第11話 全部虫のせい
「これでよし!」
庭の畑に水を撒き、一息つく。畑の作物は順調に育っていた。精霊たちがふよふよと、オーレリアの近くを飛んでいる。なんだか以前より、活発になってきている気がする。
『りあー!れんらくがきたよー!』
『りあー!ぜふぃのにおいがしたよー!』
家の中から、ノルとネロが走ってきた。どうやら通信の魔道具に連絡が届いたらしい。
ハイエルフたちは、同じ大陸内なら、風の精霊で言葉を送るが、さすがに海を越えた別の大陸、特に精霊の少ない場所へは送れないので、魔道具を使う。
その魔道具は、革装丁の本になっていて、表紙の中央に小さな魔法陣の刻印がある。
手紙を送るときは、その本に直接、宛先と本文を書いて魔力を込めれば、その相手に送られる。受け取るときは、勝手にペラペラとページがめくれるので、魔力を込めて触れれば、そのページに相手からの文字が浮かび上がる仕組みだ。
重要な内容は、さらに魔力を込めれば、本と切り離して残すことができるし、そうでないものは、そのままにしていればそのうち消える。
リビングのテーブルに置きっぱなしにしていた、通信の魔道具のページが開かれていた。そのページに魔力を込めると、淡く光りながら文字が浮かび上がった。
「ゼフィからだ。えーっと・・・・・・」
『りあ、なんてかいてあるの?』
『ぜふぃ、なんだって?』
「・・・・・・」
“元気にしているか?そっちにいってから暫くたつのに、全然連絡をよこさないじゃないか。連絡はこまめにするように言っただろう。他のみんなも心配しているんだから、ちゃんと手紙は書きなさい”
『リア、怒られているじゃないか』
『りあ、おこられたー!』
『おこられた〜!』
「ぐぬぬ・・・・・・まって、まだ続きがある」
“魔の森の近くにあるグレンハルトの町で、妙な噂が広がっているそうだ。その噂とは、魔の森でエンシェントドラゴンが暴れていて、火柱がいくつも上がったのを見たものがいた。そのうち魔物が大挙して、町を襲いにくるのではないかと戦々恐々としている。と言うものだ。何か知っていれば報告してほしい”
「・・・・・・」
『それって』
『もしかして』
『『『りあ?』』』
「誰がエンシェントドラゴンじゃい!」
***
それは遡ること数日前、オーレリアが森で木苺を見つけて、ウキウキで採取した帰り道、いつものように魔物に襲われた。
今までこの森で、ソレ系の魔物を見ていなかったオーレリアは油断していた。心の準備ができていなかったのだ。
その魔物はグリムタランチュラ。魔の森の固有種で、とにかくやたらとでかい。
魔力探知でそこに魔物がいることは分かっていたが、ソレを肉眼で確認した瞬間、オーレリアは我を忘れた。
そう、オーレリアは虫が大っ嫌いだったのだ。いつもは見た目の割には落ち着いているオーレリアだったが、虫だけはダメだった。
「・・・・・・っ!!うわぁぁぁぁ〜!!でかっ!!イヤァァァァァ!」
ドゴーン!!!
我を忘れたオーレリアは今持てる最大火力の魔法で、グリムタランチュラを消し炭にしていく。
森の中で大きな火柱が上がり、辺りには焼け焦げた匂いが充満する。
『リア!落ち着け!森の中で火は危険だぞ!』
「ギァァァァァ!こっち来んなーー!!」
バゴーン!!!
