけるとよく育つんだって!」
「あら、それを書きこんだのはきっと私の師匠だわ!」
「イヴェットの師匠が書いたんだ!悪戯かと思ったよ」
「フフフ。本当に嘘みたいな話なんだけどね、種を植えて話しかけると、土が薄っすら光るらしいのよ」
「え?光るの?」
「そう。それでね、どんな話でもいいんだけど、楽しい話とか、色恋の話だと特によく光るらしいわ!」
「えぇ?色恋って、だからガールズトークってこと?ハイエルフには最も縁遠いお話だよね」
「そうなのよね。だから師匠は世界中を回って、そういったお話を集めたらしいわ!」
「そんな……」
世界樹の木を育てるために、恋愛話をかき集めなくてはいけないのか。なんとも気が遠くなりそうな話だ。
「あらオーレリア、そんな難しい顔しないで!師匠が集めて回ったお話は、本屋のネレインに話してすべて本にしてもらったから、今でもちゃんと売っているわよ」
「あ!そうか!本屋さんか!」
オーレリアは、その手の本は全然読まないのでうっかりしていた。そういえば、魔の森に出発する前もこんな感じで本屋にかけ込んだっけ。
「う~ん、やることがいっぱいだ!まずは世界樹の泉に行って種をもらわないといけないし、その後ネレインのところで本をたくさん買わないと!」
「あらあら、大忙しね!でも、世界樹の種をもらうなら、朝早くからいった方がいいと思うわ。少し時間がかかるでしょうから」
「え?そうなの?」
「ええ。今から行ったら、夜ごはんまでに帰って来られないわね」
「ん〜、それは困ったなぁ。じゃあ、世界樹の泉は明日にしようかな」
「それがいいと思うわ」
チラリとリビングを見ると、サンドイッチを食べて満足したノルとネロとえっちゃんが、ソファで寛いでいた。ゴロンと横になったえっちゃんに、フェンリルの着ぐるみ姿のノルとネロが寄り添って寝ている。
可愛い三匹を見てニンマリしていたオーレリアは、そういえばと思い出したことがあって聞いてみた。
「そうだった。イヴェットって、シャンプーとリンスのレシピを売ったりしないの?」
「レシピ?どうして?」
「前に町の宿に泊まった時に、シャンプーとリンスを貸したら凄くビックリされたんだよ。売ってほしいって言われたんだけど、わたしのレシピじゃないから断った。もし売りだしたら、もの凄く売れるよって言ってたよ」
「それなら、オーレリアが売っていいわよ」
「え、でも、イヴェットのレシピなのに、わたしがお金を貰うわけにはいかないし」
「フフ。これ、なんだか分かる?」
イヴェットは空間収納から金貨のようなものを取り出して、オーレリアに手渡した。
「金貨?見たことない模様だね?」
「そうでしょう?それはね、私が昔、女神様のお仕事で世界を回ったときに手に入れた金貨なの」
「女神様のお仕事で世界を回ったの?」
「そうよ。ポーションを広めるためにね」
「ポーション……」
「もう今では使われなくなった金貨よ。その国はとっくの昔に無くなってしまったからね。結局、お金なんていっぱい持っていても意味がないのよ。ここでは使わないしね」
「でもさ、商業ギルドってところにレシピの登録をしたら、イヴェットの名前が残るんじゃない?」
「それもどうかしら。ポーションを広めた私の名前だって、今では薬師なら聞いたことあるかなってぐらいよ。実は錬金術師だったとか、男性だったとか言われたりしているらしいわ」
「えー!そんな……」
「そもそも当時の文字は古代文字って呼ばれていて、人族の間ではもう使われていないの。私が残してきたレシピは、もう誰も読めなくなってしまったのね」
オーレリアたちハイエルフは、古代文字も勉強するのでちゃんと読める。魔法の練習をしようにも、古い文献は全て古代文字で書かれているので、読めないと困るからだ。
「名前が残ったところで、意味なんてないのよ」
「それって、どれくらい前のお話なの?」
「そうねぇ。三千年前ぐらいかしらね」
「三千年前か……。師匠もまだ生まれてないね」
「ウフフ、そうね!でも、私がやって来たことは、ちゃんとフェイブルが記録をとってくれて図書館に収められているし、ネレインが小説にしたてて本屋に置いているのよ」
「へぇ!そうだったんだ!」
「だからね、人族の国での功績なんて、私にはどうでもいいの。オーレリアが売りたいと思ったのなら、売っていいわよ」
それでもやっぱり、自分が作った物じゃないのに自分の名前で売るのはなんだか気が引けてしまう。もし本当に売るなら、少しレシピを変えてみようかな。それより気になるのはポーションの方だ。
「そっか……でも……」
「うん?どうしたの?」
「シャンプーリンスはともかく、ポーションの質はだいぶ落ちちゃってるよ」
「……え?」
「緑色に濁ってた。わたしがイヴェットにもらったポーションを使ったら、みんな驚いてたもん。上級ポーションだってさ」
「上級ポーション?おかしいわね。私は普通にポーションの作り方を教えて回ったのに、途中で間違った作り方が広まってしまったのかしら?」
「そうかもね。それか、魔力が足りないとか……このままでいいの?」
「いいのって?」
「イヴェットのポーションがそんな粗悪品で」
「仕方ないわ。三千年前だもの。さすがに時がたちすぎたのよ」
「じゃあ、もう一度正しい作り方を伝えに行けばいいんじゃない?」
「……私が?」
「うん!」
「う~ん。オーレリアが伝えればいいんじゃないかしら?ちょうどそちらの大陸で生活しているんだし、特にやることがあるわけじゃないのよね?」
「え?う、うん。そうだけど……」
「じゃあ、ちゃんとしたレシピを伝えてあげてね」
「でもわたしは薬師じゃないし!」
「大丈夫、大丈夫!オーレリアには薬師の基礎は教えたし、問題ないはずよ!」
「いや、ちょっと待って!」
えぇ!困った。イヴェットにお願いしようと思ってたのに、わたしがやることになっちゃった。う〜ん、どうしよう。
「まぁ、そんなに難しく考えないで。オーレリアが教えてもいいなと思ったら、正しい作り方を教えればいいんじゃない?」
「それなら、ずっと正しい作り方教えないかもよ?」
「ウフフ、オーレリアらしいわね」
オーレリアらしいとは一体どういう意味だろうか。面倒だから後回しにしてそのまま忘れるって分かっちゃってるのかな?そうなる気がするけど。
なんだか話が思いがけない方向に向かってしまった。気付けばティーカップは空になり、そろそろお暇しようと席を立った。
すっかり話し込んでしまった。ノルとネロとえっちゃんは、まるで自分の家かの様にお腹を出してスヤスヤと眠っていた。
「ノル、ネロ、えっちゃん!起きて!そろそろ帰るよ」
『……ん〜?あと5ふん』
『まだねむいよ~』
『ふわ~あ、話は終わったのか?』
「うん、終わったよ。待たせてごめんね」
眠たそうなノルとネロを抱き上げて、えっちゃんと一緒に玄関に向かう。
「じゃあねイヴェット、いろいろありがとう。あと、ごちそうさまでした!」
「えぇ、またいつでもいらっしゃい!」
『おじゃましましたー!』
イヴェットの家を出たときには、陽射しが少し傾き始めていた。はぁ、次は本屋のレネインのところに行かなきゃ。一日ぐらい家でのんびりする日も欲しかったなぁ。




