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執念

 爆発により、四方八方に膨大な黒い力が広がった。だが、その内の一方向だけは、アイルの魔法によって栓がされている状態だ。その暗黒の衝突は周囲の光を奪い、一挙に夜の帳が落ちたように視界を暗くした。さらに、滝壺で耳を澄ましていると思うほど、轟々とした音が永遠と耳底を打ち付ける。

 そんな中、アイルはそれらを全く気にかけられない状態にあった。


 「あ、頭が、痛い…… !」


 耐えがたい激痛が頭に走る。

 さらに、ほんの少し前まで心に艶かしく絡みついていた高揚感は剥がれ落ち、取って代わって現れたのは強い後悔。なぜさっさとアーテルを殺さなかったのか。他でもない自分がしていたことなのに理解できない。


 「ぐっ…… "力"の調整が……」


 偶然が必然か、時を同じくして"力"を思うように操作できなくなっていく。操作だけではない。今使用している魔法の変質の仕方が、段々と頭から離れていく。あれは夢だったのだろうか。


 「だめだ、今魔法を解いたら後ろのみんなが!」


 どうにか魔法を維持し続けようと努力する。

 もう少し、あと少しだけもってくれ。

 だが、どんなに切望しても魔法の威力は明らかに弱まっていき、押し返されていくのがわかる。


 「ぐあっ!」


 とうとう均衡が崩れた。

 押し寄せてくる力の波に、なす術なくアイルは後方に吹き飛ばされる。あまりの勢いに身体はぐるぐると回り、どっちが上でどっちが下だか分からなくなってきた。彼は死に物狂いで手足を動かし、空中で体勢を立て直そうとするがそれも敵わない。


 「アイル!」


 レナードの声だ。

 正確な位置は分からぬが、声はだいぶ近い。どうやら飛んでいく進路の付近に彼らのいる陸地があるようだ。運が良ければちょうどそこに着地できるかもしれないという淡い期待が浮かぶ。


 「うっ!」

 

 背中に硬いものが衝突し、勢いが一気に失われる。身体の回転も止まった。

 しかし、それでようやく自分が陸地から少し離れた壁にぶつかったことがわかる。レナードたちは斜め下にいた。さらに悪いことに、その壁は周りと比べて出っ張っていたのだ。今彼がいるのはそこから少し落ちた所。当初、壁を蹴ることで向こうまで飛ぶという成算もあったが、どんなに足をピンと張っても壁に届かない。


 「まずい……」


 「こっちだ! アイル! 手を!」


 陸地の端の迫り出したところから、レナードが半身を出し片腕をこちらに差し出す。


 「レナードさん!」


 アイルも懸命に腕を伸ばした。そして、レナードの手が重なる。双方の手はがっしりと握られた。


 「重っ…… ! ふっ、なんとか届いたな」


 「ば、爆発は……」


 「君が魔法を解いた後、ちょうど治ったみたいだ」


 「そうですか…… すみません、助かりました」


 アイルの声は鼻声気味になっていた。というのも、レナードの手を取った際、そこから振り子のように勢いづき、鼻を壁に強打したのだ。身体強化のおかげで大怪我には至らなかったが、けっこう痛い。

 アイルはこの時、命拾いしたと安心する反面、これから待ち受けているであろう難儀を想像し心が沈んでいった。それはレナードも同じらしく、こちらを直視できず煮え切らない表情をしている。

 頭痛はだいぶ和らいでいた。


 「気にするな、このくらいどうってことーー」


 遺跡がまた揺れ始めた。しかも、今回のは今までで一番大きい。


 「またか!」


 「大変だよ! 天井が崩れ始めた!」


 ノエルの発したショッキングな内容に、緊張が走る。その直後、天から光の筋が遺跡内を照らした。


 「空だ! 空が見える!」


 「なに!? 待ってろ、今引き上げる!」


 レナードは一息にアイルの腕を引っ張る。アイルの手が陸地の縁に届いた。そうして、ようやくアイルは這うようにして地面に上がった。


 「本当だ…… 天井の上に堆積してた地面ごと崩落しているのか」


 レナードに続いて、アイルもその光景を目の当たりにする。

 灰色、茶、緑、三層に連なった地層の一部が今まさに暗い深淵へと落下していくところだった。中には、深緑を蓄えた大木ごと落ちていくものもある。天井にはぽっかりと、直径十メートル以上の穴ができ、そこからは青い空が臨める。壮観だった。


