隠された道
中は存外明るかった。というのも、天井の一部が崩落し、そこから陽の光が神々しく遺跡内に降り注いでいたのだ。予め松明を用意していたが、これなら使う必要もない。内部の構造に言及してみると、これが至ってシンプルで、目立つのは、中央にある二、三メートルほどの、ちょっとした階段のついた台形の出っ張りだけ。他は柱が数本整然と並んでいる程度だ。
「やっぱり、何の気配もしないね」
静寂に包まれたこの場所では、ノエルの慎重な一声さえ煩わしく感じるくらいだった。
「ああ。特に隠れられそうな空間もないし、いよいよ魔物がいるなんて信じられなくなるな」
タイロンは気が抜けたように、しかし一応辺りに絶えず視線を配りながら、内部の散策を始めた。
「これは……」
すぐにタイロンの声が聞こえてきたので、アイルたちはそちらは急行する。
「すごい壁画だね、何の絵だろう……」
ノエルは首を傾けながら壁に近づく。
時間の経過で色はだいぶくすんでいるが、何が描かれているかははっきりわかった。画の真ん中には、光環の中に佇む白い衣を着た人が両手を広げている。だが、ちょうどその人の顔に当たる部分だけがえぐられていて、まるで悪魔のような容貌になり不吉な感じだ。そして、彼(彼女)を囲むように、頭に輪っかのついた四人の人々が片膝をつき、恐れ多くも何かを享受せんと手を伸ばしている。その構図に、アイルは一つピンと来た。
「アリスフィアの伝説じゃないか…… ?」
「あー。それって、世界で初めて魔法を使えるようになった、アリスフィア教皇の先祖がその力を人間に分け与えたってやつか?」
「ああ。その人の名前はラグエル。ある日、マナを生成する器官が体内に現れて、その数年後、人々の繁栄のためにマナを分け与えたと言われている。それは神からの賜り物など、諸説あるが、一番有力なのが突然変異と言われてて、一時は病気のように扱われていたという話もあるんだが、結局は筋の通った説は今まで出ててきてなくて、そもそも力を分け与えたという話に疑問が投じられることもあって、しばしば論争の的になることがーー」
「ストップ、ストップ!」
ノエルが近くで叫ぶもので、アイルは危うく口内で暴れ狂う舌を噛み切るところだった。
「ん? どうした?」
「いや、いきなり饒舌になったから、びっくりして……」
「お前、息継ぎしてたか?」
あのタイロンさえ、驚いているようだ。アイルは皆が言葉を失っているのを見て、自分の失敗を悟った。
「悪い、つい知ってたから……」
勉学に憂き身をやつしていたアイルは、今まで知識以外に自慢できるところはなく、小さい頃はよく義姉のシエラに無用の豆知識を意気揚々と力説していたのを思い出す。不平そうな態度を一切見せず、うんうんと話に耳を傾ける彼女。それはとても幸福な時間であった。それで、その自己顕示欲みたいなものの名残が、うっかり顔を出してしまったというわけだ。
話を戻そう。このアリスフィアの伝説は、それを裏付ける古文書が多く散見され、今や周知のものであり信奉している者も少なくない。その魔法の始祖とされるラグエルが建国したアリスフィア教皇国が、現在の禁術等についての法律、アリスフィア法を確立させたのだ。教皇国は、現教皇が先述した伝説の継承者ということもあり、他の国々とは異質な存在である。それは実質的な全世界の首領と言って差し支えなく、例えば、国同士の戦争の際などはアリスフィア教皇国にその旨を届け出て、受理されなければならない。もしもこの手順を省けば、教皇国から苛烈な罰が降るというのが世の理だ。
「ということは、真ん中に浮いてるやつはアリスフィア教皇の祖先、ラグエル様ってわけか。でもって、その四人が、力を授けられた人たちの代表って感じか」
「顔が無いってところが、なんだか不吉だね」
