氷晶の薔薇 初の依頼
氷晶の薔薇に加入したアイル達は、その日の内に早速依頼を受けることになった。初級の肩書きでは受けることのできない、上級の依頼だ。そして、彼の要望通り周りに他のメンバーはおらず、今は二人だけで行動している。
「すまない、ライラ。ギルドには入らないと決めていたのに」
「いいよ。お金もらえるんだし」
「そこなのか……」
「それに、アイルはあの人が気になってるんでしょ?」
アイルはギクリとする。あの人とは、当然リンシアのことだ。
「いや、気になってるというか…… ライラに嘘をつくわけにはいかないな」
アイルは観念したようにため息をついた。
「リンシアは昔とは随分変わっていた。今のあいつが、ノエルが言ってた不正行為に加担するとは思えないんだ。何か嫌々やらされてるんじゃないかって…… 直接聞ける感じてもなかったし」
確固たる判断材料がない以上、これはアイルの憶測に過ぎない。だが、嫌な胸騒ぎが、それに妙な真実味を帯びさせていた。
「アイルは友達思いだね」
ライラのセリフには何の含みもなく、ただ純粋にアイルを褒めているようだった。だが、その屈託のない微笑みが、逆に彼にもどかしさを抱かせる。
「どうなんだろうな」
彼もなぜここまでリンシアに執心しているのかわかっていない。昔から、自分が仲間意識を持った相手には、異常なまでに献身的になる気質はあった。しかし、まさか前途にそびえるリスクに目をつむってまで、ギルドに入ってしまうとは。
「…… でも、安心してくれ。本来の目的を忘れたわけじゃない。ライラの記憶は絶対に取り戻させる。それに、他のことも」
これだけは毅然として宣言するアイル。
「んー、私はもう今のままでも……」
何か言いかけて、ライラは首を振った。
「ありがとう、アイル」
「やめてくれ。なんだか恥ずかしい…… 約束したんだから、それを果たすのは当然だ」
しばらくすると、目標地点が見えてきた。
「あの洞窟か……」
「そうみたい。どうする? クロならいつでも呼べるよ」
「いいや、まだやめておこう。クロは禍々しすぎて、村人にでも見られたら怪しまれる。それに、変に敵を刺激してしまうかもしれない」
「わかった」
岩壁に穿たれた、高さ二、三メートルほどの大穴。ここなら、何か巨大生物が潜んでいてもおかしくない。
アイルの脳裏にはソフィアとの会話が浮かんでいた。
「記念すべき初依頼だけど、難易度が未知数な依頼なの。依頼はここから離れた村の村長から。夜中の哨戒をしていた五人の村人が何かに襲われて、大怪我をしてたって」
「何か?」
「ええ、正体は不明。襲われた時、彼らの持っていた松明の火が消されて、しっかりと視認できなかったみたい。でも、翼が生えていたらしく、そのままどこかへ飛んで行ったらしいの。方角的に近くの洞窟が怪しいんじゃないかって」
「それはいつ頃の話なんですか?」
「ええと…… 襲われたのは一昨日の話。依頼が出された昨日までには、新たな被害は出てないようね。だけど、襲われたのが腕の立つ村人だったらしくて。少なくとも、敵は低級の魔物などではないことは確か。あなたたちは、その洞窟を探索。敵を見つけ次第、速やかにそれを討伐して」
アイル達は、とりあえず洞窟に近づいてみる。中は十分に光が届いていなく、かなり暗い。耳をすましてみるが、聞こえてくるのは小さな風の音だけ。
「アーテルじゃないみたい」
ライラはディアブロ・アイを発動していた。アイルの故郷を襲った、あの黒い異形を透視するための魔法だ。なぜこんな特異な魔法が使えるのか、ライラは覚えていないらしい。
「そうか」
アイルは頷くと、村から借りてきた松明に火をつけた(火の属性魔法が使えないので、原始的に火打ち石を使った)。
「俺が前を歩く」
「うん」
洞窟はかなり奥まで続いているようだった。炎が照らせるのはほんの数メートル先で、それ以降は全くの闇。ゴツゴツとした硬い地面を靴底が触れるたびに、乾いた音が深くまで反響していく。
「何もいないね」
ライラが小さく呟く。
「ああ。それに何の音もしないな。とても大型の魔物がいるとは思えない」
「戻る?」
「…… そうだな。無駄足になるかもしれないし、一回戻った方がーー」
話の途中、突如目に入ったものに、アイルは息を飲んだ。
「どうしたの?」
「静かに」
アイルは目の前の突起した岩の方に向け、松明を近づけた。岩の側面には、赤い何かがべったりとこびり着き、明かりを鈍く反射していた。
「血だ……」
ほとんど固まっているが、このどす黒い赤は血で間違いない。 さらに腕を伸ばすと、奥の方にところどころ血が付いているのがわかる。それは、横穴の方に続いていた。
「すごい出血。魔物のものかな…… ?」
「人間を捕食したという話はなかったから、多分そうかもしれない」
アイルはライラと目を合わせる。
「行こう」




