洞窟に巣食うもの
迫り来る重い足音。
アイルは穴の入り口付近に、魔法の座標を合わせる。アイルが敵を目視すれば、あっという間に、それは灰へと姿を変えるだろう。準備万端だ。
しかし、忽然とその音は聞こえなくなった。
「どうしたんだろう…… ?」
「俺たちの存在に気づいて、警戒しているのか?」
それから一分以上が経過したが、入り口には何の動きもない。
「もしかして、待ち伏せ?」
「そうだとすると、少し厄介だな。ある程度、知能があるの魔物かもしれない。クロを先に行かせて、様子を見てもらえるか?」
「わかった」
ライラが頷くと、彼女の目の前に魔法陣が現れる。そこから出てきた黒い巨体は、暗い洞窟の中では一層恐ろしさが増す。やはり、クロという可愛らしい名前は改めた方が良い。
「グルルル……」
後ろから竜種の唸り声が聞こえてくる。いきなり巨大な生物が現れて驚いているのだろう。今のところ何かしてくる様子もないので、竜種の対処は先送りだ。
「クロ、あっちの様子を見てきて」
クロは穴の方へゆっくりと歩みを進める。
しかし、その入り口にたどり着く前に異変は起こった。何があったのか、クロはけたたましい叫び声を上げ後ろへ後ずさったのだ。クロは片手で目の辺りを抑えていた。
不意に訪れた緊張。
「なんだ!?」
「何かに攻撃されたみたい!」
「攻撃!? 穴の中からか!?」
「ううん、わからない!」
こうして話し合ってる間にも、クロはさらに悲痛な呻き声を発し、もがくように体を揺らす。よく見ると、クロの顔の辺りから蒸気のようなものが上がっていた。
「酸か…… ? ライラ、クロをどけてくれ!」
「うん!」
ライラが目を閉じると、クロはすぐに霧散した。
「よし!」
アイルは前方に見える暗闇にインフェルノを放った。黒炎が、穴の入り口から奥の方に向かって濁流のように流れていく。
通常、視界外にまで魔法を放つのは精密さに欠ける。しかし、先ほど通った横穴はほぼ真っ直ぐの道だった。魔法の発生地点を、視認できる入り口に設定し、そこを始点に魔法を伸ばしたのだ。
「倒した…… ?」
炎が収まり、ライラが恐る恐る尋ねる。
「あの中に何かがいたのなら、さすがに逃げられなかったはずだ……」
「何だったんだろうね?」
「さあな。酸を飛ばして、攻撃する魔物みたいだったが…… 先にクロを行かせておいて良かった」
クロの様子からして、おそらく、酸に強化魔法の類を付与させたのだろう。生身の人間だったら、取り返しのつかない傷になっていたかもしれない。
「アイル。クロも痛みを感じるんだよ?」
アイルが隣を見ると、ライラは訴えるように目を細めてこちらを見ていた。
「ああ…… そうだな。クロには感謝しないといけないな…… 」
「グルルル」
竜種の声が聞こえ、アイルは思い出したように振り返る。
「さて、残るはこの竜種だ……」
「一番最初に何かが来るのに気づいてたよね」
「耳が良いのか、もしくは鼻が効くんだろう」
「アイル、やっぱり私が……」
「いいや。だが、少し時間をくれ」
アイルは竜種を直視できずにいた。余計な邪魔者が入り、また決心が揺らいでしまったのだ。
だが、ここで始末しなければ、今度は誰が襲われるかわからない。相手は人の命を脅かす害獣なのだ。自分が今からするのは、他者の命を救うこと。
アイルはようやく、竜種に手を向けた。
「あれ? この子、また違う方向を見てる」
「え?」
ハッとしてアイルが顔を上げると、竜種の首は先ほどとは違い、アイルたちのちょうど真横の方角を見ていた。そして、まるで威嚇するように喉を鳴らしている。
「まさか…… !」
そちらを向いた時には既に、何かの液体がアイルたちの目の前まで近づいていた。




