第49話 フェンリルの里②
フェンリルの里は雪原の先、岩と雪に覆われた巨大な山の中にあった。その頂は雲に隠れて見ることが出来ない。
えっちゃんはオーレリアを背に乗せて、軽々と岩山を登っていく。
「凄いね!こんな大自然の中で暮らしているんだ!」
『私たち凄いの?』
『凄い?凄い?』
えっちゃんの妹と弟、シャノンとヴァイゼルはずっとご機嫌で、前に行ったり後ろに行ったりしながらえっちゃんの側を走り回っている。姉のライリエルは両親に知らせてくると先に帰って行った。
『リア、寒くない?ノルとネロは大丈夫か?』
「わたしは外套を着ているから大丈夫だよ。ノルとネロは大丈夫?」
ノルとネロはオーレリアの外套の中に潜り込んでいた。この外套はいろいろな魔法で保護されているので、暑さ寒さも気にならないのだ。
『このなかにいれば、だいじょうぶだけど』
『でたらさむい。ずっとここにいる』
『ノル、ずっとそこにいたらごはんが食べられないぞ?』
『……このなかでたべる』
「ダメです!そこは飲食禁止!ノルとネロの冬用の防寒着持ってるから、あとで着ようね!」
『えぇ!おれ、あれやだなぁ』
『ぼくもやだけど、あったかいからなぁ』
二匹はとっても嫌そうな顔をしている。ハイエルフの里の服飾師セリアンが作ってくれた特注品なのに。
『ほら、着いたぞ!ここがフェンリルの里だよ!』
そこは、岩と雪に囲まれた山の中腹にある広く平らな場所で、フェンリルたちが思い思いにくつろいでいた。岩山の斜面には穴倉がいくつもあり、そこが寝床になっているようだ。
『エルディオール!』
山の上に続く道の方から、大きなフェンリルが二匹ゆっくりと歩いて近づいてくる。
『父さん!母さん!』
これは親子の感動の再会かと思い、オーレリアはえっちゃんから降りて、少し離れたところで待機しようとした。
ところがえっちゃんから離れたとたん、シャノンとヴァイゼルに絡まれた。ついでに里にいる子供のフェンリルも集まってきてオーレリアと遊ぼうとするから、感動の再会を見逃してしまった。残念。
実際には里から離れてまだ半年ほどだし、別に感動の再会なんかではなく、気軽にただいまと言っただけなのだが、子フェンリルたちにじゃれつかれて地面に押し倒されていたオーレリアには知る由もない。
『オーレリア!遊ぼうよ!』
『オーレリア!私もなでなでしてー!』
「あぁ!ちょっと待っ――」
モフモフに絡まれて嬉しいのだが、子供とはいえ大型犬サイズのフェンリル5〜6匹に囲まれると、もう手も足も出ない。
『君は誰?お客さんなの?』
『どこからきたの?』
『小さいね?赤ちゃんなの?』
「みんな、ちょっと落ち着いて!わぁ!」
ああ、子フェンリルたちの勢いが止まらない。
ノルとネロは大丈夫かな?あれ?いない。と思って辺りを見渡すと、えっちゃんにしがみついているノルとネロを見つけた。いつの間に!
