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邂逅③

  「レイリー……」


  アイルは反射的にライラを背中の後ろへと隠した。


  「どうしたんだよ。久しぶりの再会だってのに、嬉しくなさそうじゃねえか」


  頬の皮にくっきりとシワができるほど口の両端は吊り上がり、侮蔑を多分に含んだ冷たい双眸がこちらを向いていた。その形相は、アイルにある種の気味の悪さを覚えさせた。半年の時を経て、元来レイリーに潜んでいた邪悪な気質が増長し、それが表情にまで侵食したのだろうか。

  彼の隣にはリンシアと、頭の禿げ上がった見知らぬ初老の男も一緒にいた。アイルの視線が行くと、彼女はせわしなく目を泳がせ、終いには俯いてしまう。


  「懐かしいなぁ。覚えてるか? 俺たちがまだ十もいかないくらいの時、村の掟を破って、森の奥深くに出かけたよな。お前は散々反対してたけど。そこで、ゴブリンが現れてーー」


  「俺に何の用なんだ?」


  言下に、アイルは要件を聞く。


  「冷てえな。これでも、同じ村で何年も一緒に過ごしてきた仲だろ?」


  まるで自分に敵意はないと言いたげに、レイリーは両腕を上げる。アイルはいよいよ当惑した。まさか、本当に懐古話をしにきたわけではあるまい。


  「まあ、俺も忙しいから、単刀直入に聞くわ。お前、氷晶の薔薇に入ったらしいな?」


  恐れていた内容。心臓が大きく揺さぶられる気分だ。


  「あ、しらばっくれったって無駄だぜ。証拠もあるんだ」


  「証拠というのは?」


  「つい最近、エフスロスの下っ端どもが、死んだ状態で王都に運ばれてたところを、俺の部下が目撃してな。それを運んでたのが氷晶の薔薇副リーダーの男と、お前だったらしいじゃねえか」


  アイルの事を知る烈風焔刃の部下。それが誰なのか、リンシアの罪悪感に苛まれたような暗い表情から容易に推察できた。


  「それで、その時からずっと疑問だったんだが…… どうしてお前が氷晶の薔薇に入れたんだ? 魔法もろくに使えねえ、クソ雑魚のお前が」


  一挙一動、心の奥底まで、全て見定めるように細められた瞳がアイルを向く。ここに来て、ようやく彼はレイリーの思惑の一端を悟った。レイリーは彼が黒魔術を会得したのではと、確かめに来たのだ。その理由までは判断しかねるが、レイリーにその事がバレるのは良くない。彼は瞬時に考えを巡らす。


  「……氷晶の薔薇は、金のない俺たちを親切心から引き取ってくれたんだ。それで、今まで生活していた」


  「ほう?」

 

  「そういえば、あそこのギルドは色々と慈善活動に力を入れているようですね」


  粘着質な声で、初老の男が口を挟む。


  「あり得ない話じゃない。それなりの言い訳は考えていたわけか」


  「何が言いたい」


  「そう警戒すんなって。俺はよ、お前がそんな半端なギルドに入って幸せなのか心配だったんだよ。ほら、いくら優しい奴らとはいえ、お前も何の役にも立たねえんじゃ居心地も悪いだろ? それに、あの雑魚ギルドじゃ大した暮らしなんて期待できねえ」


  レイリーは、おそらく心にもない言葉を、つらつらと連ねていく。


  「たぶん、既に耳に入ってるとは思うが、俺は今や王国最強のギルド、烈風焔刃のリーダーなんだぜ? お前みたいな奴でも雇う余裕はある。昔の(よしみ)だ、トイレ掃除役にお前を任命してやってもいいぞ? もちろん、相応の報酬も与えてやる。そうだな、月に銅貨二、三枚あれば十分だろ?」


  黒い性格とは正反対の、真っ白な歯を見せ豪快に笑うレイリー。それに合わせるように、初老の男も小さく笑い声を漏らす。

  だが、アイルは自然と怒りが込み上げてくることはなかった。これは別に、彼の精神が何にも動じないほどに強靭だったからではない。ただ一人リンシア笑みが、無理強いされているように鬱々としていて、いじらしい様相をしていたのだ。彼の関心はそちらへと吸い込まれ、怒りが生まれる余地などなかった。

