レナードの過去
アイルの靴を起点として、地中に広く深く伸びた氷の根。彼は片足を上げることでそれを、一トンはあろう地面ごと抉り出したのだ。
レナードはあり得ないという顔をする。
「馬鹿な!? 貴様の身体強化では、そんな荒技ができるはず……」
「相手の力量を見誤りましたね」
「どうなってるんだ…… だが、そんな状態ではまともに身動きもできまい!」
巨大なクリスタルがその全貌を露わにした。その大きさからは想像つかないほどの加速。
アイルは脚を振り上げ、土の塊をそこへ衝突させた。しかし、硬度の差は明らか。鋭利な氷塊の前にして、土の層などあっという間に貫かれ、さらに、それに絡まりついていた氷の根も崩壊していく。さすがに、あの質量が皮膚に到達すれば大怪我は免れない。
氷柱の掘削が足裏に及ぼうとする手前。アイルは"力"を即座に一へと戻す。そして、身体を支えていた足で地面を蹴り、後方へ逃れた。
「ちょこまかと!」
だが、まだ終わりではなかった。魔法陣に既にストックされていた二つ目の巨大な氷柱。それが勢いよく射出された。アイルが一つ目をかわすことを予期していたのか。何という慎重派。
だが、一度に飛んでくる氷の数が少ない分、避けるのも容易い。派手な魔法でかたをつけるつもりだったのだろうが、それが裏目に出てしまったようだ。
アイルが真上に跳躍すると、その真下に氷柱が突き刺ささる。彼は空中でその氷柱の側面を、力一杯蹴り飛ばした。頑強な分厚い氷は粉々になり、その氷片がレナードを襲う。
「くそ! ふざけた真似を!」
レナードは目の前に迫った氷片を霧散させる。その飛沫は簡単な目くらましと化していた。
「なっ…… どこにいった! 出てこい!」
「こっちですよ」
レナードはハッとして振り返ろうとする。
しかし、反撃などさせない。アイルはこちらを向いたレナードの首を鷲掴みにし、そのまま前方へと押し倒した。
「ぐぅっ!」
地面に背中を強く打ち付け、レナードは苦悶の表情を浮かべる。
「抵抗はしないでください。あなたに危害を加えるつもりはありませんから」
「まだだ。わ、私はまだ……」
「いいえ。あなたの負けです」
「負けた…… 私が……」
レナードの顔から生気が消え失せる。
「違う、待ってくれ。こんなはずでは…… 私は、氷晶の薔薇副リーダーだ。こんな奴に負けては……」
彼はうわ言のように、ぶつぶつと呟く。
「それで、散々俺を裏切り者呼ばわりしてましたけど。俺を殺そうと思った本当の理由、教えてくれませんか?」
「…… 勘づいていたか。だが、貴様に話したところで、何の意味もない」
その声には強い憎しみがこもっているようだった。
「内容によっては、俺を殺そうとした事を水に流してあげます。あなたに拒否権はありません」
あれだけの事を不問にするのは、アイルがレナードに対する生温い情けを持ち合わせていたからではない。
彼を衛兵に突き出そうものなら、そこで事情を聞かれることになる。その時、アイルたちが秘密裏に氷晶の薔薇に所属してることがバレれば、面倒ごとになるのは必至。それはアイルだけの問題に留まらず、氷晶の薔薇、ひいては薔薇園にまで影響が波及する。一人の人間のために、大きな損失を被るのはごめんだった。
「ふっ…… 許してもらわなくてもいい。殺すなり何なりしてくれ」
しかし、レナードは告白する気がないらしい。
「俺がーー 下っ端がギルド内で活躍してたのが怖かったんですか?」
「違う!」
気色ばんで怒鳴りつけるその姿は、自ら進んで白状しているようなものだった。レナードも自分の誤ちに気づいたようで、バツが悪そうに口を閉ざす。だが、アイルが解放の意思を見せないことで、ついにレナードは重い口を開けた。
「ああ、そうだ…… 私はぽっと出で現れた貴様よりも劣っているのではないかと、不安だった。私が上である事を確かめ、安心したかった」
「それで、俺と戦う機会を得ようと、色々と俺の事を調べ回ったんですね?」
「そうだ」
「なぜそこまでして。下手をすれば…… というかあなたがした事は、立派な犯罪ですよ?」
「なぜ、か」と、レナードは薄ら笑いを浮かべる。
「それを話すとなると、少し長くなる。それに、貴様がそれを聞いたところで、理解はできまい」
「構いません」
