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分断⑦

※ここだけ視点が変わります

 「ぐあっ!」


 低い苦鳴の後、重量のあるタイロンの身体は吹き飛ばされ、壁に打ち付けられる。両手持ちの鈍器は手から離れて、落下の最中、細かい光の微粒子となり消散した。


 「タイロン!」


 すぐに反応したレナードは壁の横から平たい氷の足場を作り上げる。奈落に向かっていたタイロンの身体はそこでストップした。


 「大丈夫か!?」


 「へっ、できることなら、もうちょっと柔らけぇ足場を作って欲しかったな」


 顔をしかめながらも、減らず口を叩きどうにか身を起こすタイロン。

 

 「まったく、心配させないでくれ……」

 

 「レナードくん、よそ見しないで!」


 レナードの目前まで迫る黒い触手。それは、すんでのところで横からの青白い高電圧の網に絡めとられた。タイロンのほぼ対岸、これまた氷製の地面には額から血を垂らすノエルが立っている。


 「すまない、油断した」


 謝るレナードの元へ、ノエルとタイロンが集合する。


 「大丈夫だよ。それより、タイロンくん、こんな時に気の緩んだ発言は感心しないな」


 「わかってねえな、ノエルはよ。たまには気分を和ませねえと。ずっと緊張しっぱなしだと、長期戦、ここぞという所でへばることになるからな」


 タイロンの軽口に、レナードたちは苦笑とも微笑とも取れる曖昧な顔をする。それは、あるいは彼の指摘が的を射ていて、顔が緊張に凝り固まっているせいなのかもしれない。

 一連の猛攻が止み、アーテルは一度体勢を整えるべく奥の壁に飛びつく。すると、その不気味な全貌がはっきりと見えた。

 全身の七、八割は真っ黒なドロドロとしたアーテル特有の外皮で覆われ、そこから無造作に四本の触手が垂れている。内一本は、先ほどから地下深くへと下がっていて、攻撃に使うことはなかった。そして、触手とは別のその長い四肢は、まるで竜種にあるような鋭い鉤爪を有している。反して、顔面にあたる部分は、額辺りから樹木のようなツノが伸び、竜種というよりは草食の魔物を想起させる。


 「それにしても、なんなんだよあの魔物は。本気で新種なんじゃねえか?」


 「僕もあんな魔物は見たことない。それに、身体に纏わりついているあの黒いの。何か病気にでもかかってるのかな?」


 二人はアーテルのことを知らないようだ。

 アイルとソフィアが下に落ちてから一時間は経過しただろうか。未だ彼らからは何の音沙汰もない。それだけでも一大事だというのに、たった今体面しているのはそれ以上の、考え得る最悪の事態と言える。


 「どうだ? その扉、開きそうか?」


 レナードに呼ばれ、ライラは少し肩を縮こまらせた。


 「ううん、だめ。どこにもあの紋様がないの」


 「そうか……」


 その沈んだ声は、否応なくライラの心まで深い水中へと沈めていった。ライラは全く加勢もせず、硬く閉ざされた扉を手でなぞっているだけなのだ。

 ギルド加入当初、アイルは彼女のことを召喚術の適性者と紹介した。それなりの期待を寄せていただろうに。三人は自分のことを失望しているに違いない。


 「引き続き扉の仕組みを調べてくれ。こっちはできるだけ時間を稼ぐから」


 「わ、わかった」


 ライラはまた無価値な単純作業に戻る。

 アーテルの出現と時を同じくして閉まった上への扉。何者かの謀略、もしくはそういう意図の設計だったのか。どちらにせよ侵入者側の人間がどうこうして開けられるとは思えない。因みに、この扉へのどんな攻撃も無効だった。


 「アイル……」


 扉の冷たい感触に、ライラは思わず呟いた。

 アイルに限って、そんな簡単にやられるわけがない。どれだけそう思い込んでも、自らの深層心理をそう易々と謀るのは土台無理な話だ。


 「すまない、私たちがしっかりソフィア様を止めていればこんなことには……」


 レナードに聞こえていたらしい。


 「ううん。アイルは、絶対に大丈夫。ソフィアさんも、アイルが助けてくれるはずだから」


 自分に言い聞かせるように言う。


 「ふ、信頼しているんだな」


 「うん」


 「確かに彼は強い。それに、私も彼を信頼している。下では二人が頑張っているのに、副リーダーの私がここで落ち込んでいるわけにもいかないな」


 ライラは扉を見つめながら、小さく頭を振った。

 こんな不利な場所であの大型のアーテルと戦うなんて、初めから負けが見えている。こちらの足場を崩してきたり、決定打となる攻撃を仕掛けてこないのは謎だが。それにしても、今の皆の疲弊し切ったボロボロな身体。この戦闘はもうじき終幕を迎える。

