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破滅の足音

  その日以来、レナードのアイルに対する接し方は格段に変化していった。

  アイルへ向けていたあの異様なまでの敵意、それは綺麗さっぱり拭い去られた。依然、お高く止まったような態度は抜けないものの、それは副リーダーとして示すべき威厳ということで納得している。それに、今更謙虚な姿勢を見せられても、なんだか気持ち悪い。

  この前の夕飯時などは、レナードの方から、ぎこちないながらも話を振られるという珍事が発生し、それだけで場が大いに盛り上がったものだ。


  「な、何がおかしいんだ…… ?」


  と、レナードの方は上手く話せているつもりだったのが、また皆のツボにはまった。これでギルド内でアイルを否定する存在は消えた。

  すると、どうだろう。氷晶の薔薇は、リビエール家のような温かな空間を想起させるようになった。ここはアイルにとっても第二の家になり得るのだろうか。


  「いや」


  アイルは踏み止まる。情にほだされてはいけない。黒魔術の事がある以上、彼に居場所はないのだ。

  こうして、個人の問題が解決したが、ギルドが抱える根本的な問題が無くなることはなかった。

  言わずもがな、それは烈風焔刃のことだ。依頼の不正受注から、秘密裏に行われる他ギルドとの結託。これらが横行しているのは確実だ。しかし、レイリーたちも狡猾で、常に足跡を残さぬよう慎重を期して行動しているため、未だに立証に至っていない。王宮に掛け合うにも、「怪しいから」という理由だけでは門前払いされるのが関の山だ。このせいで大半のギルドは着実に疲弊していき、それは氷晶の薔薇とて例外ではない。

  烈風焔刃が食い荒らした後の、残りカスとでも言うべき極一部の難度の高い依頼は、氷晶の薔薇でもこなせるものは少ない。そのため、このギルドに所属する多くは、ここ数週間ほとんど依頼にありつけていない状態だ。したがって、本来ならば彼らは切り捨てられるか、減給がなされるのが自然の成り行きだと、アイルは推測したが、ソフィアの全て包み込むような母性はそれを是としなかった。彼女は彼らに簡単な雑用を任せたりする事で、どうにか彼らをギルド内に繋ぎ止めようと尽力しているようだ。さすが、ギルドを「家族」と形容するだけあって、彼女の献身っぷりは感服に値する。だが、その体制にも徐々に綻びが出てきていた。

  依頼が少ないと言っても、その量は少人数で回すには十分過ぎる程。これを、ソフィアは基本的にレナード等の主力メンバーと共にこなしているのだが、近頃は、立て続けに彼女一人だけで依頼に出ることも多々あった。全体として下がった依頼の回転率。そのしわ寄せは全て彼女に行っていたのだ。


  「ソフィア様、これ以上はお体に障ります。どうか休息を取ってください」


  「レナードの言う通りだぜ、ソフィア様。あんたが倒れちまったら、元も子もねえんだ」


  「そうですよ。このままでは本当に危ないです」


  レナードやタイロン、ノエルたちが彼女の身を案じ何度も忠告した。しかし、ソフィアはそれを、毎度のこと頑として突っぱねる。


  「私なら大丈夫。それに、このくらいで根をあげるわけにはいかないから。あなたたちも、薔薇園の子たちも絶対に見捨てはしない」


  彼女は否定するが、実際アイルの目にも、ソフィアの慈母のごとき悠然とした微笑みが日に日に抜け落ち、石像のように固く冷たくなっていくのがわかった。

  王国法には、ギルドに対する取り決めなども仔細に記載されているが、「一定期間内における、個人及びギルドによる依頼最大受注数」については特段の規制がなく、可能ならいくらでも受注することができるのだ。その分、期限切れになると、上級の依頼ほど罰則(罰金から禁固刑まで様々)が大きくなる仕組みで、これが実質的な歯止め役を担っている。

  この法律が、氷晶の薔薇を首の皮一枚で繋ぐ要になっており、同時にソフィアが無理をする要因でもあるのだ。彼女は誇張なしに、死ぬ気で依頼を受け続けていた。


  「ソフィア様、あなたは王国法に背くつもりですか!」


  ある晩、帰投したアイルたちが、報告のため彼女の部屋に立ち寄ると、レナードの物々しい言葉が飛び込んできた。

 

  「それは承知の上よ。でもーー」


  ソフィアの視線がアイルたちを向くや否や、あの作られたぎこちない笑みが浮かぶ。やや遅れて、いつもの三人がこちらを向くが、その顔は急に老け込んだように疲れ切っていた。その異質な雰囲気に、アイルは否応にも嫌な予感がしてしまう。


  「アイル、ライラお疲れ様」

 

  ソフィアから労いの言葉を受け、アイルたちは軽く会釈する。


  「あの、何かあったんですか?」


  「良いところに来た。アイル、君もソフィア様を止めるのを手伝ってくれ。私たちだけではどうにもならん」


  代わって説明するレナードだが、全く本筋が見えてこない。

  因みに、彼はアイルのことを「貴様」とは呼ばなくなっていた。


  「あら、レナード。アイルとは随分打ち解けたようね」


  「べ、別にそんなことは…… って、はぐらかすのはやめてください。これは氷晶の薔薇全体に関わることです」


  「それで、一体何が?」


  アイルは再度尋ねる。


  「実は…… ソフィア様が、他のギルドと協約を結ぶと言いだしたんだ」


  ノエルが単刀直入に告げた。


  「他のギルドと…… ?」


  アイルはギョッとした。他のギルドと協力するというのは、烈風焔刃と同じ不正を働くということではないか。

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