黒と共に沈む
お待たせ致しました、前回の続きとなります。
「あれは…不知火が集めてる魔人も居るのか、面倒臭いな…」
自身がストックしていた悪魔と戦闘を開始し始めた退魔師達の様子を確認しつつ、襲い来る墨綴による弾幕と応援の退魔師の攻撃を凌ぎながら悪魔を肉盾としていたが、男は思うように動けない事に内心で苛立ちを覚えていた。
戦っている奴らの中には人間には明らかに無い部分が生えた者も確認できる、あれは人間の死体の中に悪魔が入り込んだ『魔人』と呼ばれるものだ。
噂には聞いていたが、本当に退魔師として活動しているとは…物好きと言えるな。
そんな事を意識外で考えていればドサリと何かが地面に伏す音が耳に届く。
見れば盾としていた悪魔が遂に耐えきれなくなったらしく、無惨な姿で倒れているのが目に付いた。
他の悪魔はどうしたというのか、まだ盾に出来そうなやつは残っているか…いや、居ない、何故だ?軒並み殺されたというのだろうか。
クソ過ぎる、誰も彼も役立ちやしない。
まだストックは残っていたか…?
チラリと天井付近に浮かぶ空間の切れ目を見やるが、落ちてくる様子が全く見受けられない。
全く嫌になる…。何かを成すには障害が付いて回るものだが、これは度が過ぎていると言わざるを得ないだろう。
己を守る盾が尽きたと見るや、退魔師共の攻める手も苛烈になっている。
契約を交わした神に何かを捧げて強くなり、この場を凌ぐ事を考えたが、それは無理だと直ぐに悟る。
神に力の対価として払える代償が己の体に何一つとして残っていないからだ。
悪魔のストックを頭に浮かべる。
あれはどうだ、これはと考えはすれど、どれもこれも使えそうにない二級以下ばかり。
…民間人を蹂躙するのに放ち過ぎたな。
最早遅い後悔をしながら、男は迫りくる死に対して覚悟を決めた。
「お前らはいつか、この未来を選んだことを必ず後悔する」
その言葉を残し、男は目の前の死を受け入れるようにゆっくりと目を閉じた。
その目が閉じ切る方が早いか、退魔師達の攻撃が早いか。
無慈悲に飛んできた弾丸が眉間を貫き、振り下ろされた刀が肩から横っ腹までを掻き裂かれる。
酷く赤い鮮血が宙を舞い、男は地面に倒れ伏して赤い花をその場に咲かせ、身動き一つすることもなく事切らした。
「ッはぁ…、はぁ…」
退魔師達が敵である呪術師の男に対して攻撃を行っている間、闇瀬は過度な神威の使用によって齎されている多大な疲労と、意識を黒く塗り潰すような蝕む感覚に辛くも抗っていた。
尻拭い役だろうと役目を全うしなければならないという気概と、自身の契約する神にあれ程の啖呵を切った事に対する見栄みたいなもので保っていたのだ。
気を確り持て、まだ倒れるな…。
その言葉を内に響かせ、意志を強く持ち、気を奮い起こせば、それに体が応えるかの如く霞がかっていた視界が澄んでいく。
ふらつく足で何とか立ち上がって辺りを見渡した。
自分達を守ってみせろと神に強めに告げたが、どうやら施行はしてくれているらしい。
攻められていた退魔師も無事が確認できる。
ズクズクと未だに切った手が熱を持ち、血を流しながら痛みを訴えかけ続けてくるが無視をし、味方や民間人に意識を向ける。
念入りに準備をしたであろう今回の敵と言えど、隠し玉はもう流石に無いだろう。が、念のためだ。
いつでも神威を用いて影を盛り上げ、盾を作り出せるようにしておく。
「ッ……」
未だにふらつく体の揺れは、最初は小さいものだったがそれも徐々に大きいものへと変わっていった。
血を流し過ぎたのだろうか、それとも己の神が今回の報酬として供物として捧げた霊力を余計に持っていたのだろうか。
どちらかは分からない、もしかしたら原因は両方かもしれない。が、今はまだ倒れるべきではない…。
ダンッ、と強く足を前に出して地面を踏み込み、倒れるのを阻止して結末を見届けようとした。
丁度その当たりだろうか、呪術師が退魔師の攻撃によって撃退されたのは。
