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二本の黒薔薇

  「ほ、本当ですか…… ?」


  重厚な机を挟んだ向こう側に立つソフィアは、狐に包まれたような顔をする。

  それもそのはず。昨日は喧嘩別れのような感じになり、アイルはきっぱり拒絶の意思を見せた。しかし、翌日、不意に舞い戻ってきて「ギルドに入りたい」と申し出てきたのだ。そんな短時間で正反対の心境に至るなんて、普通はあり得ない話だろう。

  部屋の隅では、レナードが猛獣のような目つきでこちらを睨んでいた。


  「はい」


  アイルはレナードに一瞥だけくれてやると、すぐに視線を戻した。そして、指を二本、ソフィアの前に立てる。


  「ですが、二つ条件があります」


  「どうぞ、おっしゃってください」


  「まず第一に、依頼は全て俺とライラの二人だけで行動させてください」


  「…… もう一つは?」


  「俺たちが氷晶の薔薇に所属しているということは、他言無用にしてもらいたい」


 条件を聞き終える頃には、ソフィアの眉宇(びう)はさらに困惑の色合いを強くしていた。


  「…… 理由を聞いても?」


  「最初の件は簡単で、俺たちの魔法は接近戦がメインなので、遠距離魔法との連携に向かないんです。そして、二つ目ですが、俺の家が少し特殊で、あまり目立ち過ぎると面倒ごとになりかねないので」


  アイルはその場しのぎの適当な作り話を、さも真実であるかのように、深刻な声色で聞かせた。ソフィアも一応理解を示したように頷く。しかし、未だに難しそうな顔をしていた。


  「一つ目の条件は一向に構いません。それで最大のパフォーマンスが発揮できるのであれば。しかし、二つ目は……」


  「どうかしましたか?」


  「ギルドでは、その規模のいかんに関わらず、全てのメンバーの情報を王宮に届け出なければならないのです。ですから、それは……」


  「そうですか……」


  そんな規定があったとは。不正防止の一環なのだろう。


  「わかりました。すみません、いきなり押しかけてしまって。今回の話は無かったことにしてください」


  アイルはいとも簡単に引き下がった。

  そもそも、彼が氷晶の薔薇に入ることを決めた理由。それは、レイリー率いる烈風焔刃の裏情報を仕入れるためだ。約五十名から成るこの有力ギルドなら、そういう事にも詳しいはず。まあ、レイリー自体は眼中になく、知りたいのはリンシアのことなのだが。

  そこにノエルの熱心なアプローチが加わり、それが決定打となった。

  しかし、それは天秤の微妙な傾きを見ての決断。利点がある一方、最悪の場合、黒魔術の存在がバレるという大きなリスクを孕んでいるのだ。表立ってギルドで活動するとなれば、注目を浴びそのリスクは高まる。それにより、天秤は一気に反対側へと傾いた。


  「お待ちください!」


  ソフィアから待ったがかかる。


  「わかりました。それに関しては、こちらで対処しておきます」


  ソフィアの目には強い信念のようなものがたぎっていた。


  「ソフィア様! 本気ですか!?」


  室内に響く声で難色を示したのは、やはりレナードだった。


  「レナード、昨日も言ったでしょう? 薔薇が枯れれば、薔薇園は消えて無くなってしまう。それだけはさせない。何があろうと、私達はあの子達を守る義務があるの」


  やはり、リンシアを突き動かしているのは、あの孤児院の存在が大きいようだ。


  「それは重々承知しているつもりです…… ですが……!」


  「彼らが危険ではないことは、既にわかっているでしょ?」


  たかだか一、二時間話しただけで、自分たちの何がわかるのか。アイルのその疑問に答えるように、ソフィアはこちらを向き、口を開いた。


  「実はあなた方のことを少し調べさせてもらいました」


  「俺たちを……?」


  「はい。この国で犯罪歴があるか、出身はどこなのかなど」


  たった一日の間にそんなことを。

  これはまずい状況だ。下手をしたら、アイル達が禁術を有していることも調査済みなのではないか。

  アイルは固唾を飲み、続く言葉を待つ。


  「その結果、犯罪歴はゼロ、出身は近くの村だということがわかりました。()()()()()


  思わずアイルは否定しそうになった。


  「ええと、俺たちの出自はどうやって知ったんでしょうか…… ?」


  「王国に住んでいた経歴がなかったので、しらみ潰しに聞いて回りました。そこで、たまたま王国内にいた、タレスという聖職者の男性に聞いたんです。『どちらも村では非の打ち所がない、とても良い子達だった』と」


  アイルは人知れず胸をなでおろした。

  彼に不利になることを言えば、復讐でもされると思ったのだろう。意図せず、タレスという従順な配下を配置できていたらしい。


  「色々と嗅ぎ回るような真似をして申し訳ありません。ですが、どうしてもレナードを説得したくて……」


  「いえ。こちらも信用を得るための手間が省けて良かったです」


  普通なら咎めるところだ。しかし、アイルは少し悪い笑みを浮かべていた。

  それを純粋に友好的な笑みと捉えたのだろう。ソフィアはパッと明るい顔をした。


  「これからよろしくね、アイル、ライラ」


  ソフィアの口調が砕ける。おそらく、仲間として認められたことの証なのだろう。


  「こちらこそ、よろしくお願いします」


  「よろしくお願いします」とライラも頭を下げた。

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