家族
「ど、どうして、ソフィア様が謝るのですか…… ?」
茫然自失の状態からようやく立ち直ったレナードだったが、未だ状況が把握できていない様子だ。
「私、ここの、氷晶の薔薇のリーダーなのに。皆んなのことを一番把握していなければいけなかったのに。いつのまにか、こんな事になっているなんて、全く気づいてなかった」
ソフィアは、レナードが何か言い出す前に話を続ける。
「いえ、レナードがアイルに敵意を向けていたことは知っていたわ。でも、すぐに打ち解けるだろうって、心のどこかで楽観視していた。私は薔薇園の子供たちのことばかり考えていて、あなたたちのことを真剣に考えることを放棄していたのかも。これは私の責任よ」
「何を言うんですか! ソフィア様は何も悪くありません! これは全て、私の心の弱さが招いたことです!」
「いいえ、レナード。氷晶の薔薇は皆、家族同然。家族の異変に対処するのは長の役目。そんなことも満足にできないなんて、私はリーダー失格だわ」
「ソフィア様が手一杯だったのは周知の事実です! 余計な負担をかけさせてしまった、私が全ていけないのです!」
二人は一向に自分の主張を譲ろうとしない。このままでは一生平行線を辿るのではないか。そんな不穏な二人の言い合いを見て、アイルの目には半年前の光景が二重写しになっていた。
死刑に値する罪を背負ったアイルを、どうにか免責にまで漕ぎ着けてくれた義父ヘイゼル。そして、黒魔術の適性者と知ってなお、最後までアイルと共に寄り添うことをを厭わなかった義姉シエラ。
レナードの失敗をどうにか肩代わりしようとするソフィアも、それに通じるものがあるように思えた。だが、彼女の必死さはどうも空回りしている。事態を未然に防げなかった自分に、大きな後ろめたさを抱いているようだ。
「違うの! そもそも、私が他のギルドに遅れを取ることがなければ、こんな事には!そのせいで手が回らなくなって。 あなたの過去に何があったか、一番知っていたはずなのに! 私は!」
「烈風焔刃の件だって、私がもっと力を持っていれば、対抗できていたかもしれない! 全て私の力不足が原因なのです! その上、さらに迷惑をかけるなんて。私は…… 私など副リーダーの器ではなかった!」
レナードは悲痛に叫ぶ。
相手を慮るばかり、お互い自己否定をするしかないようだ。副リーダーの座を追われることに対し、病的なまでの恐怖を抱いていたレナードが、自らそんなことを言うなんて普通ではない。こんな水掛け論の状態では、突破口など見えてくるはずがないだろう。その様は滑稽だが、なんとも切ない。
「何を言っているの! あなたは十分よくやってくれている! この前の依頼だって、あなたの活躍があったからこなせたんじゃない!」
「いえ、そんなことありません…… あの程度の依頼、私でなくても完遂できていました。…… 大した才もなく、仲間を危険にさらす。こんな人間に副リーダーなど務まるわけがないんです」
「レナード……」
「あの、少しいいですか…… ?」
見かねたアイルはついに口を開く。血など関係ない、強い繋がりを持った家族の絆が破綻するのは見ていられない。
二人の沈痛な表情が一斉にこちらを向き、彼の元へも負のエネルギーが流れ込んでくるようだった。
「二人の互いを思う気持ちはよくわかります。ですが、両方とも自分の責任だと勝手に決めつけていては、話がもつれるばかりです。ソフィアさんが責任を感じるのはわかりますが、いくら家族でも打ち明けてくれなければわからないことだってあります」
話しながら、アイルは自然と話に熱が入っていく気がしていた。
「今レナードさんが求めてるのは、ソフィアさんの懺悔の言葉などではありません。レナードさんの過去を知っているなら、家族であると思うなら、かけるべき言葉は他にあるはずです。相手の失敗に対面した時、それを庇うのが家族ではない。それを認めた上で、今後どうするべきか、新たな道標を示すのが大事なんじゃないかと……」
気づけば、ソフィアとレナードは毒気を抜かれたように、口をぽかんと開けアイルを見つめていた。少し熱弁しすぎたのかもしれない。なんだか出しゃばった真似をしてしまった気がして、アイルはこの上ない居心地の悪さを感じた。
「あの…… ですから、まずはレナードさんの気持ちを理解してください。理解のない内は、全てがエゴの押し付けになってしまいます。俺たちはここら辺で失礼します……」
アイルはライラの手を取り、そそくさと部屋を出た。廊下に飛び出し、扉を勢いよく閉めると、思わず大きなため息が出る。