 彼女は苦々しげに唇を噛んだ。自分が黒魔術を使えばあるいは。


 「アァ、€5+=ドウゾクヨ、テオス€+5・%^\〆、スグ二÷^〒*・〒アゲル」


 雷鳴のような低い鳴き声。だが、ライラはそのいくつかを意味のある単語として判別していた。

 触手の一本が大きくしなる。


 「よし、二人が戻ってくるまで、何としてもこの場所は死守するぞ!」


 「おう!」


 「来るよ!」


 上からの叩きつけ。その正面に入ったのはタイロンだ。彼は新たに生成した武器を攻撃に合わせる。


 「任せろっ…… ! ぐぅっ……」


 伸ばした筋肉質の太い腕は触手の重量に耐えかね、ブルブルと震えながら徐々に屈していく。


 「あ、後は頼んだぜ……」


 「ああ、任せろ!」


 巨大な氷柱が触手の横っ腹に突き刺さる。横からの推力で触手はタイロンから離れ、反対側の壁へと杭を打ち込むように固定された。奥深くまで貫通しているらしく、触手がのたうち回ろうと氷柱は外れない。


 「どうだ、これなら再生など関係あるまい」


 「次が来るよ!」


 ノエルの警告通り、次は二本の触手が同時に左右から襲う。


 「ノエルは左! タイロンは右を! さっきと同じ要領でいくぞ!」 


 「うん!」


 「わかってるよ!」


 二人は威勢よく答え、それぞれの方向へ構える。

 ライラは自分の任務を投げ出し、ただその成り行きを傍観していた。


 「ノエル、しくじるんじゃねえぞ? みんな仲良くぺしゃんこなんてごめんだからな」


 「タイロンくんこそ、手汗で武器が滑らないようにねっ!」


 雷霆が接近してきた左の触手に降り注ぐ。

 痺れて動きの止まった触手に氷柱が刺さる。鮮やかな連携プレイだ。


 「おい! お前もこんな時にふざけた事言ってるじゃねえかっ!」


 右の触手をタイロンが受け止める。


 「って、まじで手汗が…… !」


 握りしめた武器がずるりと滑っていくのがわかる。ライラは怖くなって目をつぶった。


 「ほら、言わんこっちゃない!」


 電流の走る音。


 「いいぞ、ノエル! 後は任せろ!」


 肉を貫き、岩を砕く音。それから一時の静寂が訪れた。

 ライラはゆっくりと目を開ける。

 三人の姿は変わらずそこにあった。


 「た、助かったぜ……」


 「まったく、タイロンくんは。もっと自分の手汗と真摯に向き合ってくれないと」


 「ノエルの言う通りだぞ。手汗が原因でやられたなんて滑稽な報告、ソフィア様にできるわけがないからな」


 二人のもっともな説教を受け、タイロンの身体はいくらか縮んだように映った。


 「2+〒8〆ニンゲン*々|=$!!」


 アーテルはあの低くて不明瞭な、腹の底が震えるような声を上げる。だが、三本の長い触手は今やアーテル本体を吊し上げる鎖と化していて、ほとんど拘束されている状態だ。


 「どうやらあの魔物、特段魔法は使えないらしいな」


 「うん、そうみたいだね。使えても身体強化くらいみたい」


 「それなら、このままやっちまうか」


 タイロンが不敵な笑みを浮かべる。


 「ああ、ソフィア様たちのためにも安全な退路を用意しなければ」


 短い作戦会議が終わった。

 レナードがアーテル本体に届くよう数個の足場を作り上げる。


 「私とノエルでサポートをする。タイロン、奴に重い一撃見舞ってやってくれ」


 「おうよ!」


 タイロンは服に手のひらを擦り付けると、自分の身長ほどある鈍器を持ち直し足場を渡っていく。

 動かぬ的と化したアーテル。これなら本当に勝てるかもしれない。タイロンが一段進んでいくたびに、淡い期待が少しずつ色濃くなっていく。


 「オラァ! 喰らいやがれぇぇぇ!」


 空中に跳び、鈍器を頭の後ろまで目一杯引き上げる。いかな生物でも、あれが直撃すれば大ダメージになるに違いない。

 だが、そう簡単に事が運ぶことはなかった。


 「馬鹿な!身体から新しい触手が!」


 「タイロンくん!」


 ノエルが叫ぶが、空中にいるタイロンは前進する以外に何もできない。


 「まずい! ノエル、触手に攻撃を! タイロンに触手を近づけさせるな!」

 

 「りょうかい!」


 ノエルの電撃が一本の触手を行動不能にする。次の一本をレナードが大量の氷の礫で退ける。動いている触手に巨大な氷柱は当たらないためだ。

 わずか数秒の間にその攻防が幾度となく続いた。二人をよっぽど信用しているのか、タイロンは脇目も振らずアーテルを叩くことに集中している。

 頑張れ。どうか、アーテルを倒して。

 ライラは両手を握り合わせ、無責任な他力本願の体をした。


 「いける、もう少しだ!」


 「やってやれ! タイロンくん!」


 どうにか触手の侵攻を防げている。

 大丈夫。このままいけば。


 「なっ!?」


 しかし、アーテルに向かっていたはずのタイロンの身体は、突如として勢いよくこちらに飛んできた。壁に激突すると、彼はライラのすぐ近くに落ちてきた。


 「あ、そんな……」


 ライラは足がすくんでしまい、その場から動けないでいる。


 「また新しい触手…… 油断させたところを狙ったのか……」


 レナードも呆然としていた。

 黒い皮膚の内に隠していた触手が、もう一歩のところでタイロンを弾き返したのだ。

 

