邂逅②
案内役の男に続き、広い廊下を渡っていくソフィアたち。男がドアの前に立ち数回ノックし彼女達が来た旨を伝えると、「入れ」と渋く低い声が返ってくる。扉を開くと、すぐに見慣れた顔が目に入った。
既に齢五十は超えているはずだ。長い白髪を後ろで一つに束ね、しゃれた顎髭を蓄えている。しかし、その顔に目立ったシワは見られず、強いて挙げるなら目尻に数本のシワが流れているものの、逆にそれが若い男にはない妖しさを醸し出していた。
「ダミオンさん、お久しぶりです」
用意されたソファの隣に立ち、ソフィアは親戚のおじさんにでもするような、多少砕けた口調で挨拶をする。
「本当に久しぶりだな、ソフィア」
「掛けてくれ」とダミオンに促されて、ソフィアたちはようやく席に着く。
「最後に会ったのは…… もう一年以上前になるのか?」
「ええ、そのくらいだったと記憶しています」
「見ない内に、ますます女性らしい気品が備わったな」
「またそんなお世辞を」
「ははは、そんなことはないさ。幼き頃から君を見ているが、昔の危うげな萌芽が、今ではこんな可憐な花を咲かせて。久方ぶりに観ると、なおその細かな変化がわかるというもの」
ダミオンは、他人が言えば痛々しい口説き文句のようなセリフを、平然と言ってのけた。これは別に彼がロマンチストというわけではなく、昔からただソフィアを案ずる気持ちからこういう言い回しが出てくるのだ。彼女はそれを一度も不快に思ったことはなく、むしろこれを聞くことで初めて彼と話していることを実感し、一つの醍醐味となっている。
彼と出会ってから、もう十年くらい経つだろうか。彼女は彼をもう一人の父親のように慕っている。
「それに、レナード。君も何だか迷いが吹き飛んだような、清々しい顔つきになったな」
「ええ、ここ数日で色々ありまして」
レナードは嬉し恥ずかしといった感じに答える。彼も氷晶の薔薇に入ってから、何度かダミオンと顔を合わせている。
「さて、積もる話はあるが、前置きはこの辺りにしておこうか…… 別に歓談に興じるため、わざわざここへ足を運んだわけではないのだろ?」
ダミオンの声色が一気に重々しいものへと変わった。ここからは親しい個人同士の会話ではなく、ギルドの長同士の談合ということだ。それを理解したソフィアからも、一切の笑みが消え失せる。
「はい。お送りした書状の通り、今回はダミオンさんとーー白翼の剣と協約を結びたく思ってここに参りました」
「協約、というと…… やはり、この頃市井を跋扈している、あの新参者たちのことでか?」
ソフィアは静かに頷く。新参者が烈風焔刃の事を指しているのは言うまでもない。
「御察しの通りです。おそらくそちらも、あのギルドが何らかの不正を行なっていることには気づいていると思います」
「証拠はないが、怪しい点は多々見受けられる。実際、あれが現れてから、依頼の数が激減したのも事実。あそこのリーダーの実力は認めるが、それにしても、あそこまで凄まじい急成長を遂げるには裏でそれなりの根回しが必要であろうな」
やはり、白翼の剣も猜疑心が芽生えているだけで、それ以上は何も掴んでいないらしい。
「私たちは、あのギルドがこれ以上力をつける前に、どうにか止めたいのです」
「ふむ…… して、協約というが、具体的にはどうするつもりなのだ? まずはそれを聞いておきたい」
「目下、私たちにとって烈風焔刃の動向について知ることが最優先事項。そこで、そちらの人員をあのギルドの監視のために割いていただきたいのです。私たちだけではどうしても穴があるようで、一向に情報が得られない状況なので」
「ほう。それだけの包囲網を張れば、何らかのボロが見つかるかもしれないな。そうでなくとも、常に目を光らせていることで、あれを牽制する役割は果たせる。手さえ出さなければ、別段王国法の規定に触れることもない」
