一通の手紙
まだ正午前だというのに、黒魔術に関する碌な情報が得られず、既にアイルは徒労感でいっぱいだった。
「悪い、ライラ。こんなはずじゃなかったんだが……」
「私は大丈夫。記憶が無くても不便なことなんてないし。お家にはふかふかのベッドもあるし、今の生活は結構楽しいよ。それに、私のために頑張ってくれてるってだけでも、嬉しいから」
「ライラ……」
いつに無く饒舌なライラ。嘘偽りない心からの言葉なのだろうが、アイルを慰めてくれようとしてるのは明らかだ。彼はそれ以上何も言えなくなる。
「あ、でも、早起きして依頼に行くのはちょっと嫌かも」
場を和ませようとしてくれたのだろう。ライラの気遣いを無為にして、いつまでも暗い顔をしてるわけにはいかない。
「そうだな。帰ったら、依頼の時間をずらせないか、ソフィアさんに打診しておこう」
「うん、ありがとう」
ライラは小さく笑う。
何となくだが、背中にのしかかっていた重荷が軽くなった気分だ。
「おーい!」
後ろから子供の声が聞こえる。続いて、細かい間隔で近く足音。それは、ちょうどアイルたちの真後ろで止まった。
「ねえ」
明らかにアイルたちに声をかけている。誰だろうと振り返ってみると、案の定知らない子供だった。だが、その目は他でもないアイルをしっかりと見ている。
「俺か?」
「うん。はい、これ」
子供が差し出してきたのは、二つ折りにされた白い紙。
「これは、手紙…… ? 俺たちに?」
「うん。さっき男の人に頼まれて」
「男の人?」
わざわざ子供を介して手紙を渡すなんて、どういう了見なのだろう。
「名前とか聞いたりしてないか?」
「ううん。銀髪の女の人と一緒にいる、黒髪の男の人に手紙を渡してくれって言われただけ。フードを被ってたから、顔も全然わかんない」
「そうか…… わかった、ありがとう」
アイルが礼を言うと、子供は踵を返し駆けていった。
「誰からかな…… ?」
「さあ」
興味津々といった感じのライラにも見えるよう、アイルは二人の間で紙を開いた。
「これは……」
『お前の秘密を知っている。今から一時間以内に、北西にある遺跡に来い。他の人間に助けを求めれば、この秘密を公にする』
アイルは手紙から目を離すと、素早く周囲を見回した。街を行き交う群衆、家屋の屋根、路地裏に続く建物の間。しかし、こちらの様子を窺っているような怪しい人間はいない。
「この手紙って……」
隣から手紙を覗いていたライラが、少し遅れて反応をする。
「脅迫文といったところか」
「でも、誰が? 秘密って黒魔術のことなのかな?」
「俺の秘密なんて、そのくらいしか思い当たらない。そして、そんな事を知っている奴は数えるほどしかない」
アイルの脳裏には、三人の人物が浮かんでいた。だが、その内の一人は既に王都にはいないはずだし、仮にいたとしても、彼を脅すような愚行は犯さないはずだ。そして、もう一人は子供の伝言とは性別が食い違う。よって、消去法からたどり着いたのは、未だ再会を果たしていない一人の少年だ。
「行くの?」
「ああ。何にせよ、黒魔術のことを公言されたら、俺たちは普通の生活が送れなくなる。ライラはギルドに戻っていてくれ」
あまり遅くなると、本当に黒魔術のことを暴露されるかもしれない。しかし、そんなアイルの袖が引っ張られた。
「私も行く」
「いや、呼ばれているのは俺一人だけだ。ライラは危ないからーー」
「アイルに何かあったら、嫌だから」
その真剣な声音は、簡単に引いてくれそうもない。
「だが……」
「師匠の命令」
アイルは目を丸くした。あんなに師匠と呼ばれるのを嫌がっていたのに。それほど心配しくれてるということか。
「わかったよ、師匠。でも、黒魔術を使うのは最終手段だぞ?」
「うん!」




