閑話 魔は月と踊る
__そこは暗闇が支配する場所だった。
かつては栄華を誇ったのであろう街も、悪魔に襲われ、廃墟連なる瓦礫の街へと変貌していた。
そんな街の一角にある廃ビルの中で、ソレは居た。
今は形だけが残っている窓辺に腰を掛け、空に浮かぶ月を、細く鋭い双眸で眺めていた。
ソレ以外の人っ子一人、生物の気配すら感じられぬ静寂の中で、静けさを楽しんでいたが__
_その静けさを破る声が耳に届いた。
「またそんな臭いものを吸ってるだなんて、やっぱ物好きねアンタってば。虫の真似事をして楽しいの?」
声の発生源へと視線を移せば、そこに居たのは赤い瞳を持つ金髪の少女であった。
こんな夜更けとも言える時間に、彼女の様な少女が、こんな廃した街に居るのは普通ではないだろう。
常識を当て嵌めるならば、まず親が心配するだろうし、この時間に外出を許すわけがない。
だが、彼女は普通ではなかった。
背丈は確かに可憐な少女なのだが、髪が恐ろしいまでに長く、先が踵辺りまであるのではと思えるほどである。いや、実際それくらいまである。
ただそれだけならば、髪を伸ばしたい年頃なのだろうで無理矢理にでも済ませれる。
しかし、その少女は月を背にして空に浮いているのだ。
まるでそれが当たり前であるかのように、ごく自然に、着ている服を靡かせてそこに居る。
今、己が居るのは廃ビルの中間辺り。
そこまで高くないビルではあるが、それでも階数は八階に当たる。地上までの高さは言うまでもない。
そんな己を、少女は赤い瞳で見下ろしているのだ。
まず、普通の人間ではないのは明らかであった。
「俺達の目的のためには、真似事も必要だろう。 何よりも、仕事をする気が全くないお前の分も抱える身としては、これに手を出したくもなる」
唐突に現れた少女に対し、タバコを吸っていたソレ_いや、彼はこれまたごく自然に、嫌味も含めて言葉を返していた。
少女と言えばつまらなさそうな顔をし、頭の後ろで手を組んで、寝るように体制を横にし始める。
「そりゃそーでしょ。てきめん…てきしょ?ってやつよ。アンタは馬車馬の如く働いてりゃ良いのよ」
「酷い言われようだが、俺がお前の課されている仕事をしなければお前は雷を落とされることになるからな。あと、適材適所だ、バカが」
流石に痛いところを突かれたのか、少女はうっ、と言葉を小さく漏らして体をビクつかせていた。
「ふ、ふん…!て、天使のあたしには知らない話ね!それとバカは余計よ!あんたを試しただけなんだから!」
「お前に試されるほど知力を落とした覚えはないな。さて、ならばお前の分の仕事はせずに置いておこう。そろそろ仕事を減らしたかったところだ、丁度良かったよ」
「ちょ!それはズルいわよ!ちゃんとやってもらわないと困るわ!」
「俺は困るどころか助かるな」
ニヤリと口角を上げて冷たく言い放つ彼に、流石に旗色が悪いのを彼女も悟ったのか涙目でぷるぷると震えながら睨むだけに留まっていた。
これ以上言ったところで、軽く言葉を返されるのは目に見えているからだ。
暫くの間、二人の間に嫌な沈黙が続き、その場に再び静けさが訪れる。
「フッ…」
だが、それもまた長くは続かず、静けさを破ったのは小さく吹き出した彼だった。
少女は怪訝そうな、ちょっと怒りを込めた目で彼を見る。
「どうせ億が一に、お前がやる気を見せたところで失敗するのは容易に予想が出来る。少しでも俺の手伝いをしてくれるなら、今後もお前の分の仕事をやってやるよ。結局、誰かがやらなきゃならねぇしな」
「…………むーー!!もう、分かった、分かったわよ!手伝えば良いんでしょ!」
これでもかと言わんばかりに頬を膨らまし、口を尖らせて子供相応の拗ね方をする彼女に、苦笑を溢しながら火を付けたままだったタバコを落とし、踏み潰して煙ごと消す。
「…んじゃ、行くか。俺らの未来と、「アルビノ」の為に」
「はいはい、アルビノの為に」
その言葉を残し、少女は月の光に、彼は闇に溶け込むようにして姿を消したのだった___




