第4話 魔の森に来たけれど
ここは神界にある、女神様の神殿。霞がかったような白い空間で、広いのか狭いのかよく分からない、なんとも不思議な場所である。
ふよふよと漂う魂なのか精霊なのかが光を反射してキラリと光る。
オーレリアたちは神殿の中庭にある、泉のほとりの白いガゼボで談笑中だった。
「あー可笑しい!さすがは私の弟子だ!」
「女神様の名付けに文句言うやつがいたとはなー!アハハ!」
「……」
くぅ……そんなに笑わなくたって!あれはわたしじゃなくて、女神様のせいなんだけどなぁ。あの状況なら誰だって文句を言うと思う。
「あぁ、本当にうれしいわ。あのオーレリアがこんなに大きくなって、私のお手伝いをしてくれるなんて!」
「ああ、そうでした。『魔の森』ですね。ミッドラント大陸はそんなに精霊が減ってしまっているのですか?」
ここに来た目的を思い出したゼフィが女神様に問う。師匠はいまだ目じりの涙を拭いている。
「そうなのよ。ゼフィリオンやイゾルデがミッドラント大陸に行ったときはそこまででもなかったでしょう?あれからも人族は幾度もなく戦争を繰り返していてね。すっかり少なくなってしまったのよ」
「私がミッドラント大陸に行ったのはもう1000年も前ですからね。あれからだいぶ変わったのでしょう。ですが、人族の方をどうにかしなければ根本的な解決にはならないのでは?」
ようやく復活した師匠が話に加わる。
「そうなのよねぇ。人族って、平和を求めているのに戦争をしちゃうのよ。本当に困ったこ子ちなのよね。でもね、ちゃんと気づき始めている者たちもいるのよ。その波が広がっていくのを今は祈っているわ。それよりもまずは、あちらの土地にも精霊を呼び戻して人々にも希望を持ってもらいたいの」
「そうですか、わかりました。では、オーレリアがやることは『魔の森』で暮らす。それだけでいいのですね?」
ゼフィが最終確認をしてくれる。
「それでいいわ。オーレリア、よろしくね!あなたが住む場所には私の結界がはってあるから、どんな脅威からもあなたを守るわ。それにね、とっても綺麗な湖があるのよ!楽しいスローライフが送れると思うわ!」
「はい。行ってきます!」
こうしてオーレリアの初仕事、『魔の森』でのスローライフが始まるのだが……
***
「おぉ……。これは、なかなかすごいな」
「精霊もほぼいない。魔素も薄い。女神様の聖域でさえこのありさまか」
「うぅぅ~、体が重い。なにこれ……」
女神様の庭から転移して、今は魔の森の奥の聖域にいる。
ここは、女神様の強力な結界に守られている場所で、魔物は入り込むことはできない。そんな聖域にも関わらず、ハイエルフの里の森とは比べ物にならないほどわずかな魔素と、今にも消え入りそうな精霊の小さな光がほんのわずか見えるだけだった。
「この魔素の薄さは、慣れるまでは大変だな」
「さすがに私たちでも身体の怠さを感じる。リア、大丈夫か?」
「ハァハァ……う~ん、ダ、ダメ、かも……」
バタン
「リアッ!!」
『にゃ!!』
『にゃー!!』
「おい!大丈夫かっ!?」
オーレリアは気を失った。
それから二日後。オーレリアは見知らぬ部屋のベッドで目を覚ました。
『りあっ!』
『りあー!うわ~ん!!』
「お、リア。目が覚めたか?」
「っっ、苦しい!ハァハァ……死ぬかと……思った!ハァハァ。ししょー?……あれ?ここは?」
顔にへばり付いて離れないノルとネロにとどめを刺されそうになったが、なんとか引きはがしに成功する。
「ここは、魔の森のリアがこれから暮らす家だよ。私とゼフィで作ったから、気に入らないところがあったら自分で調整してくれ。まぁ、当分は無理そうだけどね」
「師匠はなんでそんなに平気そうなの?ノルもネロも平気そうだね?わたしだけ?」
『おれは、ちょっとだけからだがおもいなーっておもったよ』