ノエルの顔は少し引き立っていた。
「そうだな。なんだか悪魔みたいだ。それにしても、こんな場所にもアリスフィアの伝説が轟いているなんて」
感慨深そうに、レナードは頷く。
そうやって、皆がなんとなくその壁画に見惚れている時、ふと背後から「アイル」とライラの声が聞こえた。振り向いてみると、彼女は不安そうな顔をしている。
「どうした?」
「ソフィアさんが……」
ライラが指差す方を見ると、ソフィアは遺跡の最奥部の方で突っ立っていた。
「何か見つかったのですか?」
ソフィアの単独行動を、レナードは咎めることはしなかった。
「ええ、これを」
ソフィアが身体を退けると、現れたのは縦に長い直方体の物体。材質は石なのだが、周りのものと色や質感が異なっているため、なんとなく場違い感が否めない。それはアイルの肋骨ほどの高さで斜めに切られ、その断面は薄く砂埃が堆積していた。だが、それだけだ。他に特筆すべき点はない。
「ええと、これは?」
困ったように、レナードは声を上擦らせる。
「ううん、わからない……」
「へ?」
さすがのレナードも面食らったようだ。
「あの、もしかしたら、埃の下に何かあるのかもしれません」
アイルは少し気になって、断面部分に手を伸ばした。軽くなぞってみると、ざらりとした感触が平面のわずかな凹凸をとらえる。数回手で払ってみると、それはだいぶ見えるようになった。
「紋章…… ?」
アイルは呆然とする。彼の周りから皆が顔を覗かせた。
「でも、こんなの見たことないね。少なくともどこかの国のものだったり、有名な貴族やギルドのものじゃないと思う」
ノエルの見解にはアイルも同感だ。
「なんともないの…… ?」
愕然として何の脈絡もない質問をしてきたのは、今までやけに静かだったソフィアだ。
「え? はい、別になんともーー」
アイルが答えている途中。するりと一人、彼の横を通り過ぎる。目を向けると、それはライラだった。
「これ……」
「ライラ…… ?」
ライラはぼんやりとした表情で、石の棒に近づく。止める暇はなかった。ライラの白い手が、石の表面に触れるか触れないか。その時、両者の中間点辺りが激しく発光した。
「ひゃっ!」
ライラの短い悲鳴。
そして、まるでこの光が契機になったというように、遺跡全体が大きく揺れ始める。
「な、何が起こってんだ!?」
「地震!?」
「ライラ! こっちに!」
何がなんだかわからぬまま、アイルはライラの肩を掴み自分の方へと寄せる。揺れはいよいよ酷くなり、上からは微小な砂が降ってくるほどに。
「ど、どうするよ!」
「一旦ここから出るぞ!」
レナードが声を上げると、皆一斉に回れ右をする。アイルもそれに倣い、光に背を向け、ライラを連れ引き返そうとした。しかし。
「見て、あれ!」
ライラが驚いように指を向ける。今はそれどころじゃない。そう叱って避難に徹したかったが、何があったのかという好奇心が、前に進む足とは反対にアイルの首を動かした。
「な……」
アイルは絶句した。足を止め、ついに身体ごと振り返る。
石碑の前方にある床。そこが、何とも奇怪な動作をしていたのだ。岩でてきた床が、長方形に沈み込んでいるのだ。手前の床が一定の位置まで沈むと、そのすぐ奥が同じ形で先のものよりも幾分深く沈む。それは七、八回続き、やがてある形を成した。
「か、階段…… ?」
石でできた段差。それは明かりの届かぬ深淵まで続いていた。いつのまにか揺れはピタリと止んでいる。
途中まで脱出を試みていた他の皆が、続々と集まってきた。アイルは先ほど起こった現象を簡単に説明する。
「アイルが触れた時は何の反応もなかったのに、どうしてライラが触ったら反応したんだろう?」
ノエルの質問に、アイルは「さあ」と首を傾げることしかできない。




