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分断③

 アイルたちが飛び込んできたところからは、縦横に細い道が伸びている。どちらが正解という確証もないため、彼らはしらみつぶしに、始めに壁を背にした正面の道を行くことにした。


 「私のせいで、みんなが……」


 アイルの後方をとぼとぼとついて来るソフィアは、先ほどからこの調子だ。ついぞ泣き言の一つも聞いたことがないのに、今はそれがひっきりなしに続いている。


 「ん?」


 しばらく行くと、アイルは細い一本道の途中に横穴が空いていることに気づいた。素通りするか迷ったが、そこが階段へと繋がっているかもしれない。彼は立ち止まり、穴の中を覗いてみた。


 「なんだ、これ……」


 アイルはその凄惨な光景にしばらく動けずにいた。

 部屋の設計は至ってシンプルで、中央に三つ、人が寝れる大きさの台座が並んでいるだけ。中はそこまで広くない。

 そんな殺風景な空間を悍しく飾り付けていたのは、部屋の至るところに無秩序に転がっている骸だ。二十体はあるだろうか。台座から手足をだらりと垂らし寝そべっている個体もあれば、部屋の角に背中をもたれ座っているものも。そのほとんど全てが原型を留めていて、目立った損傷は見られない。頭蓋骨の上半部が、きれいに切り取られているのを除いて。


 「なに? どうなってるの?」


 遅れて部屋を覗いたソフィアは声は、極度の緊張に陥ったかのように震えている。


 「さっぱりです。なんでこんなにたくさんの人が……」


 「あ、頭が半分無くなってる……」


 「自然にできたものではなさそうですね」


 医学関係の知識が乏しくてもこれだけははっきり言える。あれらは明らかに人為的なのだ。だが、それにしては辺りに血痕の一つも見つからないのが、かえって不気味さを増幅させている。ここではどんな惨劇が繰り広げられたというのだろうか。


 「もしかして、さっきの魔物が?」


 「そんなことをする理由がわからないですし、あの大きさでそこまで器用なことはできないと思います」


 これにはアイルの願望も含まれている。


 「じゃ、じゃあどうしてこんなことに?」

 

 「それは、わかりません……」


 もう少し仔細に観察すれば何かわかるかもしれないが、こんなところで足踏みしている場合ではない。それ以前に、こんなおどろおどろしい場所、あまり長居したいとは思えなかった。

 しかし、去り際にアイルの目はある一点で止まると、そこに釘付けになった。彼は一歩、吸い込まれるように中へと踏み入れた。彼は下に転がる人骨を避けながら、慎重に部屋の奥へと進んでいく。


 「あ、アイル…… !? 待って、どこに行くの!?」


 「そこで待っていてください。すぐ戻ります」


 アイルはようやく台座の前にたどり着く。

 そこには一体の骸骨が胸の前で手を交差させ、きちんと寝かせてあった。なぜそれに興味を惹かれたかわからない。あえて一口で表現するなら、呼ばれた気がした、のだ。そして、それはあながち彼の勘違いではなそうだった。

 彼は、その手の中に挟んであったものを、遺体を傷つけないよう細心の注意を払い取り出す。不謹慎なのは承知の上だ。それは黄ばんだ数枚の紙であった。紙の片端には穴が二つ空き、そこに細い紐が幾重にも巻きつき、一冊の本のような体を成している。

 

 「この文字は…… 暗号か何かか?」


 シワの寄った紙には見たことのない文字の羅列が、かなり強い筆跡でびっしりと書き殴られている。世界の公用語は、古くからアリスフィア教皇国で発案されたもので統一されているが、この文字のどれ一つとしてそれに当てはまるものはなかった。そのため、これが彼の形見なのか、誰かが捧げた供物なのかさえ判然としない。

 

 「……」


 ページをめくってみるが、中身は総じて未知の記号で埋められていた。だが、最後のページの右下。そこに載っていた図形は、上でライラが触れたあの紋章と酷似している。


 「アイル、何かあったの? 大丈夫なの…… ?」


 「大丈夫です。今戻りますから」


 アイルはそそくさと古い紙束をポケットに入れると、何食わぬ顔でソフィアの元へ急いだ。


 「ここに上へ繋がる道はなさそうです」


 「そうみたいね」


 入り口から顔だけを覗かせるソフィアは、いち早くこの部屋から立ち去りたいようだった。


 「ねえ、アイル?」


 後ろを走るソフィアが聞く。


 「はい」


 「上のみんなは、あの部屋の人たちみたいにならないよね?」


 「みんな困難な依頼をこなしてきた精鋭たちなんですよね? そんな簡単にやられる訳ないです。それに、後ろには退路もありました。いざとなれば、レナードがみんなを連れて撤退してくれてるはずです」


 アイルは足を止める事なく、それらしい事を言って、ソフィアを説き伏せようとする。実際彼も、レナードたちの事はある程度信頼していた。そんな簡単に敗れるはずがない。少しの危惧もないと言えば嘘になるが。だから、今は早く上に戻ることが先決なのだ。

 しかし、ソフィアの懸念の雲は分厚く、一向にそこを去ろうとはしなかった。


 「でも、みんなすごい家族思いで、たまに無茶しちゃうことがあるから。もしそれであの変な魔物にやられちゃったら……  それって、この依頼を受けた私がみんなを殺したようなものだよね……  私、また同じ罪を…… どう償えばいいの……」


 意味深な発言。アイルは急にその場で立ち止まる。

 

 「ここでグタグタ言っててもしょうがないじゃないですか。そうする事に何か意味があるんですか? みんながまだ上でアーテルとーー あの魔物と交戦してるかもしれないんですよ?」


 「で、でも…… もしもの事があったら、私……」


 「勝手に最悪の状況を妄想して懺悔するのはやめてください。それとも、家族と謳っておいて、そんなにみんなに信頼がないんですか?」


 「あるわ! だけど……」


 「なら、一秒でも早く上に着くことが、その最悪を回避できる唯一の手段じゃないですか。後悔するなら、全部やり終えてからにしてください。謝りたいなら、生きてるみんなに直接聞かせてやってください」


 最後は優しい声色を努める。

 ソフィアはしばらく黙り込んでから、ようやく口を開いた。


 「本当に、みんな無事だと思う…… ?」


 「当然です」とアイルは澄ました顔で答えた。

 こんな時、難しい顔をする方がかえって相手を心配させてしまうだろう。はたしてソフィアの表情から暗雲の一部が取り払われたように見えた。

 ふと、どうして自分がここまで献身的に説得していたのか不思議になった。だが、それは今考えることではない。


 「よし、それじゃあ急いで上にーー」


 「そんなお急ぎになって。どこに行かれるのですか?」


 アイルは骸骨の群れを見たときよりも、ぞくりとした。

 男の声。それも、一度聞いたことがある。

 信じられなかった。アイルの視線は、ソフィアの背後、十数メートルのところに注がれる。そこには確かに、こちらにゆっくりとした歩調で近づいてくる一人の男の姿が。

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