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分断④

 「ご機嫌よう、氷晶の薔薇のみなさん」


 「あなたは……」


 「烈風焔刃副リーダー、ウィリアム……」


 アイルが言うと、ウィリアムは微かな喜色を見せた。


 「おや、名前を覚えていてくださいましたか」


 「一体どうして…… というか、どうやってここに?」


 ここは遺跡の隠し階段を下りた先の、さらに深部。たとえ他の入り口があったとして、そこからこの地下の迷宮でアイルたちに遭遇するなんて。とても偶然という言葉では片付けられない。


 「ふふふ。階段があったものですから」


 要領を得ない、ふざけた答えにアイルは苛立ちを覚える。


 「それじゃあ、上を通ったんですか!? それなら、他のみんなは無事でしたか!? もしかして、助けに来てくれたんですか?」


 ソフィアのできすぎた楽観的な解釈は、「まさか」と冷然と言い放つウィリアムにあえなく一蹴りされてしまう。


 「じゃ、じゃあ何を…… 」


 「実は私、そちらのアイル様に用がありまして」


 「俺…… ?」


 アイルは眉根を寄せた。


 「はい。黒魔術の適性者であるあなたに」


 全く予期せぬ方向から、その静かな言葉は濁流の如くアイルの耳に侵入した。その激流は気管に流れこんで呼吸を苦しくさせ、ついには心臓に達し鼓動を大いに乱す。

 なぜウィリアムがその事を知っているのか。なぜわざわざそれを告げに来たのか。言い逃れられる余地はあるのか。ないなら、彼にどう対処知ればいいのか。

 様々な思考ががんじがらめになり、うまく咀嚼できない。アイルの頭の中は真っ白になり、まるで自分を第三者の視点からぼんやり俯瞰しているような、現実逃避的な感覚に陥る。


 「黒魔術の適性者…… ? 何を言っているのですか? 適性者はとうの昔に根絶されたはずですよ? それに、アイルは強化魔法の適性者です」


 あまりに突拍子もない話のため、幸いソフィアはほとんど信じていない様子だ。


 「ふむ、誰にも明かしていなかったのですね。賢明な判断です。無論私にとっての話ですが。後始末が非常に楽になるというもの」


 後始末とはどういう意味だろう。

 アイルはようやく震える口を開いた。


 「何を根拠にそんなデタラメをーー」


 「デタラメなどではありません」


 食い気味に、ウィリアムは高らかに宣言した。


 「同郷のレイリー様がおられるでしょう? いつの日か、彼が黒魔術の話をリンシア様となさっていたのを小耳に挟みまして。私に直接話してはくれませんでしたが。彼のちっぽけな構想の終局には、どうやらあなたの存在があるようでしたよ」


 そうであった。あの二人はアイルの素性を隅から隅まで了解しているのだ。

 それにしても、あの忠誠とおべっかの権化のようなウィリアムが、「ちっぽけな」とレイリーを蔑むような言い方をしたのが多少引っかかる。しかし、そんな些事はすぐに意識の彼方へと流れていった。


 「馬鹿馬鹿しい。こっちはあなたに構っている暇なんてないんです。急いで上に行かないと」


 アイルは考えなしにウィリアムに背中を見せてしまう。それが敵かどうかの判別をする前に。


 「無事にたどり着けるとお思いで?」


 「あなた、何を!?」


 ソフィアの悲鳴のすぐ後。何か硬いもの同士が激しくぶつかり合う音が、すぐ後ろから響いた。

 アイルはギョッとして、すぐさま振り返る。


 「な……」


 目と鼻の先には、通路を塞ぐようにしてできた氷の壁。その中心からは、八方に致命的な亀裂が走っていた。まもなく分厚い壁は騒がしい音を立てて崩れ去り、その奥で邪悪に口角を上げるウィリアムの姿を露呈させる。

