大図書館へ
目的の大図書館は、氷晶の薔薇の拠点からそう遠くはなかった。
城か何かと見間違うほど大きな建造物で、左右には大きさが非対称の尖塔。建物の中央よりやや上の壁面には、花弁か何かを象ったガラスが埋め込まれ荘厳な雰囲気を際立たせている。
「この建物全体が図書館なのか……」
「立派な教会みたいだね」
「そうだな。一体いくらかけてこんな建物を建てたのやら……」
ライラに続き、感想を述べるアイル。ふと、視線を感じ横を向くと、彼女は物言いたげにこちらを見ていた。
「な、なんだ?」
「なんか、アイルは現実主義」
「ああ…… そうなのか?」
褒めているのか分からず、アイルは曖昧に反応した。
見ていても仕方ないので、とりあえずアイルたちは中に入ることに。入り口で、入場料として銀貨一枚を要求されて少し驚いたが、これはさして痛手にはならない。こちらは金貨を十枚も所持しているのだ。
「わあ……」
ライラが思わず吐息を漏らす。
真ん中には受付と読書ができるちょっとした空間が存在し、入り口付近を除く周りの壁は、本がびっしりと詰まった七、八段ある本棚で埋まっていた。吹き抜け構造となっていて、細い通路が一周しているだけの二階部分にも、同じ要領で本棚が続いているのがわかる。本の総数は数千冊、いや、もしかすると一万を超えるのではないか。
「これは目的の本を探すのだけでも一苦労しそうだな……」
アイルは開始前から心が折れそうになっていた。だが、これはライラのためであり、自分のためでもあるのだ。早々に投げ出すわけにはいかない。
彼らは二手に分かれて本を探すことにした。本は、歴史書や芸術書、魔法学などに分類されており、彼は魔法学の列を調べる。そこには基礎的なマナに関する書籍から、魔法の種類ごとに体系化された使用方法に関連するものも。
そびえ立つ本の壁を上から下へ眺めていき、ようやくそれらしいタイトルの背表紙が見えてくる。
「禁術…… この辺か?」
アイルは試しにその内の一冊を取り出してみた。
『禁術とは、その危険性から、世界で共通の法律(アリスフィア法)により、使用が禁止または制限される魔法の総称である』
これは誰もが知っている常識だ。当然ではあるが、アリスフィア法というのはこの国の王国法よりも強い権限を持つ。
さらにページをめくる。
『禁術は、アリスフィア法に基づき、さらに三段階に分類されており、一部の禁術は、一定の役職(騎士等)または特定の状況に限り、限定的な使用が認められる場合がある。また、いかなる地位の人間も、三段階の最上位、神殺に当たる禁術は、適性がある時点で極刑の対象になる』
「神殺……」
分類があるのは知っていたが、神殺という単語は初めて聞いた気がする。
彼は視線をページの下部に落とした。
『なお、神殺に分類される禁術は、現段階で黒魔術のみが挙げられている』
「黒魔術が神殺か…… この本なら……」
アイルは胸を高鳴らせ、ペラペラとページをめくっていく。しかし、膨らんだ期待は水泡が割れるように消失した。
驚くべきことに、続く百ページほどの中には、黒魔術について説明する貢は一切なかったのだ。
それからアイルは他の書物も手に取り、中を確認してみたが、どれも黒魔術の情報だけ頑なに語ろうとはしない。それはまるで、黒魔術の記述だけを意図的に避けているようで、得体の知れない気味の悪さを覚えた。小一時間費やして、収穫はゼロ。
失意の中、中央のスペースに戻ると、しょんぼりとした顔のライラはいた。
「どうだった?」
結果は大方予想できたが、一応聞いてみる。
「歴史書とか生態学の本とか色々見たけど、黒魔術の本も、アーテルについての本もなかった」
「俺の方も同じだ。禁術についつの本はあったが、肝心の黒魔術については全く触れていなかった」
「黒魔術の本があるか、ここの人に聞いてみる?」
ライラに聞かれ、アイルは受付の方をちらりと見た。受付の近くには、重厚な鎧をみにまとった警備兵と思しき姿がある。
「いや、変に目をつけられたくないから、それはやめておこう」
「わかった」
アイルたちは大図書館を出ることにした。
「どうして、黒魔術の本が全然ないんだろう……」
「断言はできないが、もしかすると、情報が統制されているのかもしれない」
「危険な魔法だから…… ?」
ライラはどことなく不安そうな表情をする。改めて、黒魔術が忌避されていることを目の当たりにすれば、誰でもそうなるだろう。
ていのいい言葉で彼女を安心させた方がいいのだろうが、危険性については否定することはできない。
「本の中で、黒魔術は神殺に分類されていると書いてあった。使いようによっては、確かに危険な魔法になり得ると思う」
それについては、タレスとの戦いで、激情のままに黒魔術を放ったアイルがよく知っている。あの黒く禍々しい力の奔流は、規制されて然るべきなのかもしれない。ただ、見つけ次第死刑というのは、容認できるものではない。




