烈風焔刃
アイルたちがスキア・サラマンダーの討伐に向かう少し前。
烈風焔刃の拠点の、だだっ広い一室にリンシアはいた。彼女の目の前には、豪奢な机に脚を乗っけるという、悪役さながらの座り方をするレイリーが。他に誰もいない。
「で、俺たちの親友はどうだったよ?」
「何の魔法も使えないみたい。少しも進歩してなくて、非力で無価値ないつも通りのアイルだったよ」
リンシアは努めて皮肉っぽい微笑を浮かべた。
「おいおい、随分ひでえ言い方だな」
言葉と裏腹に、レイリーは至極愉快そうだ。
「だってあいつ、初級の中でも一番レベルの低い依頼を受けて、それも失敗だって。どうして冒険者なんてやろうとしたのか意味不明」
「相変わらずの雑魚っぷりってわけか。昔を思い出すよ」
「ほんと、昔のまんまだったよ……」
リンシアはふと、自分がレイリーではなく、遠くの何もない空間を見つめていることに気づいた。
突如、その空間だけがぐにゃりと歪み、全く別の情景へと変わった。王都の一画。先ほど会った少年が、憂うような瞳でこちらを覗いている。彼女は反射的に痛む腕を抑えた。
「だから…… これ以上あいつと関わる必要はないんじゃない? 何か有用な情報を持ってるわけでもないし、ただの時間の無駄だと思うよ 」
「いや、それは違うな」
レイリーの声は冷淡なものに変わっていた。
「あいつは曲がりなりにも黒魔術の適性者だ。それが何を意味しているか、お前にもわかるだろ?」
「…… アイルを、国に突き出すの?」
「黒魔術は禁術の中でも最も危険な魔法だ。 俺たち烈風焔刃が捕らえたとなれば、他のギルドと圧倒的な差が生まれる。俺たちの一人勝ちってわけだ」
「でも、あいつは魔法を使えないんだし、証拠がなくて国は動かないんじゃない? もう百年くらい黒魔術の適性者が出たことなんてないらしいし、世間では存在自体が眉唾ものだよ」
「わかってないな」とレイリーは肩をすくめる。
「あいつが、半年経った今、どうしてわざわざ王都に来て冒険者になったと思う?」
「えっと、お金に困ってたから…… ?」
「まあ、それが一番だろうな。だが、金額に拘らなければ、他にも金を稼ぐ方法なんて幾らでもあるはずだ」
言葉の真意が見えず、リンシアは無言で続きを待った。
「要は、心のどこかで多少の自信があったから、冒険者という選択肢がでてきたんだ。それでもショボい依頼を受けたのは、魔法のことがバレないようにするためだろう」
「じゃあ、アイルは……」
「黒魔術を使えるようになった可能性がある」
リンシアは絶句した。
まさか、あのアイルが本当に黒魔術を習得したというのだろうか。そんな様子は一切見られなかった。
「お前は引き続きあいつの行方を追え。そして、何か掴んだら逐一俺に報告するんだ。無能だったあいつも、最後くらい役に立ってもらわないとな」
「わ、わかった……」
「ああ、それと」
「なに?」
「お前、さっきからまるでアイルを庇ってるような感じだったが、俺の勘違いだよな?」
レイリーの鋭い視線には、糾弾するような光が満ちていた。間違いなく彼はリンシアの事を怪しんでいる。いや、それは既に確信に近いのかもしれない。
「うん、勘違いだよ。あんな奴、庇ってどうするの」
リンシアは震えそうな声を必死で抑えた。
どうなるかと気が気でなかったが、意外にもレイリーはすぐに折れた。
「そうか、ならいいんだが…… お前は一度ミスをしてるというのを忘れるな。次はないからな」
「うん……」
幼馴染で半年前までは、一緒になってアイルをいじめていたレイリー。
しかし、ここにいるのはあの時の彼ではない。今の彼は狂った野心に汚染され、歪な怪物へと変貌を遂げていた。自分がのし上がるためなら手段を問わない。使えないものは平気で切り捨てる。それが今の彼だ。
確かに昔からそういったきらいはあった。だが、彼をここまで変えたのは、全てあの男が原因だ。
リンシアの後ろで、扉がノックされる音が響いた。