『おいーーー!!ノル!ネロ!リアを止めてくれ!!』
『りあ〜!とまって〜!』
『りあ〜!だいじょうぶだよぉ』
「あ゛ァァァァァ!!!」
『ダメか!よし、リアは俺が止めるから、ノルとネロは火を消してくれ!急げ!』
『『わかった!!』』
オーレリアは、完全に取り乱していた。もうグリムタランチュラは一匹残らず炭となったのに、恐怖のあまりまだ動いているように見えてしまう。
更に魔法を打とうとしてしていたところに、えっちゃんの巨体が横から滑り込んだ。白いもふもふがオーレリアに覆いかぶさる。倒れこんだオーレリアを、尻尾をクッションにしてもふんと包み込んだ。
しばらくはジタバタしていたオーレリアだったが、温かいモフモフ効果でようやく大人しくなった。
『リア!大丈夫か?しっかりしろ!』
「うぅぅ~。くもー・・・・・・きもちわるい~」
『もう蜘蛛はいない!全部跡形もないぞ!それより、リアの魔法で森が燃えている!ノルとネロが消火しているけど、このままじゃ燃え広がるぞ!』
えっちゃんに抑え込まれて、ようやく我に返り周りの状況が見えてきた。森が燃えている。焼け焦げる匂い。木々の燃える音。
オーレリアは、乱れた呼吸を整えた。最近少し体が慣れて、ここに来たばかりのときより魔法が使えるようになっていたのが裏目に出てしまった。
「・・・・・・えっちゃん、ノルとネロを呼んで」
『わかった』
えっちゃんはノルとネロを呼び寄せ、尻尾で包んだオーレリアを解放した。
「ごめんね。みんなケガはない?」
『だいじょうぶだよ、りあはだいじょうぶ?』
『りあー!だいじょうぶ?』
ノルとネロは涙目だ。よっぽど恐ろしかったのだろう。
「もう大丈夫。ごめんね。わたし、森の火を消さなきゃいけないから、今からちょっと大きな魔法を使うね。でももう魔法の使い過ぎだから、たぶん動けなくなっちゃう。そしたらみんなでお家まで連れ帰ってね」
『わかった』
『わかったよぉ』
『任せとけ!』
オーレリアが上空に杖を向けると、空から細かな雨が降り始める。炎が強いところは、周囲の水分を調整して消火していく。辺りには雨音が響き、湯気が立ち上る。
炎は次第に勢いを失い、森に静けさが戻っていった。
『きえたー』
『やったー』
「ふぁ~・・・・・・もうダメ~・・・・・・」
ぐったりと倒れこんだオーレリアを、えっちゃんがすかさず支える。
『ふぅ・・・・・・。家に帰るか』
『『うん』』
えっちゃんの背にオーレリアを乗せて、三匹で家に帰る。道なき道をトボトボと歩きながら、三匹は誓う。
『虫系の魔物がいたら、リアが見つける前に殲滅するぞ』
『わかった!』
『ぜったいに、みせない!』
『ほっといたら森が燃え尽きてしまう。危険だ』
『『きけん!』』
***
「まぁ、そんなこともあったけど・・・・・・、とにかく、手紙の返事を書こうかな」
「え~っと、“お手紙遅くなってごめんなさい。わたしたちは元気です。こっちの環境にも大分慣れてきました。あと、フェンリルの『えどわーど?』・・・・・・なんか違うな。え、え、『えっちゃん』が仲間になりました”」
『おい!!俺の名前は『エルディオール』だぞ!!えっちゃんって紹介するのはやめろ!』
「ハイ、スミマセン。“『エルディオール』が仲間になりました”と。えーっと、あとは、“町で噂のエンシェントドラゴンのことだけど、わたしは見ていません。森の魔物が町に向かう兆候も見られません”」
『おい!いいのか?あれはたぶんこの間のリアのことだと思うぞ』
『りあがあばれたときのだよ!』
『りあが、ボンってやったの!』
「・・・・・・嘘は言ってない。わたしはエンシェントドラゴンなんて知らない」
『そうだけど・・・・・・いいのかな?』
「いいの!“今日も魔の森は平和です”これでおっけー!」
オーレリアは魔力を流して、必要事項だけ記した手紙をゼフィに送りつけた。
そんな街の噂もそのうち消えるだろう。だって、魔物の様子はいつも通りだし。ちょっと焼け焦げた広い土地ができてしまっただけだし。
あ~あ、あの場所どうしようかな。と考えるオーレリアであった。




