第81話 飲酒禁止令
エルフの里の海鮮丼は、たまらなく美味しかった。
目利きの職人エルフが、港町で仕入れた魚介類を空間収納で持ち帰るので、鮮度は抜群だ。そして自慢のご飯にこれでもかと贅沢に盛り付けるのだ。
マグロやサーモン、イクラやイカなど彩りも豊かでとても豪華な一品だった。
『わーい!!おいしそう!』
『いくらだー!やったー!』
『うわー!凄い豪華だな!』
念願の海鮮丼を前に目を輝かせたノルは、さっそくパクパクと食べ始めた。
『ウマイウマイウマイ……ウマイウマイウマイ……ウマイウマイウマイ!』
「ノル?なにか呪文唱えてる?」
だが返事はない。夢中で食べているようだ。
『キャハハ!のる、なにかいってる』
『気持ちは分かる!モグモグ……すごく美味い!』
「確かに美味しいね!港町にも行ってみたいなー!」
やっぱり海のお魚は美味しかった。川や湖の魚はよく食べるけれど、海の魚のお刺身は別格だ。港町に行ってたくさん魚を仕入れたい。
「ぷはー!酒が美味い!これは絶対に買って帰ろう!」
「ウフフ!ほんと、美味しいわね。私も海鮮丼、食堂で出そうかしら」
『やったー!あるしあ!ぜったいぜったい、つくってね!』
大満足で昼食を終えたオーレリアたちは、エルフの里の酒蔵へ向かった。伝統的な大きな建物で、奥の方では酒造りが行われている。手前はお店になっていて、たくさんの種類のお酒が並んでいた。
店内では、師匠とアルシアとえっちゃんがお米のお酒を試飲させてもらって味を比べていた。小さなコップに注がれたお酒の味を、あーだこーだといいながら美味しそうに味わっている。
「いいなぁ……」
『りあ、あっちみにいこうよ!』
『おいしそうなの、さがしにいこう!』
お酒が飲めないオーレリアとノルとネロは退屈なので、酒蔵の方を覗きに行ってみた。
「ん?あれ、精霊だ」
『ほんとだー』
『なにやってるのかな?』
酒樽の上を精霊たちが飛び回ってる。集まって何をやっているのだろう。
〈あ~忙しい忙しい!〉
〈美味しくな~れ!美味しくな~れ!〉
〈あれ?子供がいるぞ〉
〈あの子はハイエルフじゃないか?〉
〈お酒を飲みに来たの?〉
小さな人型をした精霊たちが、オーレリアたちに気が付いて話しかけてきた。この酒蔵が気に入り、お酒の発酵を助けているようだ。
「退屈だから、見学してるだけだよ」
〈そうなの?お酒、飲まないの?〉
〈わたしたちのお酒は美味しいよ〉
〈そうそう!僕たちが酒造りを手伝ってるんだ〉
〈ハイエルフの女の子!私たちのお酒を飲んでみて〉
飲んで飲んでと精霊たちが集まってきた。ど、どうしよう。
「でもわたし、酔っ払っちゃうから……」
〈このお酒はね、甘口で飲みやすいよ〉
〈甘くて美味しいよー〉
〈お花の香りもするんだよ〉
〈自慢のお酒なんだ!飲んでみてー〉
小さなグラスにお酒を注ぎ、オーレリアの手に握らせた。
〈チョットだけ!〉
〈ちょっとだけ!〉
「じゃあ、一口だけね」
こんなに進められちゃったら断れないよね。フフフ。
『りあ、のむの?』
『りあ、だいじょうぶ?』
「ほんのちょびっと飲むだけだよ。大丈夫」
オーレリアはほんの少し口に含んだ。米の旨味や甘みがふわりと広がり、最後に花のような香りが鼻から抜けていった。
「わぁ!美味しい!」
〈そうでしょう?そうでしょう?〉
〈やったー!〉
〈美味しいでしょう?〉
〈もっと飲む?辛口もあるよ?〉
『りあ!かおがまっかだよ!』
『ほんどだ!かおまっか!』
「え?そうかな?えへへ」
ほんの一口飲んだだけだが、オーレリアの頬はみるみる赤く染まっていく。身体の芯がじんわりと温かくなり、なんだか気分までふわふわしてくる。
〈こっちが辛口のお酒だよ〉
〈キリっとしてるんだよ〉
