火は墨と混じり、灰に埋もれ
「やれやれ…随分と物騒なもん投げてくるじゃないか。良い歳してそうなのに、包丁は投げる物では無いってお母ちゃんに教えられなかったのかい?」
自身は無傷、しかして後ろの二人は負傷、もう二人は絶命。
こんな状況下で、自身が出来るのは生き残った二人の盾になるようにして、前に出るくらいなものだが、果たして負傷した二人を逃がせれるほどの時間を稼げるだろうか。
警戒度を頂点にまで引き上げ、注視するからこそ分かる。
この男、かなり強いね…。
冷や汗と、そんな感想を抱いた思いが悟られないように、少し誂うような、軽口を相手に叩く。
男は小さく肩を竦めて軽く流す程度であるが…今は良い。
少しでも注意を、視線を己の方へと向けられるならばそれで。
「返す言葉で悪いようだけど、あんたの言葉は受け入れられないねぇ。これを外せって命令なんだ。それともなんだい、これを抜かれちゃあんたにとっては不都合があるのかい? あんたがこの結界を作り出した本人だとか。そう簡単な話なら、こっちとしては願ったり叶ったりなんだけども」
「浅い知恵と見識でよく頑張って考察したじゃないか、褒めてあげるよ。けど、残念。不都合があるのは僕ではなく、君たちの方だ。正確に言えば、紐を解いたら磔になってるそこの人達が死ぬという不都合を被るだけだ」
「ッ…!」
真顔で告げられる、これから起こそうとしていた行動によって引き起こされる結果。
勿論、相手の言う事が真実であるとは限らない。嘘である可能性だって過分に含んでいる。
しかし、逆もまた然りであり、虚偽であるとも限らない。
これが何よりも厄介なものだ。
それに、ここまで大々的な事をしておきながら、要となりそうなこれを、罠の一つも掛けずに裸のまま置いておくのがおかしいのもある。
何かしら仕込んではいるだろうと言った予測はしていた。だからこそ、華懍は大きく動こうにも動けずにいた。
加えて負傷した味方が居る、自分一人が逃げる様な形で此処を離れるわけにもいかない。
男はこちらの質問に答え終わってから杭の方へと歩み寄り、拘束されている人の顔を一人ひとり覗き込むようにして見ていく。
良い表情をしている、とでも言いたげな、満足げな様子を出しながら。
何か、何かしら打開策の一つでも浮かばないか。
歯噛みをしながら、思考を必死に巡らしていた、その時。
「……っ、お、遅れました! 皆さん、すみません! お待たせしました! 民間退魔師、天誠神社所属! 墨綴 栄、ここに推参致しました!」
そこに扉があったならば、思い切り蹴って開けそうな勢いで、声を張り上げながら通路から飛び込んできたのは一人の少女であった。
名乗りを上げたので、華懍は即座に、彼女がもう一つの任務である救出対象の退魔師だと理解をする。
何故こんなところに、確かターミナル内の何処か…有力な筋では第二ターミナル辺りに居そうだ、なんて聞いたが…と疑問が浮かんでは消える前に次の疑問が湧き出て頭を埋め尽くしていく。
「…無事とは言えない見た目だけど、よくやるじゃないか」
数瞬ほど呆けてしまったが、彼女が身に纏う服に血が付着していたり、柔肌に擦り傷や切り傷が付いてるのが目に入る。
成る程、自力で脱出をしたのだろう。少女と言えど、やはり退魔師なのだと場違いながらも感心を覚えた。
少女もまた、現場の状況を瞬時に理解して判断したのだろう。少し目を見開いてから、キッと鋭く細めて男を睨めつけていた。
「助太刀します!! 三級ですけど…このクソ変態呪術師をぶん殴らないと気が済まないので!!」
男はそんな黒綴を見れば、露骨な舌打ちを一つし、何処からどう出したのか、手の平の上に黒い立方体を乗せた。
「なあんだ…逃げたと思ったらこんなところに来たのか。何にせよ、人質なのにあの部屋から逃げちゃダメじゃないか。せっかくVIP待遇だったのに、さ!」
ポンポンと上に放っては捕まえ、また放っては捕まえてとその立方体を弄びながら残念そうに言葉を吐く。
そしてパシッと横薙ぎに手を振るい、立方体を宙で雑に掴めば、懐に忍ばせていたもう一本の包丁を空いている手で取り、強めた言葉尻と共に息を込めて黒綴の方へと一直線に投げる。
「やれやれ、だからそれを止めなって言ってんだろうに!」
行儀が悪いだろう!と怒りながら、一足飛びに黒綴の前へと詰め寄れば、投げられた包丁を槍で弾き飛ばす。
「女に向けるもんじゃないだろう、投げ渡すならもうちっとマシなもんにしな、色男」
カン!と石突の部分で床を叩き、男に説教をくれてやる。
幾らボロボロとは言え、援軍は本当に有難い。
戦力増強だけでなく、精神面での安定も図れるのだ。
