思いがけぬ共闘
強酸がアイルたちの顔面を狙い飛んでくる。しかも、容易に逃げられぬよう、広範囲に散布されている。身体強化を発動してからライラを抱えて避けるのでは、とても間に合わない。インフェルノも同様で、発動する前に酸が到達してしまう。
だが、彼女だけ助けることなら可能だ。
もはや、躊躇している時間はない。
「アイル!?」
ライラが驚きの声を上げる。
アイルは彼女と酸の間に割って入り、彼女を庇うようにして抱きしめたのだ。これなら、自分が盾になり、彼女へのダメージを最小限に抑えられる。彼自身はどうなるかはわからないが。
「くそ、俺が油断してなければ……」
残された僅かな時間で、アイルは一言、自分の無念を口にした。これが最期の言葉になると思うと、いたたまれない気持ちになる。
背中の辺りから、ヒリヒリするような熱を感じる。
「くっ……」
しかし、何かがおかしい。いつまで経ってもそれ以上、何の痛みも感じないのだ。
「ど、どうなってるんだ…… ?」
アイルはゆっくりと振り返ってみた。
「お前…… !」
アイルは目を疑った。
目の前を覆い尽くす眩ゆい灼熱の炎。それを噴出していたのは、あの竜種だった。
「もしかして、私たちを助けてくれたの…… ?」
ライラが呆然と言う。
炎を吐き切ると、竜種はぐったりしたように首を下ろした。
「どうして、そんなことを…… そうだ、敵は!?」
「どこにもいないよ……」
「ここに入ってきた瞬間も見えなかった。やはり、奴には擬態能力があるということか……」
地面に引火性のものがあったのか、竜種の吐いた炎は所々に残り、洞窟内を幾分明るくする。
しかし、未だに辺りは薄暗く、どんなに目を凝らしても肉眼で敵を識別することはできない。
「おいお前、もう一度敵の位置を教えてくれ!」
「人間の言葉、通じるの?」
「知能が高いんだから、なんとなく伝わってくれるはずだ! 頼む、奴の場所を!」
アイルは縋るような思いだった。この後、殺さなければいけない相手に助けを請うとは、なんと皮肉なことだろう。
「グルル……」
しばしアイルを見つめていた竜種だったが、ふいにその琥珀色の瞳を動かした。それは一見、何もない虚空を見ているようだ。しかし、その目は確かに何かを捉えている。
「つ、通じたのか…… !?」
「なんでアイルが一番驚いてるの!」
「いや、まさか本当に通じるなんて思わなくて」
たまたま竜種が敵を見るタイミングが合っただけかもしれないが。
「クロ、お願い!」
そう言うと、ライラが再びクロを召喚する。その顔に傷らしい傷もなく、この短時間で回復したらしい。
クロは地面に五本の指を突き刺し、その強靭な握力で岩を抉り取った。そして、竜種の向く方に、それを全力投球する。
岩の塊は、何もないはずの壁に激突する。
「キィィィ!」
突如、甲高い鳴き声が壁の方から聞こえた。そして、その壁からは赤々としたものが滲み出てくる。擬態は解けないが、素早く動くあの赤は、敵を可視化させてるも同然だった。
「見えたぞ!」
すかさずアイルが手をかざす。
だが、魔法発動の前に、再びあの酸が飛んでくる。
「ふ、またそれか」
しかし、時間の猶予はたっぷりある。彼は狙いを敵本体から酸へと移した。黒い炎に阻まれ、有色透明な液体は白い水蒸気へと変わる。
追撃はない。おそらく、酸を溜めるのに多少の時間が必要なのだろう。蒸気が消えれば、後はインフェルノを放って終わりだ。
「な……」
しかし、視界に映ったものに、アイルは愕然とした。
壁や地面、至る所に血が撒き散らされていたのだ。しかも、本体も静止しているらしく、どの赤にも動きはない。木を隠すなら森の中。あの酸攻撃は、最後の悪あがきなどではなく、計算づくの作戦だったのだ。
アイルは自分の稚拙な戦術を悔いた。
「くそ、どこだ!」
「グルルル…… !」
竜種の声が聞こえ、アイルはすぐさま振り返った。見ていたのは後ろの天井辺り。
「あそこ! 血が落ちてきた!」
ライラが指差す。
「クロ!」
クロは既に持っていた岩を、標的に向かって投げつけた。岩同士がぶつかり、爆発を思わせる轟音が耳を刺す。しかし、敵の声は聞こえてこない。
「倒せたかな…… ?」
「わからない……」
断末魔を上げる間も無く生き絶えたのだろうか。だが、魔物が落ちてくるどころか、血の一滴も垂れてこない。
「まさか、あれもダミーだったのか…… ?」
アイルは天井の辺りを見回す。すると、少し離れた位置から血が滴るのが見えた。目を凝らしてみると、周りよりも少し隆起しているのがわかる。
「あれだ!」
アイルは叫ぶ。
しかし、相手もそう易々とやられるわけではない。また、目くらまし用の酸だ。
「もう、同じ手は食わないぞ!」
身体強化を発動。
そして、ライラを抱え、大きく跳躍する。
「クロ!」
アイルの肩から顔を出し、ライラがクロに命令を下す。クロの投石が天井を狙う。しかし、それは当たらない。
「躱された…… !」
「いや、違う!」
ただ避けたのではない。
「ガァァァァァァァ!」
こちらに突っ込んでくる巨体。擬態はほとんど解け、その異様に長い胴体と、半分飛び出した丸い目玉が姿を見せた。その全長は竜種よりも長い。
半ば捨て身で、術者を攻撃しに来たのだろう。
アイルは着地すると、今度こそ照準を魔物に合わせる。 "力"の調整などしている暇はない。
「喰らえ!」
「キィィ……」
無慈悲の漆黒が、魔物を包み込んだ。




