閑話 教官
今回の新人は大物が多いと同僚から聞いた。
リストを見る限りでも名家や名を聞く家系、退魔師として大きく活躍した家の出である者も居るようだ。
中でも極めつけはやはり彼女_『高御門華懍』だろう。
かの御三家の一つである家系からの出だ、期待が高まるのも仕方ないと言える。
かくいう私も、胸に込み上げてくる期待は抑えれそうにない。
だが、同時に危うさも同じように込み上げてくる。
高御門は他の二つの家系と大きく違うのは、武闘派であり、努力派であり、多くの呪術師を排出している所だろう。
願わくば、この者はその道に走らぬことを切に祈るばかりである。
もし仮に、その道へと入ってしまい、進んでしまったら始末をつけるのはいつだって___
* * *
初めに奴を見たときは違和感を感じた。
容姿が_いや、容姿も確かに違和感満載の者だったが_そちらではない。
奴の霊力が、だ。
長年この職に就き、様々な退魔師と死地を共にし続ければ自ずと感覚は鋭敏になるものだ。
そういった者は相手の力量を見て判断できるのと同じ要領で、霊力をある程度は見て取れるのだ。
周りの新人は、確かに未来有望な程度の力量を備え、霊力もそこそこであった。
そしてリストで目を付けた者達は、見込み通りの力量と霊力を備えており、他よりも頭が一つ飛び抜けていた。
勿論ながら、高御門もである。
彼女は周りと比べてかなり突出しているのが感じられた。
__だが。
それを差し置いて異質さを感じられたのは、あのフードを目深く被った黒い人物だ。
出で立ちが異色なので、他の者の目を引いているが…それ以上におかしいのは、奴の霊力が一切感じられないのだ。
ならば悪魔が内に潜んだ死体、『魔人』かと疑ったが、呪力らしいものも感じられない。
何よりも、この敷地内には悪魔や、一部を除いた魔人は入り込めない結界が張られている。故に奴が魔人である可能性は低い。
今は取り敢えず要注意人物として内に留めておくべきか……。
幾ら考えたとしても答えが出ることが無いと感じたので、この考えは頭の片隅にでも置いて話を進める事を決める。
その後、退魔師とは何たるかを彼らに説き、其々の力量を測るために手合わせの相手をこちらで決めていった。
* * *
目を疑った。
驚愕の表情は表には一切出さなかったが、それでも度肝を抜かれたのは確かだ。
力量が他よりも劣ると判断したあの黒い人物と、高御門の手合わせは高御門の圧勝で終わるものだろうと踏んでいたからだ。
せめて力量が劣れど、神威を用いて技術で補えば、多少は高御門の力の一端でも見せれるくらいの殴られ役になってくれるだろう。
神威も、中身は知り得ないが防御型だと言っていた。程度によるが、多少の耐久は出来るはずだ。
そして何よりも、謎に包まれた黒い人物の持つ霊力のある程度が知れる。そう思っての、この組み合わせだった。
が、その予想は大きく反し、押されているのは何故か高御門だった。
確かに最初は彼女が大きく優勢だった。先制を取ったのも彼女だ。
出力の加減はしているが神威も惜しみなく使い、流れは完璧に彼女にあった。
だが、時間が一秒、一分と経つごとに、その優位性は徐々に失われていき、代わりに奴の優位性が高まっていった。
奴はあろうことか攻撃を見極め、全てを得物も持たずに捌き、避け切っていた。
神威も一切使わずに、だ。
身体に纏う『オーラ』型の神威かと疑いもしたが、揺らぎが見られない。
どれだけ微量でも神威を使えば、纏う雰囲気や空気に揺らぎが生じる。
しかし奴は終始、その揺らぎが見て取れず、一定だった。
つまり神威を使用してない。武器も持たず、その身体のみ捌いているのだ。
そして神威を使っていないのは、彼女もきっと早くに感じているだろう。傍観者ではなく、対峙する者だからだ。