「大丈夫かな?」
久方ぶりに聞いたライラの声に、アイルは少しの安心感を覚えた。
「あの二人なら大丈夫だろう。別にいがみ合ってた訳じゃないんだし。後は、俺の言いたいことが、上手く伝わってくれてると良いんだが……」
「そうだね」
ライラは柔らかく微笑んだ。
「ねえ、アイルは大丈夫?」
「え、俺か…… ?」
「話してる時、なんだか必死だったから。もしかして、家族のこと…… ?」
何でもお見通しらしい。さすがに半年間、常に共にいただけはある。否定しようにも、自分の顔には図星の文字がくっきりと浮かび上がっているだろう。アイルはコクリと頷いた。
「次にお休みをもらったら…… もう一度アイルの故郷に戻ってみない?」
予想外の提案に、アイルは一瞬固まる。
「いや、村の皆んなに煙たがられるのは目に見えてる。会いに行ったところで、ヘイゼルさんも困るに決まっている。俺が行くのは迷惑だ」
「違うよ、アイル」
優しく諭すような口調だ。
「それはアイルが決めつけてるだけ。アイルが聞かせてくれたお話に出てくる家族の人は、みんな良い人だったよ。会ったら絶対に喜んでくれる。自分の家族のことは全然覚えてないけど、私はアイルと一緒にいれて嬉しいから」
確信に満ちた瞳でライラが見つめてくる。「決めつけてるだけ」ついさっきアイルがソフィアたちに言い放ったことを、そっくりそのまま返されてしまった。
「やっぱりライラは、俺の師匠だ」
「むぅ……」
茶化されたと思ったらしく、頰を膨らませ最大限の抗議を見せるライラ。
「お、アイルにライラじゃねえか」
野太い声の方を向くと、こちらに歩いてくるタイロンとノエルの姿。そういえば、今日は朝食の時から会っていなかった。
「聞いたぜ。レナードと一緒に、エフスロスの奴らと一戦交えたらしいじゃねえか」
「もう耳に入ってたのか」
「ここにいるみんな、その話題で持ちきりだったからね。それにしても、最初聞いた時はびっくりしたよ。いつのまにレナードくんと仲良くなっていたの?」
ノエルに聞かれ、アイルは返答に困る。
「まあ、色々あって…… 仲良くなったとは言えないけどな」
アイルは苦笑することで誤魔化した。
「二人は依頼の帰りなのか?」
「うん。でも、本当はもっと早く帰れるはずだったんだけど、タイロンくんが戦いの最中に民家の壁を破壊しちゃって。幸い住人は外出中だったけど、お陰で修理に時間がかかっちゃったんだ」
「まったく、俺は他の奴らを全員避難させたってのに。あのオンボロ家、いつまでもそこに建ってるのがいけねえんだ」
タイロンは悪びれた様子もない。
「いや、家が自分の意思で動くわけないでしょ…… しっかり自分のミスを認めないと。今回はみんな大目に見てくれたけど、苦情でも入れられて、ギルドの評判が落ちたらどうするの」
「へっ。わかってねえな、ノエルは。ああやってヘマをすることで、愛嬌を演出してやったんだよ。完璧人間より、どこか抜けてる方が好感もてるだろ?」
「詭弁が過ぎるよ、タイロンくん! 今日という今日は僕も意見させてもらうからね!」
「ほう、面白え。この俺を打ち負かせられるか見ものだな」
目の前で不毛な争いが始まった。ソフィアたちが、すぐ近くの部屋で大事な話をしているのに最中だというのに。
廊下が二人の言い合いで騒がしくなっている中、にわかに側の扉が開いた。
「む…… まだいたのか」
出てきたのはレナードだ。その顔はいつものクールな感じに戻っていたが、その目は軽く充血し、時より小さく鼻をすすっている。彼は自分の瞳に皆の視線が集中しているのに気づき、急いで背を向けた。
「どうも今日は目が痒くてな。炎症を起こす魔法でもかけられたのやもしれん……」
「は、はあ……」
アイルは反応に困る。こんな子供染みたハッタリがあるだろうか。アイルが部屋を出た後、一体何を言われたのだろう。気がかりだが、なんとなく話しかけづらい。
そのまま立ち去ってしまうのかと思ったが、「ああ、そういえば」とレナードは再びこちらを向いた。
「氷晶の薔薇、副リーダーのレナードだ。……迷惑をかけることもあるかもしれないが、これからよろしく頼む」
彼の瞳は未だ溢れんばかりの涙を湛え、何度も瞼が開閉される。しかし、揺らめく水面からでも、その虹彩はいささかの迷いもなくアイルへと焦点を合わせていた。
どうやら、アイルのお節介は功を奏したようだ。一時はどうなるかとヒヤヒヤしていたのに、意外と呆気ない幕引きだった。自然と彼の口元が綻ぶ。
「ええ、こちらこそよろしくお願いします」