男が赤い花を咲かせ、倒れて身動ぎ一つ取らなくなれば、縄がはらりと解かれ、拘束されていた民間人は解放されるのが目に写る。
そして徐々に明るい光が、ひび割れた天井や壁の隙間から射し込んでいき、ターミナルを囲っていた結界が解かれたのが誰の口からでもなく全員に知らされた。
「終わっ、た………」
ポツリと確認するかのように言葉を溢せば、それを最後に闇瀬の視界は黒く染め上げられ、意識は闇の中に沈み込んだ。
気合で保っていた意識が無くなれば、闇瀬はそのままプツリと糸の切れた人形のように、ドサリと音を立てて前のめりに倒れた。
緊張感を持ち、文字通り極限状態で戦っていたが、その必要も無くなれば倒れるのは必然と言えるだろう。
そして彼が倒れれば神威の影響が無くなったのか盛り上がりを見せていた影も鳴りを潜め、背後で蠢いていた『ナニカ』も倒れた闇瀬をチラリと一瞥するように赤い光を動かしてから、霧散するように消えていった。
__それから少し経った位。
一人の男が東京の成田空港に降り立った。
名を「不知火 理」、現退魔師達の副頭目であった。
羽田空港に起こった惨劇を、第3ターミナルへ向かうすがら一瞥だけして確認していった。
至る所に転がる種族を問わぬ死体と、負傷をした民間人と退魔師。
惨憺たる風景を、気にする素振り一つ見せずにつかつかと歩きながら、不知火は今回の事変の首謀者を頭に浮かべる。
実のところ彼は首謀者が誰だか勘付いていた。
この広い面積をブレや綻び一つ無く、質の良い結界を張れる者などそうそう居るものではないからだ。
それに統率が取れない悪魔が統率の取れた動きをする、これも覚えがあった。
それもそうだろう。今回の首謀者と副頭目である不知火は同期であり、幼馴染であったからだ。
悪魔を使役する神威で連盟からは忌み嫌われ、件の大事件で退魔師を辞めて呪術師の道を走った男。
…ここだけの話、自身も彼と一緒に呪術師になろうとしていた。誰にも明かす気は無いが。
暫く歩き、漸く第3ターミナルに着けば自身が仲間へと引き入れた退魔師の仕事を熟す魔人に、ちょっとした褒美として頭をガシガシと撫でてやる。
その後に倒れ込む呪術師の顔を見るために蹲み込んだ。
「…………」
目を伏せて黒い眼差しを、早くも青白く変色し始めている男の顔へと何も言わず、静かに向ける。
どれだけそうしただろうか。長かったかもしれないし、存外に短かったのかもしれない。
まるで気分を変えるかのようにスクッ、と立ち上がれば近付いてきた華懍へ笑い掛けた。
「いやぁ、この結界を解くの大変だったでしょ」
「まぁね、こう言ったのは暫く御免だよ。……知り合いかい、そいつ」
「……昔の友達だよ。ただのね」
こちらの笑顔に対して何か言いたげな表情を彼女は浮かべたが、それを口にするのは野暮と見たのか飲み込み、紛らわせる様にチラリと亡骸を見て問い掛けてきた。
そんな彼女に多くは語らず、ぼそりと呟くように答える。
そして視線を再び彼へと戻せば、物思いに耽る。
彼は自分に似ており、まるで呪術師に堕ちた自分自身を見ているかのようだった。
時折、彼が自分なのか、自分が彼なのかわからなくなったりするくらいには似ていた、と思う。
今となっては確かめようがないし、本人に聞こうにも、もう物言わぬ帰らぬ人となった。
聞く、と言えば、彼と最後に話した言葉は何だっただろうか…?
思い出してみようとしてみるが、欠片すら浮かばず、遂には思い出せぬままで終わる。
何処と無く昔の記憶を思い出し、懐かしさ半分、物悲しさを感じさせる何かをちょっと、といった表情を浮かべていた不知火だが、空を飛ぶ烏を見やり、笑みを貼り付けてふと口を開いた。
「さて……疲れてるところ凄く悪いし、申し訳ないなーと思ってるんだけど、実はまだ終わってないんだよね」
これにて成田空港の【前編】が終わりました。
なッッッッッがかったぁぁぁあああああーーーー!
どんだけ時間掛けるんだよ!と怒られても仕方が無い遅筆さ…我ながらどうしようもない……。
後半はちょいと主人公が変わります、お楽しみに。




