第72話 成人の儀
それは、オーレリアが成人を迎えた日のこと。
世界樹の泉には、朝靄が静かに漂っていた。
オーレリアは泉のほとりに立ち、里長のゼフィリオンと師匠のイゾルデを前にしていた。
「いいかい?この世界樹の泉に自らの魔力を注ぐんだ。それを三日三晩続ける。そうしてできた魔石は、君が生涯持ち続ける唯一無二の魔石となる」
「人によって色も大きさも違う。大切なのは、とにかく三日三晩、安定した魔力を注ぎ続けることだよ」
「三日三晩……。ごはんは?」
「フフフ。それじゃあ、私がここに結界を張るから頑張るんだよ、リア!」
「集中力を切らさないようにな!健闘を祈る!」
「ねぇ、ごは――」
ゼフィがオーレリアの肩に手をおき、ポンポンとするとオーレリアから離れた。続いてイゾルデがオーレリアの頭を撫でてから、周りに結界を張った。
「それじゃあ、俺たちは行くからな!」
「三日後に迎えに来るよ!ノル、ネロ、おいで!」
『りあ、がんばってね!』
『りあ、ひとりでも、ないちゃだめだよ?』
「泣かないし」
そうしてゼフィと師匠は、ノルとネロを連れて里へと戻っていった。ノルとネロはオーレリアを集中させるため、今日から三日間イゾルデが面倒を見てくれる。
一人ポツンと残されたオーレリア。仕方なく、言われた通り泉のほとりに座り込み、水面へ向けて手を差し出した。そして静かに魔力を流し込む。
ゆっくりと静かに、魔力を注ぐことだけに集中する。オーレリアの周りでは、魔物たちが入れ替わり立ち替わり泉の水を飲んでいく。だが、気になったのは最初だけだった。次第に周りのことなど意識から抜け落ち、オーレリアは魔力を注ぐことだけに没頭していった。
注がれた魔力が泉の底で次第に渦を巻き、一か所にまとまってきた。グルグルと渦を巻き、まるで銀河のように無数の光が瞬いていた。
ずいぶんと集中していたようだ。気が付けば辺りは暗闇に包まれていた。ぐぅ、とお腹が鳴り空腹を覚えたが、ギュッと目を閉じて泉の中の魔力の渦に集中し直す。それからはただ、銀河のような美しい渦に、無心で魔力を注ぎ続けた。
朝が来てまた夜になり、また朝が来て三日間が過ぎた頃、ゼフィとイゾルデが迎えに来た。オーレリアはそのことにも気づかず、まだ魔力を注ぎ続けていた。
「……ア!……リア……」
何か聞こえた気がしたが、まだ目の前の作業に集中する。
「リア!!」
イゾルデが大きな声で呼びかけると、オーレリアはハッとして、ようやく顔を上げた。
「……あれ?……師匠?」
『りあー!』
『ずっとよんでたのに!』
「そうなの?ごめんね」
オーレリアは、心配そうによじ登ってきたノルとネロを抱きしめた。
「リア、お疲れ様!よくやったね!」
「……え?……もう終わったの?」
オーレリアはカラカラにかすれてしまった声で問いかける。
「終わったよ。泉の中の魔石を見てごらん」
泉を覗き込むと、さっきまで魔力を注ぎ続けていた銀河のような魔石が、ゆっくりと浮かび上がってきた。オーレリアはその魔石を両手ですくい上げる。
「……できた」
それは深い夜空を思わせる紺色の魔石だった。内部には無数の光が星のように揺らめき、小さな銀河が閉じ込められているかのようだ。両手で抱えるほどの大きな魔石は、息をのむほど美しかった。
「綺麗な魔石だな!」
「さすがは私の弟子だ!」
『りあ!すごいねー!』
『すごくきれいだねー!』
無事に魔石を作ることが出来て安心したオーレリアは、突然もの凄い疲労感に襲われた。体が鉛のように重いし、なんだか目が回る。これは、あれだ。
「師匠……お腹……すいた……」
そう言ってオーレリアは、パタリと倒れこんでしまった。慌てて駆け寄り抱え上げたイゾルデだったが、オーレリアはスピースピーと穏やかな寝息を立て眠っていた。
「寝てる……。まったく、お腹が空いたんじゃなかったのか?」