 「爆発の影響で、重さに耐えられなくなったのかな」


 状況を鑑みて、ノエルの仮説はおそらく正しい。


 「何にせよ、早くここから逃げないと」


 「ああ、それはそうなんだが……」


 レナードはそう濁すと、真横に顔を向けた。


 「開かないよな?」


 「うん、全然だめ」


 ライラとの短い問答を経て、レナードは大息する。何が彼をそうたらしめているのかは明らかだった。


 「扉、閉まってるんですか?」


 「ああ、それに魔法で攻撃しても傷一つつかない。完全に閉じ込められた」


 確認のためにライラの方を見ると、なぜか彼女は少し目を逸らした。


 「たぶんアイルでも壊すのは無理、だと思う」


 「まさか……」


 ライラがそう言うのだから、それ以上問い詰めることはしない。何かよそよそしいところが気にかかるが。


 「アイル。君の…… さっきの魔法なら壊せるんじゃないか?」


 遠慮がちに、希望に満ち満ちた目を向けるレナード。ノエルも全く同じような目をする。

 彼らに魔法の正体を気づかれているかはともかく、もう黒魔術は見られてしまっている。できることなら、アイルも持てる全ての力を駆使してこの場を乗り越えたい。しかし、彼は力なく首を振る。


 「すみません…… もう使えないんです」


 「なに…… そ、そうなのか…… すまない」


 なぜ謝るのか。それを聞く気力も勇気もなんだか湧いてこなかった。


 「くそ、急がないと…… これ以上はソフィア様が危険だ。一体どうすれば」


 「ま、待って! みんな! 上! 上!」


 ただならぬノエルの叫喚に、今度はなんだと皆が一斉に上を向いた。彼らの真上の天井に大きな亀裂が入っていたのだ。

 

 「まさか、こっちにも崩落が!」


 「まずいよ! 早く逃げないと、みんなここで生き埋めになる!」


 「レナードさん! 地上に続く階段を作れませんか!?」


 まさか自分に白羽の矢が立つと思っていなかったのか、レナードは「私か!?」と大いに驚く。


 「作れるかもしれない…… だが、私の魔法ではあそこまで届かせるのにかなり時間がいる。それに、この崩落では階段が壊れて真下に落とされるかもしれない。だめだ、やはりリスクが大きすぎる。他の方法を考えないと……」


 レナードは悔しそうに歯を強く食いしばる。


 「それでも、ここから抜け出すにはあの穴に到達しないと! ここで立ち止まっていては、みんな本当に死んでしまいます」


 実は、アイルが一人一人上の穴に向かって遠投する方法が薄ら浮かんでいた。しかし、狙い通りのところに飛ばせるか不安だし、怪我をしているソフィアとタイロンには負担が大きすぎる。

 つまり、一番可能性があるのはレナードの魔法なのだ。


 「し、しかし……」


 「レナードくん、お願いだよ。僕たちが死んだら、薔薇園のみんなも大変だ」


 「みんなを救えるのは、レナードさんだけです。お願いします」

 

 「…… わかった、やってみよう」

 

 レナードは壁面から氷の板をいくつも作っていく。天井の中心部に穴があるため、必然的に板は長くなる。一つ作成するのに、およそ十秒。幸い、その間大きな崩落はなく、順調に進んでいった。