〈飲んでみる?〉
「うん、飲んでみる!えへへ」
精霊たちが辛口のお酒を注いだグラスを持ってきて、オーレリアが手を差し出したところで、
「ダメだ!」
「あっ!」
買い物を終えた師匠がやってきて、グラスを没収されてしまった。
〈キャー!〉
〈ハイエルフの魔女だ!〉
〈こわーい!〉
〈逃げろー!〉
「まったく、何をしているかと思えば……」
「リアったら、顔がリンゴの様に真っ赤よ?」
「え、そう?大丈夫だよ。えへへ」
「えへへって……どれだけ飲んだのよ」
『りあ、ひとくちしかのんでない』
『そう、まだひとくちだけ』
「やっぱり一口で酔っ払ったな!」
「酔っ払ってないよぉ」
そう言いながらも、なぜかニコニコしているオーレリア。ちゃんとしっかり酔っ払っていた。
「おい、精霊たち。この子はオーレリアだ。一応成人はしているが、お酒にはめっぽう弱い!今後、この子にはお酒を進めないように!」
「リアってば、ちょっと目を離したすきに酔っ払っちゃうなんて!気を付けなきゃダメよ?」
〈オーレリアっていうのね!〉
〈お酒弱いんだー〉
〈もっと飲んでもらいたかったのにー〉
〈ざんね~ん〉
『リア、大丈夫か?歩けるか?』
「ぜ〜んぜん大丈夫だよぉ。えへへ」
『りあ、なんでわらってるの?』
『りあ、へん』
「もう……。リア、あなた自分で作った酔い覚まし持ってるんじゃない?」
「ん?あるよぉ~。アルシア飲む?」
「リアが飲むのよ!さぁ、早く!」
アルシアに言われて、空間収納から酔い覚ましを取り出したオーレリア。年明けに飲んだイヴェット特製の酔い覚ましほど強力ではないが、これも昔イヴェットに教えてもらったレシピで作ったものだ。渋い草の味なので、正直飲みたくない。
「んー、これ……これさぁ――ングッ!」
取り出したはいいものの、飲むのを躊躇っていたら、またしてもアルシアにごくッと一気に飲まされた。
「ケホッケホッ!オェ――アルシア、酷い!」
「はい、よくできました!さぁ、行きましょう」
オーレリアはアルシアに手を引かれ、お店の外に連れられて行く。
「あ~!アルシア、ちょっと待ってよぉ」
「ダーメ!リアにはこのお店はまだ早かったわ」
「リアはとりあえず、二百歳まではお酒禁止だな」
「えっ、そんなぁ!酔っ払ってないよ!顔が赤くなっちゃっただけだよー!」
「そうね、せめて見た目が大人になるまでは禁止でいいんじゃないかしら」
「それっていつなの?それに、ちょっと待って!まだフェンリルたちへのお土産買ってない!」
「お土産ならえっちゃんに持たせたから大丈夫だよ」
『うん!俺のバッグに入ってるぞ!』
「いつの間に!」
あ〜あ、お酒美味しかったのになぁ。まろやかで、フルーツのような上品な甘さ。辛口の方はどんな味だったんだろう。ちょっと顔が赤くなっただけなのに、それに、ちょっと楽しい気分になっちゃっただけなのに、二百歳まで飲酒禁止なんて酷すぎる。あと八十八年もあるよ……。
「あ、えっちゃん!酒まんじゅうも買った?」
「リアは酒まんじゅうもダメです!」
「えっ!なんで?だって酒まんじゅうは――」
「だってじゃありません!料理に使うお酒以外、お酒と名の付くものは買っちゃダメよ!」
アルシアが厳しすぎる。酒まんじゅうなんてアルコールは残ってないだろうに……。小声で愚痴をこぼすオーレリアに、師匠は哀れなものを見るような目を向け、頭をぐりぐりと撫で回した。
酔い覚ましのおかげですっかり元通りになったオーレリアは、ブツブツと文句を言いつつも、お米や醤油・味噌・みりんなどの調味料を調達し、エルフの里での買い物を終えた。
欲しかった調味料は手に入ったが、向こう八十八年の飲酒禁止令が下された、なんとも残念な一日となってしまったのだった。