 「タイロンくん! しっかりして!」


 「あぁ…… 悪い。俺の方がしくじっちまった」


 苦しそうに呼吸をしながら何とか答えるタイロン。


 「あれはしょうがないよ。それより、怪我は?」


 「わからねえが、多分そこら中の骨が逝っちまってる。まあ、このくらいなら戦闘に復帰するのもわけないーー ぐっ!」


 「何言ってるの! その身体じゃもう無理だよ。ここで休んでて。ライラさん、悪いけどタイロンくんを看ててやってくれるかな?」


 ライラはコクリと頷き、足早にタイロンの元へ近づいた。

 

 「ソフィア様とアイルが来る前に、俺があのデカブツをぶっ倒しておく予定だったのに…… こんな情けねえ格好、二人に何て言い訳すればいいか……」


 「喋っちゃだめ。安静にしてないと」


 「だが、大丈夫だ。レナードとノエル、どっちもルール大好き野郎だが、魔法の腕は確かだぜ。それに、そろそろソフィア様たちが戻ってくる気がするんだ。そうしたら、最悪、俺がいなくても…… いてて……」


 「わかったから。休んでて」


 少し強めに言うと、タイロンはようやく口を閉ざした。


 「まずい! ノエル、あれを近づけるな!」


 「わかってるけど! だめだ、全然効いてない!」


 後ろの方が慌ただしくなっている。

 レナードたちの方に顔を向けると、横から迫る触手が今にもレナードたちの身体を吹き飛ばさんとしているところだった。あんなものを喰らったら、生身の人間などあっという間に潰れてしまう。


 「このままじゃ!」

 

 「まだだ! 何としても、ここを守り抜くんだ! 誰一人として家族を殺させるものか!」


 このままでは本当に、皆が死ぬ。居場所がなくなる。


 「だめ、そんなの…… !」


 もう悩んでいる暇はない。

 黒い魔法陣がライラの前方に現れる。クロならあれを止められる。しかし、肝心のクロの召喚まで時間が足りない。彼女の決断は既に手遅れだったようだ。


 「急いでよ、クロ…… ! お願い…… !」


 触手が、全員の身体を叩き潰す。

 その寸前。

 なぜか、一瞬アーテルの動きが止まった。次いで、下の方から轟音が鳴り響き、地面が大きく揺れた。


 「クロ!」


 黒い巨大な擬似的な生物ーー クロがけたたましい咆哮をあげ現出する。クロは横からの薙ぎに対して、逞しい両腕でその侵攻を防いだ。そして、その爪を触手に食い込ませ、強引に引っ張った。触手は真ん中辺りから引きちぎれる。


 「ナゼ、ドウゾク6×÷〆〒々!ニンゲンハワレワレヲ==>°#°$€*○!」


 アーテルが何か喚き立てる。全体の文意は掴めぬが、何か怒り狂っているように見えた。


 「ライラさん、その魔法は…… ?」


 「なんて、禍々しいんだ…… 本当に普通の召喚術なのか…… ?」


 腰を抜かしていたノエルとレナードが、驚愕を露わにする。もう言い逃れはできまい。


 「ニンゲンニ=7<=○=*・°!」


 アーテルが乱暴に身体を動かすと、氷の杭を打たれていた触手が断裂する。そして、切断面からすぐに新しい先端がでてきた。最悪だ。一本、二本が相手なら何とかなるかもしれないが、この量はとても敵わない。


 「そんな……」


 アイルには師匠と呼ばれ一応慕われていたが、ライラ自身、まだ黒魔術の扱いに不慣れなのだ。おそらく記憶喪失の関係だと思われる。だから、この場で有用となる他の形態の魔法は使用できない。

 千切れていたはずの触手はすぐに修復された。合計五本の、巨大な質量の塊が多方面から襲ってくる。


 「とりあえず話は後だ! ノエル、急いで加勢するぞ!」


 「わかった!」


 二人が立ち上がる。 

 足場の縁で構えるクロと、二種類のちっぽけな魔法。この絵を見て、誰がこちら側の勝利と解釈するだろうか。

 もうだめだ。アイルには二度と会えない。


 「いや。会いたいよ、アイル……」


 二本の触手をどうにか掴んだクロは、他の一本に腹を貫かれ、消えていった。残りの触手がどんどん迫る。

 水の中に潜ったみたいに、目の前がぼやけて揺らめく。


 「え……」


 そんなライラの網膜は黒い光を捉えた。その強い光はぼやけた眼前の絵をかき消すがごとく、一切を黒で埋めつくしたのだ。

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