 「で、できたぞ……」


 ようやく完成した。透き通った氷の階段が、地上にまで伸びている。かなりマナを消費したらしく、レナードの顔はだいぶやつれたように感じられた。


 「さすがレナードくん!」


 「これでみんな助かります」


 「そうだといいが…… これ以上足場は作れなさそうだ」


 「崩れてしまう前に、急ぎましょう」


 準備は既にできていた。タイロンを担いだアイルが先頭。その後ろにライラ、ノエル、ソフィアを抱えるレナードという順番だ。


 「よし、着いた」


 久方ぶりの土の感触。

 アイルは急いで離れた木陰にタイロンを寝かせると、再び穴の中を覗き込んだ。


 「みんな! 急げ!」


 ライラ、ノエルが順々に最後の段に到達する。そこから地上まで少し隙間が空いていたので、アイルは彼らの手を取り、登るのを手伝った。残るはレナードとソフィアだけだ。


 「まずはソフィア様を頼む」


 「わかりました」


 レナードは両腕を伸ばして、慎重にソフィアの身体を持ち上げる。それがアイルの腕の中に移る直前。


 「えっ…… ?」


 ソフィアの身体が不意に遠ざかった。彼女だけではない。

 すぐに察しがついた。まさか、こんな運の悪いことがあるのか。最後の最後で、足場が崩れたのだ。


 「そんな、レナードくん!」


 「くっ、ソフィア様をっ!」


 レナードは土壇場で抱えていたソフィアをこちらに放った。彼女の身体は緩やかな弧を描いて、ノエルの腕の中へと着地する。彼女は無事だ。しかし、その間にもレナードはみるみる底なしの暗闇へと飲まれていく。その顔に静かな諦念を浮かべて。


 「くそ!」


 アイルの身体は思考が追いつく前に、穴へと向かっていた。


 「アイルくん!?」


 「アイル! 待って、どうするの!?」


 「ソフィアさんとタイロンは頼んだぞ!」


 身体をできるだけ地面と垂直にしていたため、空気抵抗を抑えられすぐレナードに追いついた。彼は眠ったように目を閉じている。


 「レナードさん!」


 「ん、アイル…… ? な、何をしているんだ!」


 「何をって、助けに来たに決まってます!」


 「そんな、危険すぎる! これで二人とも助からなかったらどうする! なぜ、こんなことをーー うおっ!」


 アイルは強引にレナードの腹部に腕を回した。


 「なぜって、それは……」


 この切迫した局面において、アイルは次の言葉を必死に模索する。なぜとっさにレナードを助ける選択肢を取ったのか。黒魔術の目撃者が一名いなくなるという利点だってあったはずだ。

 そんなアイルの頭に、ついさっきウィリアムの言葉が過ぎる。答えはとうに出ているではないか。勝手に身体が動いたのがそれを証明している。


 「赤の他人なんかじゃない…… 同じギルドの仲間だからです!」


 「アイル、君は……」


 アイルは、すぐ近くで同じく落下していた瓦礫に目をつける。そこを思い切り蹴り付けた。重力が反転する。


 「それにソフィアさんと約束しました。大丈夫です、誰も死なせませんから」


 「すまない……」


 地上までかなり距離はあった。さすがに一蹴りではたどり着けない。それでも、周りにはまだいくつか、踏み台となる瓦礫やらが飛散している。


 「もう少し……」


 だが、次の巨大な岩塊に足をかけた時、それより上にめぼしい足場がないことに気づいた。新たに落ちてくる様子もない。このジャンプで、地上まで届かせなければならないのだ。

 

 「ギリギリか…… ?」


 「そのセリフ、大丈夫なのか…… ?」


 腕の中で頭を垂らしたレナードが聞く。


 「大丈夫、なはずですっ!」


 曖昧なセリフの後、アイルは精一杯跳び上がった。


 「くそ、届かない…… !」


 「なに!? って、アイル、何を!?」


 「せめて、先にレナードさんだけでも!」


 アイルは器用にレナードを持ち直し、地上目掛けて放り投げた。飛んでいく彼は視界から離れるまで、何か叫びながらずっとこちらに手を伸ばしていた。

 少し強めに投げすぎたな。あれではどこか怪我をするかもしれない。そんな無意味なことを考え始めた。先ほどのレナードも、同じ心境だったのだろう。


 「アイル! 捕まって!」


 ライラの声が聞こえ、アイルは閉じかけていた目を開けた。

 彼女は穴から顔を覗かせている。そして、彼女の横には見覚えのある怪物もいた。


 「ライラ! ……とクロ!? どうして…… まさか、お前」


 ここに来てようやく、既にライラも黒魔術を誰かに見られたのだと悟った。

 自分がもう少し早く、彼女の元へ駆けつけていれば。


 「クロ! アイルをお願い!」


 クロの太く長い腕がこちらに伸びる。これならギリギリ届く。とりあえず生還しなければ謝罪もできない。それに、ライラを一人にするわけにはいかない。そう思ってアイルが手を伸ばそうとする。

 しかし、もう少しで手が届くという時に、突如足に何かが絡みついた。


 「なんだ…… ?」


 全身が総毛立つ。正体を確認する間もなく、アイルはそのまま下へと引っ張られていった。


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