「ハハッ!さすが、お前の弟子だな!」
***
「そんな感じで出来たんだよ、この魔石は!」
『へ~!三日三晩か。しかもご飯抜きだなんてな。大変だったな!』
「そうなの。成人するときは、みんなこうやって自分の魔石を作るんだよ」
この魔石を作る三日三晩を、あっという間に感じる人もいれば、永遠の長さに感じる人もいる。オーレリアは運のいいことに前者だった。
そうして出来上がった魔石は、人によって大きさも色も違う。師匠のイゾルデの魔石はオーレリアの魔石と同じように大きく、燃え盛る炎を思わせる深紅だった。内部では炎が揺らめくような光りが絶えず揺れ動いていて、とてもカッコいい。
一方、ゼフィの魔石は片手に収まるほどの大きさで、森の泉を思わせるような、澄んだ翡翠色だった。内部では木漏れ日のような光がキラキラと瞬いていて、とっても綺麗だった。
オーレリアは魔法使いになったから杖に取り付けたのだが、剣や弓などの武器につける人もいれば、アクセサリーにする人もいる。使い方も人それぞれだった。
『おれたちは、おるすばんだった』
『ちかくにいちゃダメだっていわれたの』
『それは心配だっただろう。遠くから見るのもダメだったのか?』
『おれたちは、ばれるからダメだって』
『しゅうちゅうりょくが、とぎれるんだって』
『でも、ししょうは、ようすをみにいってたよ!』
「え?そうだったの?全然気が付かなかったなぁ」
『りあは、すごくしゅうちゅうしてるっていってたよ』
「確かに、三日もたったとは思わなかったぐらい早く感じたけど。でも、みんなが迎えに来てくれて、急にお腹が空いたのは覚えてるよ」
まぁ、食べるより先に寝てしまったんだけど。
『りあ、つぎのひまでおきなかったの!』
『おなかすいたーっていって、おきたんだよ!』
『なんだよ、リア!食いしん坊だなぁ!』
三匹にキャハハと笑われる。うぅ、なんだか恥ずかしい。
『じゃあ、成人のお祝いではいっぱい食べられたのか?』
「いやぁ……まぁ。でも、起きた直後はお粥だったよ。急に食べたらお腹壊すからって」
『ハハハ!それは仕方ないよな!』
アルシアが作ってくれたお粥は美味しかったけどね。お祝いの宴は、オーレリアの体調が回復してから開かれた。
『でも、その言い方だと、お祝いではあんまり食べられなかったってことだよな?』
『りあはね、おさけのんじゃったの!』
『そう!それでね、すぐにねちゃったの!』
「ちょ、ちょっと!それは言わないの!」
『なんだよリア!隠し事か?』
「違うけど……なんでもないよ!」
ノルとネロがフフフとかウフフとか言って、結局えっちゃんに話しちゃうんだから困ったものだ。
『なんだ、リアはお酒飲めないのか。嫌いなのかと思ってたよ。じゃあ今日の夜も飲まないのか?』
「まさか!絶対に飲むよ!一人のときには飲んじゃダメって言われたけど、今日はたくさん人がいるし、師匠だっているはずだもん!それに、わたしはあのときより大人になったからね!もう大丈夫なはず!」
『大人になったって、たった12年前なんじゃないか?』
「人ってのは、12年たつとずいぶん成長するものなんだよ」
『リアはハイエルフだから、そんなに変わらないだろ?』
『うん。かわってないよ』
『ぜんぜんかわってない』
「失敬だな、君たちは!背も伸びてるし、あのときより大分成長してるよ!」
『そうかなぁ?』
『う〜ん。わからない!』
「もう!」
『アハハ!さぁ、そろそろ里に戻ろう!宴に遅れちゃうぞ!』
去年まではなんとなく避けていたお酒だったが、女神様のお仕事もするようになって、そろそろ大人の仲間入りをしてもいいんじゃないかと考えたオーレリア。
今日はお酒を飲むんだ!師匠も帰ってくるし、きっとみんなで夜遅くまで飲むだろう。わたしも今夜は、その仲間に入れてもらうんだ!
オーレリアはウキウキとした足取りで、里へと戻るのだった。




