第32話 誘拐未遂
翌日、オーレリアは冒険者ギルドの裏庭にいた。ガイウスがニワトリを二羽用意してくれたのだ。
ノルとネロが興味津々で籠に入ったニワトリを見つめている。
「ノル、ネロ、卵を産むニワトリだからね?食べちゃダメなんだよ?」
『わかってるよぉ!』
『たべないよぉ!』
ニワトリを持ってきてくれた養鶏場の人に代金を支払い、お礼を言った。
「ねぇ、ガイウス。もう一日泊まることになっちゃったから明日までここに置いといていい?」
「あぁ、かまわねぇよ。暇なら依頼受けて行けよ!」
「やだよ。また変なのに絡まれたくない」
「なんだ?何かあったのか?」
「……いや、別に」
「何かあったらすぐ俺に言えよ?俺じゃなくてもアニーとかオリビエとか、知ってる奴にちゃんと言うんだぞ」
オーレリアはガイウスをチラッと見上げる。
「なんだ?」
「……ガイウスって、意外と面倒見がいいんだね」
「意外じゃねぇだろ。俺はギルマスだぞ?」
「それもそうか。さて暇だな。何しようかな」
「なんだ?やっぱり暇なんじゃねぇか!だったらスイーツでも食べに行ったらどうだ?近くに蜂蜜を使ったタルトが人気の店があるぞ!」
「へー!蜂蜜のタルトかぁ!ガイウスって甘いの好きなの?」
「まぁ、嫌いじゃねーが、うちのカミさんが甘いのが好きでよ。流行りの店の情報がいろいろ入ってくるんだよ」
「そうなんだ!じゃあ行ってみようかな!また明日ね」
「おう!」
大通りにでたオーレリアは、ガイウスに教えてもらったスイーツのお店に向かって歩き出した。
「気になるね、蜂蜜のタルト!」
『きになるー!』
『おいしいのかな?』
『楽しみだな!甘いの大好きだ!』
そのお店には、ナッツの入った焼き菓子や、バターケーキなども売っていて、一番人気が蜂蜜のタルトらしい。
ウキウキしながら歩いていると、急に浮遊感を感じた。
「ん?」
なんだか、知らない男の人に小脇に抱えられ連れ去られているようだ。
『『『「え?もしかして!」』』』
「わたし!」
『『『「誘拐されてるー!?」』』』
男はオーレリアを脇に抱えながら人混みを縫って走っている。慣れているのかなかなかのスピードだ。でも……
「もっと早く走らないと、えっちゃんに追いつかれちゃうよ!」
「は?」
「ほら、来ちゃう!そこ曲がって!」
「え?ここ?」
男は戸惑いながらもオーレリアの指示に従い頑張って走る。
「次はそこを右!一度人が多いところに紛れ込んでみよう!」
「お、おう!」
「撒けたかな?……あぁダメか、匂いでばれた!じゃあ細い道とか使ってみて!道詳しいんでしょ?」
「なんなんだよ、お前は!」
なにやら指示を出してくるオーレリアに不審な目を向けつつ男は走る。今まで子供を攫ったり、スリをしても捕まったことなどない。足には自信があった。白い犬に追いつかれたところで追い払えばいいのだ。問題ない。
そしてここには、オーレリアが誘拐された瞬間を目撃していた新人冒険者が三人。昨日森でオーレリアに嫌がらせをしようとして失敗した彼らだ。
「おい!あの子、昨日の新人エルフじゃないか?」
「攫われた?」
「ギルドに知らせるぞ!誘拐事件だ!」
ギルドに駆け込み、大騒ぎしながら近くにいた大人の冒険者を捕まえて引っ張り出す。引っ張り出された不憫な冒険者は、以前オーレリアに町を案内してくれたエルフの青年オリビエであった。
「どうしたんだ?そんなに慌てて」
「新人エルフが誘拐されたんだ!」
「追いかけなきゃ!」
「はやくはやく!」
「新人エルフ?もしかして、銀髪に青い瞳の女の子かな?フェンリルを連れた」
「そうだよ!って、フェンリル?ホワイトウルフじゃないの?」
「お兄さんあの子と知り合い?」
「ああ、その子なら知っているよ。絶対に大丈夫だろうけど、むしろ誘拐犯の命が危ない。どっちに向かった?急いで追いかけよう!」
オリビエと少年三人組も攫われたオーレリアの後を追いかけた。
一方その頃、追いかけっこを挑まれた従魔三匹はというと、
『人がじゃまだな』
『まほうで、ばーっとふきとばしちゃう?』
『ノル!そんなことしたら、りあにおこられるよ!』
『そうだぞ!もう町に連れてきてもらえなくなるぞ!それにしてもリア、あの男に指示を出してないか?』
『なんかちょっと、たのしそうにみえるね』