『ぼくも、ちょっとだけおもった。でもへいき』
ノルとネロが心配そうにスリスリしつつ、首をかしげながら答える。
「フフッ、そうだね。私もそんな感じだな。私やゼフィは大人だし、こちらの大陸は初めてではないから、まぁ慣れている。昔はもう少し魔素も精霊も多かったんだけどねぇ……リアはまだ子供だから、この変化に体がついて行かなかったんだろうね」
「子供じゃないよ……」
「まだまだちんちくりんの子供にしかみえないけどね。でも、この環境に慣れれば身体も馴染むだろうさ」
「どのくらいで馴染むんだろう。これじゃあ楽しいスローライフが送れないよ!」
「2~3か月もすれば慣れると思うよ。しばらくは私が一緒にいてやるから安心しな」
「師匠の仕事は大丈夫なの?しばらく里を離れるって言ってたよね?」
「うん。女神様が管理する別の世界だよ。でも大丈夫、むしろこの状態のリアを置いて行ったら女神様に怒られる」
確かにあの女神様なら怒りそう。そういえば、
「ゼフィは?」
「ゼフィは今、この森やその外の様子を見に行ってるよ。まぁ大丈夫だとは思うが、リアに危険がないか確かめたいみたいだな」
「そっか。森の近くには街があるのかな?はぁ、こんなことになるなんて、最初から教えといて欲しかったよ」
なんとなくつぶやいただけなんだけど、失敗した。
「リア。確かに魔素がここまで少ないとは思わなかったけど、私はここに来る前に、ちゃんとこちらの大陸について勉強しておくように言ったよ?まさか私が渡した本、読んでないのかな?」
「あー、その本は、その……まだ読んでなくて……」
「リアー?これからここで暮らすのはお前なんだぞ?何かあっても私たちは近くにいないんだぞ?物資の補給に町に行くこともあるだろうし。そういえば、お金の使い方は分かるか?最寄りの町の名は?国名は?」
「あ~それは……おいおい?読んでいこうかなと思いまして……今はちょっと、その、読みたい本がたくさんあるから……優先順位がなかなか……」
「リア、ちょっとここに座りなさい」
「はい……」
「たしかに、簡単なお仕事とは言ったけどね――」
オーレリアは正座させられ、師匠のお説教が始まった。
それもこれも、出発前になってみんなの伝記があることを知ってしまったせいだ。
師匠やアルシアだけではなく、里長のゼフィや薬師のイヴェット、錬金術師のサイラスの伝記まで見つけてしまって、オーレリアには今読みたい本がたくさんあった。
ミッドラント大陸の地理や歴史よりも遥かに面白そうな本が。
師匠のお説教で足がしびれて立てなくなったころ、ゼフィが帰ってきた。
「あぁ、オーレリア、目が覚めたんだね!なぜ早速説教されているんだい?」
「ゼフィ……おかえり」
「私の弟子はいうことを聞かないんだ」
「ははっ!イゾルデにそっくりだな。腹も減ったし、食事をしながら見てきた森の様子を話そう」
ようやくお説教から解放されたが、足が痺れて……ぁぁ、ネロ!ダメだよ、今足に触らないで!
ゼフィの話では、確かに以前より魔素も精霊もだいぶ少なくなっているが、この森の魔物ぐらいなら、オーレリアが一人でも大丈夫だろうとのことだった。
ただし、今のオーレリアには里にいた時と同じようには魔法が使えないだろうから、身体がなれるまでは、結界の外には出ないようにとのことだった。
そして、今現在、戦争をしている国はないそうだが、人族至上主義の国や考え方を持つ者もいるから、イゾルデにもらった本をちゃんと読むようにと諭された。
ゼフィは翌日、オーレリアの体調を気遣いながら里へと帰っていった。
師匠はそれから十日ほど滞在し、あれこれと世話を焼いた末、ようやくオーレリアが一人でもやっていけると判断して帰っていった。
二人とも、オーレリアを心配する、優しい保護者なのだった。