 そこから、刹那の攻防があったことは容易に想像がついた。


 「怪我はない?」


 アイルが頷くのを見て、ソフィアは「良かった」と心から安堵した様子を見せる。しかし、再び振り返る時には、彼女の表情は静かな憤怒を湛えていた。


 「どういうつもりですか?」


 「どういうつもりと言われましても。私は自分の役目を全うせんとしているだけですから」


 「役目? まさか、レイリーの命令で俺を殺すように…… ?」


 「いいえ、とだけ」


 ウィリアムの言葉には嘘が含まれていないように思えた。


 「じゃあ、これはあなたの独断ということですか? あなたがやっているのは、王国法に背く立派な犯罪行為です! あなただけでなく、最悪烈風焔刃にも罰が及ぶかも知れないんですよ!? それなのに、どうしてそんなことを!」


 「喚かないでください。それに、そんな悠長に話をしていていいんですか? 今頃上は大変苦労されていますよ? あの戦力で、いつまであれと対峙できることやら」


 ソフィアの横顔が苦々しげに歪む。


 「次また魔法を発動する素振りを見せれば、あなたを氷漬けにします。これは脅しではありません」


 「それはそれは。ご忠告どうもありがとうございます」


 わざとらしく深々と頭を下げるウィリアム。


 「どうぞ、やれるものならやってみてください!」


 ウィリアムの周りに黒々とした球体の群が浮かぶ。それはまるで黒魔術のような禍々しさだった。


 「こいつ…… !」


 アイルは身体強化を発動する。

 しかし、それきりウィリアムはピクリとも動かなくなった。直立のまま、その顔にゾッとするほどの凶悪な笑みを留めて。


 「一体……」


 アイルはぽかんと口を開ける。

 よく見てみると、ウィリアムの身体からは薄い湯気のようなものが立っていた。


 「忠告はしたわ」


 ソフィアが静かに言う。その言葉を聞いて、あれが湯気とは性質を異にするものだと、アイルはようやく思い至る。


 「凍らせたのか…… あの一瞬で」


 アイルはまた開いた口が塞がらなかった。


 「あの、ウィリアムはどうなったんですか?」


 「大丈夫、命までは奪ってないから。後で治療すれば、後遺症も残らないはず」


 なるほど、ソフィアの声には凍てつくような怒りがこもっているが、平生から保有している温情を多分に残していたらしい。

 だが、アイルとしてはかなり複雑な心持ちだ。相手は自分の正体を知っていて、その上攻撃を仕掛けてきた危険人物。それに、彼の不可思議な魔法も気になる。彼をこのまま野放しにしておくわけにはいかない。そして、今は彼の口を永遠に閉ざせる絶好のチャンス。さりとて、殺人は王国法で禁じられているし、そうでなくともアイルの今まで培ってきた道徳から大きく外れる行為だ。

 どうすれば良いのか、もはや自分自身で処理できなくなっている。


 「どうします? あの人。俺たちに変な言いがかりをつけて、殺そうとしてきました」


 アイルは半ば助けを乞うつもりで尋ねてみた。


 「みんなを助けた後で、王都に救援を頼むことにするわ。事情を説明すれば、国がちゃんと裁いてくれるはず」


 当然だが、とどめを刺すつもりはないらしい。落胆する自分に少し嫌気が差した。


 「それよりも、今は早く上へ行こ? みんながまだ戦ってるって彼が言ってた。もう誰も死なせたくないから」


 アイルは再びウィリアムを見やった。相変わらず、恐ろしい形相だ。だが、どうすることもできない。


 「そうですね…… 急ぎましょう」


 「笑止千万」


 聞こえてくるはずのない声がした。

 安心し切っていたアイルたちは、完全に意表を突かれ反応が遅れる。その時、視界の端で、何かが高速で接近するのがわかった。


 「え……」


 鮮血が飛び散った。自分のものではない。アイルの目には、ソフィアが力なく倒れていくのが映った。

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