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邂逅

  結局、あれから反論は出てこず、六人の小さな議会は半ばソフィアによる強行採決を持って幕を閉じた。

  翌る日の朝、早速ソフィアはレナード達を率いて、白翼の剣の本部へと向かった。なんでも、彼女は先んじてそこへ書状を送っていたらしく、その返事が昨日中に届いていたらしい。そのことを非難しようにも、今や誰も抗うことのできなくなったあの弱々しい微笑を浮かべられ、此度もうまく丸め込まれてしまった次第だ。皆脆弱な陶器を誤って割ってしまうのではと、慎重になっている。


  「ソフィアさん、なんだか疲れきってた」


  アイルの隣をちょこちょこと並行するライラがポツリと口を開く。


  「ああ。気丈に振る舞ってたみたいだが、休みなくあれだけ働けば誰でもああなる」


  「私たちも一緒に行って、何か協力したかった」


  「そうもいかないさ。俺たちは非公式で氷晶の薔薇にいるんだ。たとえ、相手がソフィアの信頼する人間だったとしても、俺たちの存在を易々とひけらかすわけにはいかない」


  そういうわけで、ソフィアたちが戻るでの間、アイルたちは自由時間をいただいている状況だ。一時は彼の村に戻ってみることも検討したが、そこまでの時間もないし、何より彼はそれが億劫だった。最終的に、王都を適当にぶらつくことに決定したというわけだ。


  「そっか……」


  ライラは未だ釈然としない顔をしている。


  「心配か?」


  「うん。だって、ソフィアさんすごく優しい」


  なんだか悪い大人に付け込まれそうな安直な理由だが、何を隠そうアイルも同じ心持ちなのだ。彼は徐々にソフィアの事を放っておけなくなっている。彼女の「家族」と称する生温い空間に、ズブズブと浸かってきているのは疑いようもない事実だ。しかし、黒魔術という隠し事がお節介にも、その空気に飲み込まれないよう彼を食い止めている。


  「私、ずっとあのギルドで暮らしてたいな」


  健気にそう言うライラに、「そうだな」とアイルは本意を少しばかり曲げて答えた。

 

  「そうだ、アイル」


  「ん? どうした?」


  ライラは思い出したように立ち止まり、こちらへ腕を伸ばしてきた。繊細な白い手のひらが、咲き始めたばかりの花のようにほんのりと開く。王都に初めて来た時もこんなことがあった。


  「手」


  予想していた言葉なのに、アイルは少し鼓動が速くなるのを感じた。


  「…… はあ、ライラ。そうやって無闇矢鱈に手を繋ぐもんじゃないぞ?」


  「この前はアイルの方から手を繋いでくれたのに?」


  「ん? 俺から? いや、そんなことは……」


  そういえばレナードとソフィアの押し問答が繰り広げられた際、それを止めたアイルはさり気なくライラの手を握り、共に部屋を退場したのであった。


  「あ、あれは違うぞ」


  「何が違うの?」


  「何が、と言われると答えられないが、とにかくあれは違う」


  「どういうこと?」


  キョトンとしたライラの顔には、例のごとく一切の蔑みもからかいも含まれいない。この純真さが、かえってアイルを苦しめるのだ。


  「だ、だから…… というか、別にここで手を繋ぐ必要もないだろう。大通りみたく、人がたくさんいる訳じゃないんだから、逸れることもないし」


  アイルは早口にまくし立てる。事実、ここは大通りに繋がる小さな道で、周りにはそこまで人の往来は見えない。


  「えー……」


  「他に俺と手を繋ぐことに何の利点もないだろう?」


  「利点とかじゃなくて。アイルと手を繋いでると、何だか懐かしい感じがして落ち着くから」


  「懐かしい…… ?」


  アイルは眉をひそめた。


  「まさか、記憶のことと関係あるのか?」


  「どうなのかな。わからないけど、なんだか頭がぽわーって、あったかくなるっていうか」


  「ぽわーっ…… ?」


  なんとも要領を得ない答えだ。しかし、それがアイルの手を繋ぎたいがために放った、出まかせでないことだけは伝わる。第一、彼も自分のゴツゴツとした平凡な手にそれほど価値があるとは、つゆほども思っていない。


  「もしかすると、記憶を無くす前の行動と何か関係があるのかもしれない。そんな大事なことなら、もっと早く言ってくれないと」


  「ごめん……」


  「ああ、いや。責めてるわけじゃないんだ…… ただ、次からは気づいたことがあったら、何でも俺に言ってくれ」


  アイルはできるだけ優しく、子供に諭すような口ぶりで言う。そうしてやると、聞き分けの良いライラは、何だか嬉しそうな顔をして「わかった」と答えるのであった。


  「ほら」


  ぶっきらぼうにそう言って、同じく乱暴にアイルは自分の手をライラの方へ放る。これが彼女の記憶を取り戻す手がかりとなるかもしれないのだ。恥ずかしいとか、そういう私情は棚上げしなければ。ただ、彼女の顔を直視できないことだけは許して欲しい。

  そして、二人の指先が触れるか触れないかの時だった。


  「女と二人でデートなんて。お前も随分変わったな」


  憎々しいセリフが聞こえる。瞬間、アイルは半年前の記憶が鮮明に蘇り、その時の苛立ちや孤立感が、まるで心臓から血液を送るがごとく全身に広がっていくのがわかった。

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