再びの共闘
「うわっ!」
ついにアイルの手はクロに届かなかった。
「いや! アイル!」
「+$€%°#○*……」
地底の奥深くから地鳴りのような呻きが響いた。
「まだ生きてたのか…… !」
アイルの足首に巻きついているのは黒い紐状の物体。触手だ。だが、それ以上追手が伸びてくる気配はない。アーテル本体は、あの爆発で粉微塵になったと断定しきっていたのだが。その執念深さは、もはや敬服に値するほどだ。
「誰がお前何かと往生するか!」
身体を揺さぶられながらも、アイルは必死に狙いを定める。そして、インフェルノを放った。
「○・*々〒!」
たちまち触手は焼き切れ、拘束が解かれる。
呆気ない幕引き、とは言えない。その一瞬間の登場で、アイルの命運は文字通り奈落に引きずり込まれていたからだ。
「倒したはいいが…… まったく、何回落ちればいいんだ。ここまで来ると、なんだか呪われてる気がするな……」
「アイル…… ! い、今行くから!」
頭上から聞こえてきたライラの声に、アイルは心臓が飛び出しそうになる。上を見てみると、穴の縁に内股で立つ彼女は、今にも飛び込もうかと足を震えさせているところだった。察するに、彼女には何の得策もない。完全に混乱しているようだ。
「何言ってるんだ! ライラまでこっちに来てどうする! お前はそこで待ってろ!」
「で、でも! アイルが!」
「大丈夫だ! このくらい、師匠の力を借りずともなんとかしてみせる!」
その場でうそぶいてみたものの、目下これといった打開策はない。辺りに足場になるようなものもなく八方塞がりだ。
「せめてさっきの魔法が使えれば、瓦礫を落とせるのに…… !」
だが、使えないものは使えない。無い物ねだりなぞしていないで、何か妙案を考えなければ。
その時、雲でもかかったかのように上からの光が遮られた。
「グルルルルル……」
唸り声がした。翼をはためかせる音がした。どちらも頭上から。
続いてレナードの警告が下降ってくる。
「アイル! 気を付けろ! 竜種だ!」
「竜種!?」
天を仰ぐ。
正真正銘、大型の竜種だ。あろうことかそれはこちらに向かって、一直線に急降下を始めた。相手の意図が全く読めない。
度重なる不測の事態に、アイルも混乱しきっていた。自分に向かってくるものは全て敵。そんな強迫的な観念に突き動かされ、"力"を変質させていた彼だったが、ふいにその動作を止める。
「ん? その傷跡どこかで……」
アイルの視線は、竜種の横っ腹の辺りにある生々しい裂傷のような跡で止まった。まだ治癒してから間もないと推察できる。
すると、数日前の記憶が一気にフラッシュバックした。
「お前、もしかしてあの時の竜種か…… ?」
そういえば、その体色も姿形もなんとなく見覚えがある。いつぞやのスキア・サラマンダー討伐の時に共闘した個体だ。
「そうか、俺を助けにーー」
「グァァァァァ!」
竜種は突然口を大きく広げると、口腔内から燦然と輝くオレンジ色が溢れてきた。
「あれ、違うのか!? ま、待ってくれ! 俺の顔をよく見ろ! この前、一緒に戦った仲じゃないか!」
問答無用とはがりに、火球が放たれる。もはや迎撃も回避することも間に合わない。アイルは固く目を閉ざした。
瞼の向こうで、その眩しさの度合いが増していく。痛覚をチクチクと刺激する熱気が身体をかすめる。そして、どちらも一気に弱まった。
「ん…… ?」
ゆっくりと目を開けて見ると、竜種はアイルの横に並んでいた。彼が訝しんでいると、真下から何かが爆裂する音と、アーテルの苦鳴が昇ってきた。
「やっぱり、俺を助けに来てくれたってことでいいのか?」
人間の言語が通じたのか不明だが、竜種は瞑目し長い首をゆっくりと垂らした。ただの偶然かもしれない。しかし、その琥珀色の眼の奥には、アイルへの恭順を思わせる微光が宿っていた。
竜種は彼の下に潜り込むと、ゆっくりと上昇を始める。全体的にゴツゴツとしているが、案外乗り心地は悪くない。
「そうなら、最初からそう言ってくれ…… まあ、助けてくれたのは嬉しいが」
服焦げてるし、と小言も添えておく。だが、別段悪い気はしなかった。竜種が助太刀してくれなければ、今頃どうなっていたかわからない。
「ありがとな」
竜種は何も答えなかった。
ぶっきらぼうな奴ということにしておく。ともかく、これでようやく一つの難問が解消された。
「グルルルル!」
突然、竜種が激しく唸り始めた。
「どうした?」
そう聞きながらも、アイルは何となく察しがついていた。やはり、竜種の鎌首は下に向く。彼も恐る恐るそれに倣った。
触手だ。
「おいおい、またか! ちょっとしつこすぎはしないか!?」
先ほどはその執念にアイルも脱帽の体だったが、これは度が過ぎている。ここまでいくと少し気持ち悪い。
「お前はそのまま上昇するのに専念してくれ! あいつは俺がけりをつける」
竜種は短く喉を鳴らして答えた。
高度が上がっていく。それを上回る速さで触手が伸びてくる。だが、既にアイルは魔法を発動するのに十分な時間を与えられていた。
細心の注意を払って、"力"を約三割ほどの出力に調節し、一挙に圧縮させる。これより高出力を試みれば、調節に失敗し辺り一面を黒い火の海にしてしまう。つまり、今出せる最大火力と言っていい。
「今度こそ…… 終わりにしよう」
インフェルノ。
その黒は、周りの暗部をさらに濃い黒で染め上げた。視界の届かない地底から、アーテルの断末魔が、冥冥とした黒炎とともに噴き上がる。
それを眼下に、ようやくアイルたちは穴から脱した。炎は穴のすぐそこまで迫り、それから鎮火した。
目を丸くしてこちらを見上げていたライラとレナード。だが、それはすぐに微笑みに変わる。その顔を見ると、不思議と穏やかな気持ちになるのがわかった。ようやくひと段落。前途に山積していた厄介な問題は、今だけは忘れておこう。




