ソフィアの信念
タイロンとノエルは依頼があるらしく、部屋を退出していった。
「はい、これが今回の依頼料」
ソフィアがテーブルに真っ白な生地の小袋を置く。アイルはそれを受け取ると、軽く袋の口を開いてみた。袋の中には、金色に輝く貨幣が五枚。
隣にいたライラは「わあ……」と、控えめに驚嘆する。
「こんなにもらえるんですか…… ?」
「ええ。スキア・サラマンダーの討伐で国から追加報酬が決定したから、その分もあって普通の相場よりは少し多めだけど」
「そうなんですか……」
以前は銅貨一枚集めるのにも苦戦していたのに、あっさりと金貨が手に入り、アイルは肩透かしを食った気分だ。
氷晶の薔薇では、依頼の報酬の半分をギルド側に徴収され、残りの半分が手元に残るシステムだ。少し法外な割合の気もするが、その分、食と住が提供されるため不満はない。
それに、もしフリーの冒険者を続けていれば、まともな依頼にありつけず、今も一文無しの状態だっただろう。そして、一番の懸案事項であったアイルたちの個人情報についても、ソフィアが偽の情報を国に提出してくれたらしい。
「この調子で依頼をこなしてくれれば、いずれ烈風焔刃に追いつける日が来るかもしれないわ」
「そうですか。そういえば、最上位のギルドになると、どのくらい支援金がもらえるんですか?」
「あんまりこういう話はあれだけど…… そうね、年に一度の支援金もらえて、王都内にそれなりの家を一軒建てられるくらいかしら」
途方も無い金額に、アイルは開いた口が塞がらなかった。それは金貨何枚分にあたるのだろう。
「まあ、それだけあっても、薔薇園を維持する費用で大半が消えちゃうんだけどね。食費から教育費まで色々あるから」
「どうして、ソフィア…… 様は」
「様なんて付けなくても大丈夫よ。みんな、レナードにつられてそう呼んでるだけだから」
「わかりました。どうしてソフィアさんは、弱者の救済にそれほど力を入れているんですか?」
新米の身で、少し立ち入りすぎた話かもしれないが、兼ねてからどうしても気になっていた事だ。聞かずにはいられなかった。
「それは…… 贖罪のため、かな」
なんとも穏やかでない単語が飛び出し、アイルは眉をひそめた。
「贖罪…… ?」
「ああ、別に犯罪をしたとかではないの。…… 私の生まれが特殊で、そういった可哀想な子たちを、小さい頃からたくさん見てきたの。でも、あの時の私じゃ見ていることしかできなくて…… だから、いつかそんな人たちを救える人間になろうと思って、氷晶の薔薇を立ち上げたの」
なんとなく、一言一言を慎重に選んだような話し方だったが、その切なげな表情に嘘は見られなかった。これ以上、ソフィアの私的な空間に土足で踏み込むわけにもいかない。
「…… すみません。いきなりこんなことを聞いてしまって」
「いいの。このギルドに入った以上、あなたたちは私の家族も同然だから、隠し事はしないわ」
先ほどとは一転、ソフィアは力強い眼でアイルを見つめた。
「私はどんな事をしてでも、薔薇園を存続させる。臓器でもなんでも売る覚悟はあるし、最悪、悪事に手を染めることも厭わないわ。私には、その義務がある」
小揺るぎもしない確固たる信念。否、アイルにはそれが狂気的な妄執に囚われているように思えて仕方がなかった。
「ここがあなたたちの部屋」
ソフィアはそう言うと、目の前の扉を開けた。
中はベッドが二つと、作業机が一つ、それから空の本棚があるだけの至って質素な部屋だ。広さは二人で生活するには申し分なく、掃除も行き届いているようで、目につくところに汚れは見えない。
「でも、良いの? 一人一部屋は確保できるんだけど。遠慮しなくても大丈夫よ?」
「いいえ。同じ部屋の方が、何かと好都合なので」
「好都合……」
ソフィアは目を見開き、アイルとライラをまじまじと見つめ始める。
「あの、どうかしました?」
「う、ううん、なんでもない! そうよね、二人はそういうお年頃よね!」
急に取り乱すソフィア。
「あの、何か勘違いを……」
「いいの! 別に、そういうことは禁止されてる訳じゃないから!」
「いや、だから……」
「ソフィア様!」
廊下の方から、切羽詰まった様子で男が駆けてくる。
「なに!」
勢い余って、ソフィアは思い切り怒鳴りつける。しかし、男のキョトンとした表情を見て、冷や水を浴びせられたように、彼女の顔から興奮が消えていった。彼女は仄かに赤らんだ顔を背け、何度か咳払いをした。
「何かあったの?」
「ええと、烈風焔刃の情報です。先ほど、例の犯罪組織の拠点を一ヶ所制圧したと」
「まさか……」
「例の犯罪組織?」
アイルが口を挟む。
「最近、急速に勢力を拡大しているエフスロスという犯罪組織のこと。盗みから殺しまで、色々な悪事を働いていて、王国周辺でもかなりの被害が出ていたの。それで、王国から全てのギルド宛に緊急の依頼が出されていたんだけど……」
「その拠点の一つを、烈風焔刃が撃破したと」
「ええ。 依頼が出されたのはほんの数日前なのに…… そんなに早く見つけて、壊滅させるなんて」
ソフィア心底悔しそうに唇を噛んだ。
「これで烈風焔刃に、さらに差をつけられてしまいました。最終的な順位が決定するまで、時間もあまり残されていません」
男の話から、その深刻さがひしひしと伝わってくる。
「わかっているわ」
ソフィアが頷く。
「あなたたちは今日は休んでいて。困ったことがあったら、誰かに聞いてね。私は急用ができたから、また明日会いましょう」
それだけ言うと、ソフィアは背中を向け早足にその場を去っていった。と思ったが、途中でこちらに振り返る。
「あ、その…… 夜とかあまりうるさくしないようにね!」