『おいかけっこだ!』
『そう言うことか!それなら負けられないな!』
ちょっと楽しくなってニヤニヤしながらオーレリアを追いかける。もちろんノルとネロはえっちゃんの背中の上だ。人間の速度は遅いのですぐに追いついてしまいそうだが、大通りの人混みにぶつからないよう気を付けながら進むのは、障害物競争のようでなかなか面白かった。
そして、小脇に抱えられ誘拐されている最中のオーレリアは、早くも諦めていた。
「あ〜あ、ダメかぁ。まぁ、えっちゃん相手じゃ仕方ないよね」
ハァハァいいながら走っている男は気が付いていないが、えっちゃんに回り込まれてしまった。
通りの角から、えっちゃんが飛ぶように現れた。
「うわぁ!」
男は驚いて立ち止まったが、オーレリアを離すことはなかった。
『ガルルゥ!(おい!リアを返せ!)』
「ヒッ!何だよ犬っころ!そこをどけ!蹴っ飛ばすぞ!」
一瞬怯えたくせに威勢がいい。でもそんなこと言ったらえっちゃんが怒っちゃうのに。
『ガルゥ!(リア!やるぞ!)』
そういうとえっちゃんは、雷の魔法を男に落とした。もちろんちゃんと手加減しているので、ビリビリっとして気を失っただけだ。
雷に巻き込まれたオーレリアはというと、反射的に防御魔法を使ったことでなんともなかった。そもそもこの程度の魔法なら外套を着ているだけで防ぐことが出来る。
「ありがとう、えっちゃん!でも、わたしにも雷落ちたんだけど?」
『だからやるぞって言っただろ!それにリア、男に指示出して逃げ回ってただろ?』
「つい、ね」
『誘拐されたっていうのに何遊んでるんだよ!』
「ごめん。でも……面白かったでしょ?」
『……うん、面白かった』
『おもしろかったー!』
『またやりたいねー!』
そんなやり取りをしていたところに、オリビエと少年三人組が駆けつけてきた。
「おい!お前、大丈夫か?」
「今、雷の音聞こえなかった?」
「リア!その人は無事かい?」
「あれ?オリビエ?それと、昨日の変な人たち!どうしたの?」
「変な人じゃねーよ!俺たちはお前より先輩だぞ!」
「一か月だけな!」
「いきなり連れ去られたからビックリしたんだぜ!」
「彼らが、リアが誘拐されたところを見たっていうから、心配で追いかけてきたんだ!この男、死んでないよね?」
「オリビエは誰の心配をしていたの?」
「いや、だって……。まぁとにかく無事でよかった。この男は騎士団の詰所に連れていこう」
オリビエが蔦の魔法で男をグルグル巻きにしてくれたので、えっちゃんに引っ張ってもらって詰め所まで連れて行った。
結局そのあと事情聴取をされ、冒険者ギルドにも報告され、ギルマスの部屋に連れていかれた。
「オーレリア、お前、なんでそんな簡単に誘拐なんてされてんだ?」
「知らないよ。急に抱えられて連れていかれたんだから」
「もっと回りに注意しながら歩けよ!」
「注意?町の中って、もしかして森よりも危険なの?」
「そんなわけねーだろ!お前がボーっと歩いてるからだ!」
「えぇ?そんなことないんだけどなぁ……」
そしてギルマスに町の歩き方の指導をされる。オーレリアは静かなハイエルフの里と魔の森でしか暮らしたことがないので、確かに人の多い場所での歩き方は知らない。それに正直に言うと、あのときは蜂蜜タルトが気になって、周りのことなんか全く気にしていなかった。
「町の歩き方も知らないなんて、お子ちゃまだぜ!」
「チョロすぎるぞ!」
「まったくだ!」
横から追い打ちをかける少年三人組。
彼らは、生意気な子がアルト、腰を抜かした子がピノ、ツッコミ担当がセトという。13歳だからまだ見習い冒険者らしい。成人となる16歳までは見習いなんだって。
「わたしは見習いじゃないから!」
「マジかよ!ぜんぜんみえねーな」
「じゃあなんで誘拐されたんだ?」
「大人なら誘拐されないだろ!」
「ぐぬぬ!」
見習い三人組に言われると実に腹立たしい。
「リアが大丈夫なのは分かっているんだけど、もう少し注意しながら歩こうね?」
オリビエにも心配されたので、大人しく指導されることにする。じつは追いかけっこをして遊んでましたとは口が裂けても言わない。後日、犯人の証言でばれてしまうのだが……。
結局その日、蜂蜜タルトは食べ損ねてしまったのだった。