そろそろえっちゃんに助けを求めようと思ったとき、またしてもライリエルに外套を引っ張り上げられて救い出された。
「ふぅ。ありがとう、えっちゃんのお姉ちゃん!」
『ライリエルよ!ちょっと子供たち!この子はエルディオールが連れてきたお客さんなの!それにこんなに小さいんだからもっと手加減しなさい!』
『えー!もっと遊びたいのにー!』
『手加減してるよ!大丈夫だよ!』
『ダーメ!さぁオーレリア、こっちよ!行きましょう!』
行きましょうって言われても、オーレリアはまだライリエルに外套の首の辺りを咥えられているので身動きが取れない。なんだか母猫に運ばれていく子猫のようだ。
『父さん、母さん。上で話しましょう。エルディオールも行くわよ』
なるほど、ライリエルはしっかり者のようだ。えっちゃんが申し訳なさそうな顔でこちらを見ている。姉弟の力関係がよくわかった。
ライリエルに連れられて、周囲を切り立った岩で囲まれた広場のような場所に案内された。背の高い岩が風を遮るため、静かで穏やかな空気が流れている。ここでゆっくりお話でもってことらしい。
『みんなに紹介するよ。俺が従魔契約をしたオーレリアだ。それからケット・シーのノルとネロ』
「わたしはオーレリア。女神様のお仕事で、ハイエルフの里から魔の森に来たの。ねぇ、えっちゃんのお姉ちゃん。そろそろ降ろして」
オーレリアはまだライリエルに咥えられていた。
『あぁ、そうね、ごめんなさい。それと、私はライリエルよ!』
ようやく地面に降ろされたオーレリアはちょうどよさそうな岩に腰掛ける。えっちゃんがそっと寄り添ってくれた。
『おれはノル!りあとは、うまれるまえから、なかよしなんだ!』
『ぼくはネロ!ぼくも、うまれるまえから、りあといっしょにいるんだよ!』
ノルとネロが可愛らしい自己紹介をしていた。シャノンとヴァイゼルは興味津々でノルとネロの匂いを嗅いでいる。
『オーレリアに、ノルとネロだね。エルディオールが世話になっているね。私はエルディオールの父、ドルヴァルドだ』
『私はエルディオールの母のセライナよ。よろしくね!ところで、えっちゃんと言うのはエルディオールのことよね?』
『そうだよ!リアは俺の名前が長くて覚えられなかったんだ』
えっちゃんがジト目でオーレリアをみる。
「……もう覚えたよ」
『そりゃあ半年近く一緒にいるんだからね!』
『アハハ!オーレリアって面白い子ね!それなら私のことはライでいいわよ!』
「ありがとう、ライ!わたしもリアでいいよ!」
ライリエルはとても気が利くし、心が広いようだ。
『私もリアってよんでいい?シャノンって難しい?』
『俺は?ヴァイゼルは難しい?』
「みんなリアでいいよ!シャノンはそのままで大丈夫。ヴァイゼルは……頑張る」
正直、名前の長さよりも全員分の名前を覚えられるかが心配だ。
『じゃあ、私はママでいいわよ!』
『え?それなら俺はパパだな!』
なんと、えっちゃんのお父さんとお母さんはそれでいいらしい。でも子供たちはみんなパパママって呼んでなくない?
『母さん!なんで急にママなんだよ。父さんまで……ハァ』
えっちゃんが呆れている。仲良し家族のようだ。
「でもなんか、パパとママなんて新鮮だなぁ。わたしにはいないから」
『え!リア、お父さんとお母さんいないの?』
『リア、孤児なの?』
シャノンとヴァイゼルがペロペロと顔をなめて慰めてくれるが、ハイエルフの出生は特殊なのだ。
「違う違う。わたしはハイエルフだから、親と言ったら女神様になるのかなぁ?でもなんかママって感じじゃないし……」
『それならよかったわ!遠慮なくママって呼んでちょうだい!』
『そうだな!それじゃあ新しい家族のために肉を用意しよう。パパが大きなお肉をたくさん狩ってくるからな!』
パパが張り切って狩りに出かけようとしたのだが、えっちゃんがお土産を持ってきたことを思い出した。
『そうだ!俺、魔の森のお土産を持ってきたぞ!』
そう言って、首から下げているマジックバッグから、グリムベア・グリムバイソン・グリムサーペントをそれぞれ三体取り出した。ノルはグリムディアを、ネロはグリムバードをそれぞれ二体ずつ取り出した。
『わあ!エルディオール凄い!こんなにたくさん!』
『ノルとネロはこんなに小っちゃいのに、魔の森の魔物を狩れるのか!凄いじゃん!』
シャノンとヴァイゼルが大喜びで獲物を眺める。ノルとネロとえっちゃんは得意そうだ。
『オーレリアに料理してもらうと、凄く美味しくなるんだ!』
『こっちがすてーきで、こっちがからあげ!』
『りあ!おれ、おなかすいてきた!』
『あら、リアは料理を作れるのね?ママ楽しみだわ!』
『人が作った料理なんて食べたことないよ!私も楽しみっ!』
えぇ……ママやライまで楽しみにしちゃってる。肉焼きゴーレムのニックを連れてくればよかったなぁ。
『パパがオーレリアに狩ってきてあげたかったのに……』
でもなぜかパパは残念そうだった。




