大型の魔物
血の跡を追い、横穴へと入る。そこは先ほど通った道よりも幾分狭く、血痕は天井にまで付いていた。魔物にとって、ギリギリの高さだったのだろう。やはり、かなり大型の魔物らしい。
「ライラ、クロをいつでも出せるように準備しておいてくれ」
空気が擦れるような小さな声音でアイルが伝える。
「うん」
ライラは少し緊張している様子だ。
いくら禁術と呼ばれる黒魔術でも、敵を発見してから魔法の発動に移行するまで、少しのラグが生じる。視界の効かない場所でいきなり奇襲をかけられれば、その一瞬の隙で勝敗が決まることもある。
さらに進んでいくと、今度は、縦横一気に開けた空間に出た。松明の乏しい明かりだけでは、全体が見通せないほどだ。ここなら何か棲みついていてもおかしくない。しかし。
「静かだな」
「そうだね」
大型の魔物がいるのなら、息遣いやら多少の身動ぐ音でわかると思ったが、そんな気配はない。時より、どこかから雫が垂れる音がするだけだ。
「…… 奥まで行ってみよう」
アイルは意を決して、真っ直ぐ奥へと向かった。地面には、ところどころに乾いた血が付着していた。しかし、呆気ないことに、前方に見えてきたのは行き止まりを示す岩の壁。
そこから壁沿いにぐるりと一周してみるが、結局何もなかった。わかったのは、ここはドーム状になっているらしいということ。
「おかしいな。血は確かにこっち側に続いていたのに」
「もう、どこかに逃げちゃったんじゃない?」
楽観的な、しかし、一番可能性のある考えだ。
「そうかもな。よし、戻るか」
アイル達は来た道を戻り始める。しかし、そのちょうど中間地点に差し掛かった時。
「ん…… ?」
突然、ピタっと肩に何かが降ってきた。それは服にじんわりと滲み、仄かな温もりが肌に伝わる。アイルはギョッとして肩を見た。布地に広がっていたのは赤い染み。まさか、とアイルは上を見る。
炎の明かりが、真っ暗な天井に二つの球体を映し出していた。
「ライラ! 上だ!」
アイルが叫ぶのとほぼ同時に、真上の天井の方から岩が削れるような音がした。大小の岩が降り注いで来る中、巨大な何かのシルエットが見えてくる。
「グァァァァァ!!」
聞いたことのある、凶悪な雄叫び。
「まさか、竜種…… !?」
咄嗟に、アイルは上に向かい手をかざした。あの大きさなら、インフェルノを当てるのは容易い。
しかし、寸前でアイルはそれを中断し、"力"を身体強化へと変質させる。
「ライラ!」
アイルはライラを抱き抱え、その場から大きく飛び退った。直後、地響きが洞窟内に広がる。
「大丈夫か?」
「うん、私は平気…… でも、どうして?」
どうして、十分なチャンスがありながら、攻撃をやめ逃げに転じたのか。ライラの目はそう問いかけていた。
「あの竜種、この前俺を襲ってきたやつだ」
その色と形、そして、傷だらけの身体。それは、タレスの雷により瀕死状態に追いやられた竜種の一体だった。
「まさか、まだ生きてたとは……」
「でも、もうボロボロ……」
着地した竜種だったが、すぐに身体をよろめかせ、地面へと這いつくばってしまう。おそらく、最後の力を振り絞り、奇襲を行なったのだろう。
「グルル……」
竜種はなおも威嚇するように喉を鳴らすが、それ以上何の動きも見せない。
「もう、襲ってくる余力もないんだろうな」
「この竜種が村人を襲ったのかな…… ?」
「翼の生えた大型の魔物なんて、そうはいないはずだ。それに、俺もこの竜種の群れに襲われた。こいつで間違いないだろう」
「どうするの?」
ライラに聞かれ、アイルは押し黙ってしまう。
彼は再び竜種の方を見た。さすがは魔物の頂点に君臨するだけある。その瞳には、まだ力強い光が残っていた。
だが、弱っているのは事実。動けない敵にとどめを刺すのは、さすがに心が痛い。
「…… かなり衰弱してるが、体を休めれば動き回れるようになるかもしれない。また他の村人が襲われる前に蹴りをつけないとな」
「私が代わる…… ?」
「いや、大丈夫だ」
ライラから追撃が来る前に、アイルは竜種の方に手を向けた。しかし、中々心が決まらない。
先ほど、竜種の正体を知る前に、さっさとインフェルノを放っておけば良かったと強く後悔する。
「グルルル……!」
突然、竜種が勢いよく頭をもたげた。
「なっ…… !こいつ、俺たちを油断させて…… !」
竜種の知性の高さを失念していた。アイルは魔法の発動を急ぐ。
「待ってアイル!」
「どうした!」
「あの竜種、私たちを襲う気じゃないよ」
「なんだって?」
確かに、竜種は何もしてこない。
「私たちの後ろの方を見てるみたい……」
後ろの方、つまり、この空間に続く狭い一本道の方だ。
そして、ようやく気づく。一定の速いリズムで聞こえてくる、低い地鳴りのような音。
「何の音…… ?」
「でかい何かが、こっちに向かってきてる」




