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邂逅④

「大丈夫?」


 後ろから アイルを案ずるライラの声。


「ああ。ほんのすり傷だ」


 アイルはだらりと流れる血をぬぐい、平気そうな表情を見せてやった。しかし、ライラの視線が頬の傷に向けば、結局はその努力も徒労に終わってしまう。

  レイリーと初老の男が去っていく中、リンシアはできるだけこちらを見ないようにしながら、駆け足で寄ってきた。


「ご、ごめん……」


「どうしてリンシアが謝る」


 なんとなく憚られて、アイルの方もリンシアを直視できない。


「だって、アイルが王国にいることを知らせたの私だから……」


「まあ、いずれバレていたさ」


 気休め程度にそんな言葉をかける。


「…… すぐ治すから、動かないで」


 リンシアの華奢な腕が、アイルの頬に向かって伸びる。アイルは軽く膝を折り、それからほんの少し顔を前に出した。施術にかかった時間はほんの数秒。痛みはすっかり消え去り、何の違和感もない。


「レイリーも随分変わったな」


「そう、思う…… ?」


 リンシアは窺うように、上目でアイルを見る。


「ああ。上手く説明できないが、昔のあいつよりももっと邪悪になっていた」


 数分前、レイリーの心に宿っていたのは、無慈悲で陰惨で荒涼としたどす黒い何か。それこそ悪魔がレイリーの身体に乗り移ったような気さえした。あれは半年前の、ただ陰湿でガキ大将的な性分を備えた彼ではない。


「それだけじゃない。二人とも昔は仲が良かったじゃないか。それが、今はまるで主従関係ができてるみたいだった」


「そうかな……」


「そうだ。…… 俺が出て行った半年の間に、何があったのか教えてくれないか?」


「そ、それは……」


 リンシアは再び視線を彷徨わせた。その目の奥底では、禁忌を破ろうか、それとも隠匿しようか、その二つの選択がせめぎあっているようだった。


「烈風焔刃の不正の件は、氷晶の薔薇から聞いた。それは本当なのか? レイリーが提案したのか?」


 アイルは続けて質問する。リンシアならば、烈風焔刃の内情にも精通しているはず。そして、敵のいない今が最大のチャンス。何としても、ここで根掘り葉掘り聞き出さねば。


「頼む、知っていることがあれば教えてくれ。力になりたいんだ。何か困っているなら、俺を頼ってくれ」


 アイルの思いが伝わったのか、しばらく黙考していたリンシアは躊躇いがちに口を開く。


「じ、実は、レイリーがおかしくなっちゃったの。あの男、ウィリアムがレイリーにーー」


「おやおや、リンシア様。いくら旧知の中とはいえ、敵対しているギルドといつまでも与太話に興じるのは感心しかねますな」


 見れば、そこにいたのは先ほどレイリーと共に帰っていったはずの初老の男だ。


「ウィリアム……」


 リンシアの顔から一気に血の気が引いていくのがわかる。


「いつのまに……」


 茫然とするアイル。そこへ、男の糸のように細い目が向けられ、なんとも言い難い悪寒のようなものが走る。


(わたくし)、烈風焔刃副リーダーの、ウィリアムと申します。先ほどは名も名乗らず、失礼極まりない発言をしたことをどうかお許しください。レイリー様のご機嫌を損ねると、色々と大変でして」


 ウィリアムは困ったような笑みを、その顔に作り上げた。つまり、この上なく嘘くさいのだ。


「副リーダー…… あなたが」


「はい。それで、不正の件ですが、先ほど申し上げたことに一切の嘘偽りはございません。烈風焔刃は至って正当な手段で、ここまで上り詰めたのです。そうですよね、リンシア様?」


「そ、そうね……」


 リンシアは、空中に浮かぶ見えない手に抑えつけられているかのように、ぎこちなく首肯した。傍目からもわかる、彼女はそう言わされているのだ。


「その言葉が嘘でないという証拠は?」


「ふふふ。その前に、お聞きしたい。あなたのおっしゃる、その不正とやらが存在する証拠はあるのですか?」


 アイルは言葉に詰まった。


「証拠はありません…… ですが、烈風焔刃には怪しい点が多すぎます」


「参りましたな。証拠がないのであれば、それはあなたの勝手な憶測に過ぎません。憶測でものを言うのはやめていただきたい」


 ウィリアムは幻滅でもしたように目を閉じ、小さくため息をついた。


「それでは、私たちはこれで。行きましょう、リンシア様」


 そう言われ、リンシアは「わかった」と消え入るような声で答え、さっさと振り向いてしまう。その後にウィリアムが続く。


「リンシア!」


 アイルが叫ぶと、リンシアはビクッと肩を揺らした。


「お前も、それからレイリーも、同じ村の仲間だ。それだけは忘れないでくれ」


 リンシアは振り向いたりするような、特別な反応は示すことなく大通りの方へと消えて行った。

 先ほどの彼女の態度、そして、ウィリアムという男の怪奇な雰囲気。アイルの頭の中で、彼へ対する警鐘がけたたましい音でひっきりなしに鳴り続けていた。

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