「それともう一つ。もしかすると、それでもあのギルドの悪事が暴けなけられないかもしれません。そのための予防策なのですが、エフスロスの本拠地の発見を手伝って欲しいのです」
「エフスロス…… また随分と大物を狙うのだな」
ダミオンは目を細める。
「正攻法であのギルドに勝てる策があるとすれば、それくらいしかありません」
「そこまでして、あれに勝ちたいか? 確認しておきたいのだが、ギルド間の結託は王国法で禁じられている。これを破ってでも、あれに勝つ必要はあるのか?」
「はい。私はもう二度とあの時の過ちは犯したくない。そのためであれば、どんなことでもすると心に決めております」
ソフィアは決意に満ちた瞳でダミオンを真っ直ぐに見つめた。この想いだけは何があっても揺るがない。彼女の脳裏には、自分によく似た女児の顔が浮かんでいた。
彼はしばらくの間、腕を組み目を閉じじっくりと熟考しているようだった。一秒、また一秒。それはまるで悠久の時間のように感じられ、徐々に焦りが積もり始める。よもや、拒絶されることがあるのだろうか。彼以外に頼れる人間は皆無。つまり、彼の協力が得られなければ万事休すと言って良い。
そして、彼女は心臓が締め付けられる感じがした。再び見開かれた彼の瞳には、何か寂々寥々としたものを湛えていたのだ。最初、彼女は断られるのかと思った。
「他でもないソフィアの頼みだ。私のようなギルドで良けれは、喜んで力を貸そう」
ダミオンは普段ソフィアに見せる、あの柔らかい笑みを浮かべた。彼女は一瞬呆然とし、それから息を飲んだ。
「ありがとうございます! ダミオンさん!」
「なに、そのくらい当然のことだ。私は君たちの味方だ。…… だが、それにはこちらからも一つーー」
ダミオンが何か言おうとするのを、扉を叩く音が中断させた。それから、すぐに一人の男が勢いよく部屋に入ってきた。
「ダミオン様! あの一件について、急ぎお耳に入れておきたいことが……」
男はようやくソフィアたちの存在に気づくと、顔を真っ青にして口をつぐんだ。「貴様!」と怒気のこもった鋭い声が響いたのはその直後。それを発したのは、厳格な顔つきを炎のごとく真っ赤に染めたダミオンだ。
「人が重要な話し合いをしている時に、ろくな確認もせず部屋に入ってくる者があるか! その程度の作法から一々仕込まないと貴様は理解できないのか!」
「も、申し訳ありません……」
「さっさと出て行け! この面汚しが!」
男は小動物のように機敏な身のこなしで扉を開け、急ぎ足で部屋を出て行った。その情けない姿に、誰もが彼を不憫に思ったことだろう。
「申し訳ない。見苦しいものを見せてしまった」
ダミオンは努めて静かな声音を出すが、未だに息は乱れ、その瞳には炎がたぎっている。
「いえ…… ですが、そこまでお怒りにならなくても良かったのでは…… ? なんだか差し迫った様子でしたし……」
ソフィアはすっかり縮み上がっていた。
長い付き合いがあるダミオン。その中で彼女は幾度となく、彼の顔色が移り変わるのを見てきた。しかし、未だかつて彼があそこまで血相を変えて憤る所を見たことがない。平素は温厚で周りに気配りができ、感情の起伏はあまりない人間だったのだ。それが一体どうしたというのか。
「いや。どんなに君たちと親しい間柄でも、客人のいる中無遠慮に部屋に入るなど礼節を知らぬにも程がある。ああいうのはビシッと言ってやらんと、後々どこかで恥をかくはめになるからな」
「そ、そうですか……」
「それで、先の話の続きだが。私たちがしようとしていることには、大きなリスクが伴う。それはわかるな?」
なんとなく、話をはぐらかされた気分だ。だが、これ以上その話題を引きずっても良いことはないだろう。
「はい、承知しています」
「ということは、こちらも相応のリスクを負うことになる。それを少しでも軽減させるために、私からも一つ提案があるのだ」
そう言うと、ダミオンは机の上に二枚の紙を置いた。