警戒をしながらではあるが、こうして少し強気に出れるのもそれがあるからと言える。
それに、彼女を後ろに隠すような位置を取れたのも大きい。
相手に見えないように、後ろへと回した手で己の服の裾を軽く上げれば、腰に隠された短刀を彼女に見せる。
ちょいちょいと人差し指でそれを指せば、黒綴は意図を汲んだのかそれを取った。
聞いた話では、彼女は短刀よりも筆の方が戦いやすいらしい。
どうにも能力と関係があるのだとか…だが、護身用として持っておくのは大事だろう。
「ちっ……今日は彼奴は来てないみたいだな、そこら中に鳥は飛んでるけど。…いや、そんなことはどうでもいい」
男は防がれたのを見て舌打ちをまた一つするが、特に通るとも思ってなかったのか、興味を無くした様に窓から覗き込む空を見やる。
薄暗い空には、今でも鳥達が忙しなく羽ばたいており、結界とはまた別の暗さを落としていた。
そして再び華懍達の方へと向き直れば、今度は蔑みが籠もった、冷たい眼差しで言葉を吐き出した。
「退魔師なんてクソみたいな仕事をしてる奴らがまだこれだけいるなんて、実に驚いたよ。馬鹿らしくならないの? 一般人を守るために命を賭けるなんてさあ」
「それがあたし等の仕事で、堕ちたあんたの仕事でもあったはずだよ」
「あぁ、そうだな。だが、過去の話だ。彼奴ら、守られて当たり前だと思ってるんだよ。いや、今は最早その自覚があるかすら怪しいな。普段は虫みたいに寄って集って、勝手に期待をぶつけては持ち上げて、悪魔狩りに失敗すれば手のひらを返して俺達を見下す。何もできやしない癖に、徒党を組んで潰しに来る! 13年前なんて特に酷かったね、最悪だ…」
いつの間に取り出したのだろうか、立方体を持つ手と反対の手には短刀が握られており、話す度に過去を思い出しているのか、握る力が強まっており、木造りである柄の部分がミシッと嫌な音を立てていた。
だが、言葉を途切れさせる辺りで握る手が徐々に緩まり、脱力するのが見て取れた。今は落とすか落とさないか辺りの力加減だ。
「力の無い弱者を、力がある強者が守る。それが力を持った奴の責務ってやつじゃないのかい? それに、力あるやつに寄るのは自然の道理みたいなもんだろう、あんたの言ってる事はただのガキンチョが言うような屁理屈だよ。……言いたいことは、理解出来るけどね…」
言葉を返すならば今が好機だろうと見極め、華懍は思ったままの事をぶつける。
何も強い者に、弱い者がすり寄るのは退魔師の世界や人間達の世界だけではない。自然界も同じようなものが見て取れたりする。
自然界で見られる様な事象を上げられたところで、納得出来るかと言われたら出来るはずもない。
一般人の世界ですら簡単に起こり、存在しているものだ。
それに嫌気が差し、我慢出来なくて子供のように爆発したのが、きっと彼なのだろう。
しかして、納得は出来ないが、理解はできてしまった。
彼の言う、13年前。それはきっと、平成29年の2月23日に起こった『東京都悪魔襲撃事件』の事なのだろう。
一瞬にして日本を騒がせた事件、戦後最大にして最悪の悪魔災害とまで呼ばれるそれを、彼女も幼い頃に経験していたからだ。
退魔師の家系なので、当然ながら家系に連なる者や親戚達は駆り出された。連日の悪魔狩りや他の仕事で疲労困憊の状態にも関わらず。
そして、その者達が帰ってくる事は無かった。
幼いながらに聡明だった彼女は、結末を理解していた。
そんな親しい人達との別れという出来事を経て、出来たばかりの傷心に塩を塗ったのが、当時の一般人達だった。
様々な心無い言葉を投げ付けられた覚えがある、高御門というだけで。
だからこそ、彼女は男の言葉を、その意図を理解をしてしまったし、高御門という名を嫌っている理由でもあったのだ。
彼はこちらの言葉が届いたのか、それとも否なのか、ハッキリとしない様子で顔を俯かせてからゆっくりと口を開き、途切れさせていた言葉の続きを彼は紡いだ。
「……人間は全員殺すべきだと思ってるよ。でも、それをするには、退魔師が邪魔なんだ」
何処からかやってきた退魔師が放った水圧弾を、顔を下に向けたまま床を蹴り、身軽に後ろへと飛んで躱す。
宙で一回転し、猫のように着地してから、ほぼノーモーションで重心を前に持って来ると、一足飛びにやって来た退魔師へと詰め寄って容赦無く斬り伏せた。
もう年の瀬ですね…。
ちょっと中途半端さが伺える終わり方となってますが、今年はこれを最後とします。
来年は正月の閑話を挟んでから続きを出す…かな?はい。
ではでは皆様、良いお年を。来年もよろしくお願いします。




