光と闇
正直に言えば勝てるイメージは湧かない。
彼女の言った通り、あの巨躯の悪魔は自分達の階級の一つ上である者達が、数人がかりでやっと仕留めに掛かれる強さを持つ。
戦う前から、彼我の力量差に圧倒されるくらいだ。威圧感が先の小鬼とは比べ物にならない。
実際に教官の様に感じ取れる訳では無いが、向けられる殺気や溢れる呪力が肌を通して相手の強さを物語っていた。
だが、彼女に発破を掛けた口上の通り、みすみす逃してくれるわけがないので、"やれるかどうか"ではなく、"やるしかない"事を今一度確認すれば、腹を括って気を引き締める。
こんなのはあの時以来ですね…。
口には出さないものの、闇瀬は一人そんな事を思っていた。
雨に打たれ、体が冷えてく感覚。一瞬でも気を抜けば死ぬひりつく空気。頼れる者は周りに居らず、一人で圧倒的な力量差を前に、絶望を覚えながらも対峙せねばならない覚悟。
そんなものを彼は頭の片隅で思い出していた。
油断ならない状態では確かにあるのだが、不思議と彼は恐怖を感じてはいなかった。
今は一人ではない。
隣には自分よりも実戦経験を多く積み、神威の扱いに長けた彼女が居る。
戦力として考えるならば十分過ぎるほどだ。
こちらの考えが何一つとして理解出来ないと言った表情を浮かべている彼女に対し、クスリと小さく笑ってから口を開いた。
「大丈夫、一人では無理でも私達二人でなら勝てますよ。それに、万が一の事があろうと、貴女を守って差し上げましょう」
「……こんな状況下で口説きかい? 随分と余裕じゃないか…」
「口説きではありませんよ、支援係として当然の仕事をするだけです」
「…ホントに、あんたって奴__ッ!!」
言葉を交わして、少し安堵した彼女の隙を突いてか、今までこちらの様子を伺っていた巨躯の鬼は、その体付きからは想像も出来ない程の速さで一足飛びにこちらへと近付き、持っていた金棒を振り下ろしてきた。
一瞬の油断は命取りだというのを理解していたのに、緩んでしまった自身の気に苛立ちを覚えながら、華懍は咄嗟に目を閉じて防御姿勢に移った。
__が、いつまで経ってもやって来るはずの衝撃が一切来ず、怪訝に感じながら薄く瞼を上げれば、視界に写ったのはまたしても黒だった。
「言ったでしょう、貴女は守って差し上げると。安心して力を奮ってもらって構いませんよ」
クスクスと笑ってみせる闇瀬。
やっと視界が辺りの景色を塗り潰す黒に馴染んだのか、様子が分かってきた。
今自分は彼の神威が作り出した球体の内側に居るのだ。
それを理解すれば、ツゥ…と汗が垂れる。
やはりこの男は味方ではあるが、危険だ。
先程の敵の攻撃は、凄まじい膂力と金棒の重量、そして振り下ろしによる勢いもあって、こちらを形も残さず潰す完全優位なものだったのだ。
それを彼は難なく防いでみせた。あの攻撃をだ。それも音の一つも立てずに。
よく闇瀬は自身を、人間離れした退魔師と比較にするに値しないほど弱い、自分は一般人のそれと変わらない、だなんて言っていたが、これを見せられては「どの口が」と言わざるを得ない。
置かれた状況を理解し、それに対する事を彼女は考えていたが、ふぅ…と小さく息を吐いて一新する表情を浮かべる。
超人的な技を見せ付けられ、少し固まっていたが、彼女とて戦闘職に就く人間である。
ここまで見せられ、焚き付けられては、動かなければ恥だとでも感じたのだろう。
槍を持ち直し、グッと腰を下ろして足に力を込めれば、闇瀬の作り出した壁を抜けて一直線に鬼の方へと飛び出していく。
闇瀬もまたそんな彼女の動きに合わせて、行く先の壁に人一人が通れる穴を開けて、支援をする。