  アイルに負い目を感じているのだろうか。それとも他に何か理由が。


  「誘ってくれるのは嬉しいが、あいにく俺はお前らみたいな不正を犯すギルドと一緒になる気は無い」


  「不正だ…… ?」


  レイリーの瞳がギラリと輝く。


  「聞いたか、お前ら。烈風焔刃が不正を犯してるだってよ」


  「まったくの事実無根。一体どうしたら、そんな妄想が出てくるのでしょうね」


  初老の男が調子を合わせる。


  「本当に自分が何もしていないというのか?」


  「当たり前だろ。人の誠意を踏みにじった挙句、ギルドの品を損なうような事を言いやがって。お前、覚悟はできてるんだろうな?」


  そう言うと、レイリーのすぐ側で、風が音を立てて渦を巻いた。風の鋭い流れの中では、拳大の瓦礫が舞っている。半年前と同じ光景。いや、あの時はほんの小石だったし、風の勢いも大分弱かった。


  「レイリー、さすがにそれは……」


  リンシアが慌てて止めに入る。しかし、そんな彼女を一瞥するレイリーの目は、まるで部屋に入ってきた羽虫を見るようなそれだった。


  「おいおい、お前は自分のギルドを貶されて平気なのかよ。それともなんだ? あの雑魚の肩を持つわけじゃねえよな?」


  「そ、そういうわけじゃないけど……」


  リンシアはへどもどして、結局そのまま引き下がってしまう。


  「というわけで、お前への罰が決定した。そこを動くなよ?」


  「ギルドのリーダーが私刑か。そんなことをすれば、いずれバレるぞ? そうすれば、王国がお前たちを野放しにするはずがない」


  「たしかに、野放しにしないだろうな。だが、それは俺を咎めるためじゃなく、褒め称えるためだ。大罪人をこの世から消してくれてありがとうってな!」


  「まさか、最初からそういうつもりで…… !」


  瓦礫が砲丸のごとく、アイルの顔面へ飛ぶ。あんなものが直撃すれば、顔の肉は抉れ、当たりどころによっては即死だ。


  「アイル!」


  後ろから聞こえてくるライラの悲鳴。

  完全に誤算だった。レイリーは禁術の適性者であるアイルを殺す腹づもりだったのか。元々、黒魔術は極刑を受ける定め。後から適性者だという事実が分かれば、なるほど彼は無罪放免となるかもしれない。それどころか、彼の思い描いた通り賞賛される可能性すらある。

  昔から仲は悪かった。しかし、己の躍進の糧とするため、よもや平気で旧友を手にかけようとは。怒りよりも先に、恐怖心すら湧いてくる。

  しかし、あの程度の攻撃、擬似身体強化で防ぐことくらい訳もない。問題は防いだ後。そのままレイリーの懐に飛び込んで、一気に無力化するか。だが、騒ぎを起こせば、それこそ自分の立場が危うい。かといって、悠長に考えている暇もない。

  とりあえず、今は瓦礫の対処を。


  「違う……」


  アイルは魔法を発動を中断してしまう。そして、何をするでもなく、その場に留まった。

  目前まで迫る瓦礫。

  しかし、それは突如として軌道を変え、アイルの頬の辺りを掠めるに終わった。頬がヒリヒリと痛み出し、生温い液体が肌を伝っていくのがわかる。


  「ふっ」


  レイリーは興ざめしたように、鼻で笑った。


  「驚いたか? まさか、俺がお前を殺す訳ないだろ?」


  「……」


  アイルは無言でレイリーを睨みつける。


  「なんだよ、冗談も通じないのか、つまらねえ。相変わらずの堅物具合だな。おい、リンシア。あいつの傷を治してやれ」


  そう言い放ち、何事もなかったかのようにレイリーは背を向ける。


  「ああ、そうだ。最近、またエフスロスの奴らが暴れまわってるらしい。特に最近は人さらいが酷いらしくてな。お前も身の回りには気をつけておけよ? 大切なものが無くなったら大変だろ?」


  まるで犯罪予告でもされている風だった。

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