末恐ろしいものだ…。
あれが仮に同じ人間で、戦闘経験も凡そロクに積んでいない新人だと言われて、信じる者はどれだけいるだろうか。
……今一度、新人達の出土を見直さなければならないかもしれないな。
眼の前の試合で大きく火柱が立ち、熱波でジリジリと水分が奪われていくような感覚を覚えつつ、彼はこの後の行動を静かに決めた。
* * *
あの試合の後、直ぐ様に新人達の出土を洗い出した。
玉石混交という言葉がぴったりなくらいに、事前調査などで得た新人達の力量、推定保有霊力データに並び、社外秘の個人情報である出身地から経歴、家族構成等が書かれた紙面を眺めながら、彼は大きくため息を吐いて座っていた椅子に深く身を預けて上を仰ぐ。
黒い人物に関して分かったことと言えば、分からないであった。
唯一知れたのは名前、身長、体重、身体を纏う靄が神威の代償によるものであるという自己申告、扱う武器……以上だ。
全く持って巫山戯倒している。
これで何を分かり、何を知れというのか。
推定保有霊力どころか、戦闘経験の有無や神威の内容すら分からない? これでは不十分として突き返していてもおかしくないはずだ。
なのにどうしてこれが通っている? 何か工作が働いているのか、それとも上の思惑が入っているのか……
様々な憶測が頭の中で飛び交うが、いずれも証拠や裏付ける物があまりにも無いので憶測の域でしか留まらない。
天井を眺めながら思考の海に浸っていたが、やがて一つの行動を決意すると彼はガバッと勢いよく立ち上がった。
分からないならば己の足で向かい、己の手で調べれば良い。
そうして軽く身支度を済ませた彼は、闇瀬を探し出したのだった。
* * *
深い深い眠りから意識を押し戻した彼は、泥のように眠っていたベッドから引き剥がす様にして起き上がる。
顔に手を当て、横に頭を振ってより意識を確りとさせてから辺りを見回して状況を確認する。
「……そうか、闇瀬三級と手合わせをした後、此処に来たのだったな」
漸く意識がはっきりとし、記憶も思い出せるようになってきたところでベッドから降り、閉められていたカーテンを開ける。
「あら、やっと起きたのね」
カーテンを引いて開ける音に気付いたのか、医療室の部屋の主である女性がこちらを向いて声を掛けてくる。
「世話を掛けた。どれくらい寝ていた?」
「大体三日ね。無茶しすぎよ、何していたのよ」
「実力を見るための手合わせだ」
「……あの子と共に悪魔と戦った、とかではなく?」
「俺は一線から退いた身だ、その可能性は無いものとしておけ」
よく言うわ…と呆れ顔を隠すことも無い彼女に、小さく肩を竦めてから己の身体を見て、それから周囲を見渡す。
「傷は治してくれたか、礼を言う。ところで奴は何処行った?」
見渡した限り、彼の姿は無く、ベッドもカーテンは己が寝ていた場所以外は全て開け放たれている。つまり此処にはもう居ないことが見て取れたのだ。
「あなたよりもかなり早くに目覚めてどっかへ行ったわよ。大体二日前くらいかしら。全く…呆れた回復力ね、あの子」
二日前、という事は一日で完治して出ていったことになる。確かに大したものだ。意志とは別に、身体が生き急いでいる危うさも感じられるが…。
「それに、代償のせいなのかは知らないけども、何処をどう怪我しているのか、どのレベルで具合が悪いかとか、見るのに苦労したわよ。無茶しすぎない様に言ったけど、念のためあなたからも言いなさい。教官なんでしょ?」
「フッ、善処はしよう」
果たしてあの頑固に近い奴を説得出来るものだろうかと自嘲気味に小さく鼻で笑い、近くに掛けてあった自身の上着に袖を通して、彼もその場を後にするのだった。
ここらで章を区切ります。
次はどんな章で、どんな話にしようか…何も考えてない(()