今更ながらの説明だが、この黒い壁はマジックミラーの様な機能も持っており、外のものは中の様子を見ることはできないが、内に居るものは半透明な壁を挟んで外の様子を見れる。
なので悪魔から見れば、黒い球体から突如として女性が現れた様な形で写る。意表を突く攻撃だ。
だが、悪魔の方も伊達に世を生き抜いてきた訳でもなく、彼女が出す殺意や敵意を瞬時に感じ取れば、両手で持っていた金棒から片手だけ離し、敵に向けて振り下ろし、殴り潰そうとする。
だが、それをまたしても阻止したのは闇瀬であった。
金棒が付いたままの壁を外に向けて大きく弾けさせたのだ。
そうすれば、金棒は宙に弧を描いて浮かび、金棒を握っていた片手はその重さに引っ張られ、鬼の体は大きく上へと反れる。
「シッ__!!」
その与えられた隙を彼女は無駄にすることもなく、神威で燃え盛る炎を付与された槍で、裂帛の声と共に斜めから振るい、鬼の体へ傷を刻み込んだ。
「ーーーッ!」
鬼は仰け反りながら苦痛の言葉を上げて血を舞わせるが、筋肉の厚さや硬さ故か致命傷に至るほどの深いものではなく、直ぐ様に反撃の意志を瞳に宿らせて、この流れを作り出した元凶へと目を向け、そのまま踏み潰してやろうと振り下ろす。
闇瀬はそれを後ろへ大きく飛び退くようにして避ければ、槍を振るい、悪魔の背後へと回った華懍へ向けて口を開く。
「全力で神威を放ちなさい! 合わせます!」
「はい、よっ_!!」
闇瀬の声に合わせて華懍は悪魔の背後から、残る霊力を費やし、全力で火球を作り出して放った。
「グォォオオァァアアアーー!!」
火球は悪魔に当たるや否や、大きな爆発を起こしてその身体を焼き尽くす。
まるで人間の様な苦痛の声を上げながら、しかしギロリと射殺す様に鋭い視線を眼前に居る闇瀬へと向ければ、熱で融解しかかっている金棒を横一文字に振るう。
「流石ですね、彼女も、そして悪魔であるあなたも。そんな状態になりながら武器を振るうのは、あなたの意地か、本能か……ですが、もうお眠りなさい。その灼けた身体も、魂も、昏く溶ける闇が包みましょう」
チリチリと服や肌が熱で焼ける感覚を覚えながら、手を前へと突き出して構えれば、目の前に大きくポッカリと口を開けた、先を何も映さない黒一色の闇を顕現させる。
そのまま金棒ごと巨躯を呑み込めば、内側に向けて無数の棘が撃ち出される。
読んで字の如く、頭部を除いた身体全てを串刺しにされた悪魔は、声を上げることもなく絶命した。
大きな穴は徐々に開けていた口を狭めていき、最後に悪魔の頭部をペッと吐き出してから消えてなくなった。
闇瀬は悪魔の頭部を持ち上げ、完全に動かないことを確認してから、ヒョイッと火の中へ投げ入れた。
「何してんだい、あんた?」
また理解の出来ない事をし始めた…と半ば諦めがち、半ば呆れがちに彼女は闇瀬に問い掛ける。
「何、お気になさらず。必要なことではありますが、貴女が知るのは後でも十分です」
目的を特に口にせず、彼は火の中に投げ込んだ悪魔の頭部を再び取り出せば、状態を確認して小さく頷く。
「では、帰りましょうか。一日で終えれたのは幸いでしたね」
「そーだねぇ、こんだけ早く終えれたのはあんたの功績が一番大きいよ。けど、生存と任務終了を祝う前にあたしは風呂を浴びて寝たいよ…」
「フフ、でしょうね。見ただけでも分かるほどには、だいぶお疲れですから。車までおぶりましょうか?」
「へぇ、そいつは有り難いねぇ。お言葉に甘えさせて貰おうかな」
「冗談のつもりだったのですがね…」
頬を人差し指で掻きながら言葉を零すが、彼女は「ほら、早くしろー」だなんて急かして彼におぶることを催促する。
結局彼の方が折れ、車までの道程では二つの影は一つに重なったまま、夕暮れに照らされた村を後にしたのだった。