「…… わかったよ」
レナードはついに観念したようだ。
「私は…… ある貴族の長男として生まれた。そこでは、忌々しい習わしから、長男が家督を継ぐことが決まっていたのだ。だが、不幸なことに、私の魔法に関する技術は家族の中で最低。この世界で繁栄を極めるには、総じて力が必要になる。だが、私にそんなものはなかった」
初めてレナードが自分の事を口にしたのを見た。
「父は厳格な人で、私を次期当主として相応しい人間になるよう、徹底的に指導した。私もそれに答えようと必至に努力した。寝る間も惜しんで、毎日毎日鍛錬の日々。だが、いつになっても魔法の才は開花しない」
せき止めていた何かが崩れ去ったのか、レナードは喋り止まない。アイルも無言でそれに耳を傾ける。
「『お前は真面目に取り組んでいないのだ。長男としての自覚はあるのか? 私が授けてやった才能を、無駄にしている自覚はあるのか? これでは他所に笑われる』父は私を息子として見ていない。そんな父に私は耐えきれず、とうとう家を飛び出した。笑えることに、その後、私を捜そうとする人間はいなかった。愛想つかされたのだろう」
そんな境遇だったとは。いつものレナードからは想像もつかない過去だ。
「そんなある日、氷晶の薔薇を立ち上げたばかりのソフィア様に出会った。彼女は私の事情を聞くなり、自分のギルドに入らないかと誘ってくれたのだ。彼女は宿無しの私に部屋を貸してくれた。そして、同じく氷の属性魔法の適性を持った彼女は、私に戦い方を教えてくれた」
そこでレナードは一拍置いた。
「そして、私は魔法だけに頼らぬ、戦術という力を手に入れ、ついには副リーダーという役職をいただいた。その日、私は初めて他者に認められたのだ」
家族というコミュニティ内で無能と蔑まれ、ソフィアという師に出会いその運命が変わる。話を聞いていて、レナードという男はアイルに通じるところがあるではないかと思い始めた。
幾分表情が和らいでいたレナードだったが、また沈痛な面持ちへと戻った。
「だが、お前が入ってきてからはどうだ? ソフィア様は私の反対を押し切り、違反行為を強行した。まるで、貴様に心酔しているようだった。私は思ったのだ。いずれ、貴様に副リーダーの座を取られるのではないかと。そして、また私は役立たずに変わり、誰も私など気にも留めなくなるのではないかと」
「それが実現する前に俺を消して、副リーダーの座に居座り続けようとしたと」
「そうさ。子供染みてると思うか?」
自虐的に笑うその姿から、自分でも子供染みてるとわかっているのだろう。だが、アイルは完全に否定する気にはなれなかった。
「…… あなたは二つ勘違いをしてると思います」
「勘違い? なんだ?」
「俺は副リーダーになるつもりは一切ありません。俺はライラだけいくれれば、他の人に認められる必要なんてない」
「力がある者の、高慢さから出る戯言だ」
レナードはすぐに否定する。
「まあ、そう思われても構いません。二つ目が重要です。ソフィアさんやタイロン、他のギルドのメンバーはあなたの父親と同じなのですか?」
「どういう意味だ?」
「氷晶の薔薇は、失意の中あなたが見つけた第二の家。その家族は日々あなたを品定めし、何かあれば、あなたを見捨てるような人間なんですか?」
「それは……」
レナードの視線は自信なさげに下がり、その口元は答えを紡ぎ出そうと小刻みに震えていた。
「それはあなたが一番よく知っているはずです」
アイルはようやくレナードの首元から手を退け、立ち上がった。
「俺はこれ以上何も言いません。今あったことも全て忘れます。ですが、あなたは自分の目の前にいる人たちを、もう一度しっかりと見直してください」
「……」
「アイル!」
すぐ近くで、ライラの控えめな叫び声が聞こえる。見てみると、彼女は目の前まで駆けつけていた。
「ああ、ライラ。大丈夫だ、レナードさんはもう攻撃してこない。見てるだけで退屈だっただろうがーー」
「違うよ、バカ! さっきから呼んでたのに!」
「ば、バカってお前。俺は魔法が使えなかった分、死ぬほど勉強に時間を費やしたんだ。さすがにバカではないーー」
「聞いて! 誰かがこっちを監視してる!」
その言葉に、アイルだけではなく、レナードも反応した。




