再びの勧誘
ノエルの後に続き、数分。
「ここが薔薇園だよ」
彼の視線の先には、煉瓦造りの立派な屋敷が現れた。全体的に落ち着いた色合いの外観だ。
中に入ると、奥の方から子供達のはしゃぎ声が聞こえてきた。かなりの人数がいるようだ。
「氷晶の薔薇がまさか孤児院を運営していたなんて」
「まあ、世間に公言しているわけじゃないからね」
ノエルはそう言うと、ヘンリーの背中をトントンと優しく叩く。彼はすぐに理解したらしく、奥の部屋へと走っていった。
「ここはいつ頃建てられたんだ?」
「二年前。氷晶の薔薇の全盛期に、ソフィア様の意向で建てることになったんだ。国からの奨励金や、ギルドの留保金なんかを使ってね」
上位のギルドとなると、ギルド維持のために国からある程度の奨励金が拠出されるのだ。因みに、ギルドは依頼をこなした数によって評価されるらしい。
「元々、氷晶の薔薇はソフィア様が弱者の救済を掲げて立ち上げたギルドなんだ」
「それは初耳だ」
話をしながら、ノエルはヘンリーが入った部屋とは反対の方へ、アイル達を案内する。中はシンプルで、テーブルと、その両側に長椅子が一つずつ。どうやら応接間のようだ。
アイルとライラは促されるままに、席に着いた。
「昨日は失礼なことをしてしまったね、ウチの副リーダーが」
テーブルに置かれたカップに紅茶を注ぎながら、ノエルが言った。湯気に乗って、芳しい香りが鼻に届く。
「いや、こちらこそ、しっかりと挨拶せず出て行ってしまって悪いことをした。…… それに、レナードが部外者を排除したい気持ちもわかる」
アイルの頭にはタレスの顔が浮かんでいた。
「気を遣ってくれなくても大丈夫だよ。あれは全面的にこちらが悪い。それに、今の氷晶の薔薇には君のような実力者が必要なのは本当なんだ」
「俺なんかいなくても、氷晶の薔薇はトップのギルドとして名を馳せてきたんだろ?」
「確かに、氷晶の薔薇はそれまでこの国で一番のギルドだった。まあ、それも半年前までの話。ある新興ギルドが現れてから、全てが崩れ去った」
「ある新興ギルド?」
アイルはその話に少し興味をそそられた。彼がライラと出会って、半ば隠居生活を送っていた半年。その間、国の情勢がどうなったか全く知らないのだ。
「そう。約半年前、突如として現れた"烈風焔刃"というギルド。それはたった一、二ヶ月で、ウチを差し置いて最大のギルドになったんだよ」
「すごい速さだな…… なんでそんな急激に?」
「正攻法では、ここまでのし上がるのはまず無理だ。そして、裏では悪い噂がちらほら上がっている。その一つが、依頼の占領」
その言葉に、アイルは思い当たる節があった。
「占領って言うと…… もしかして、一昨日から続いている……」
「その通り。そこの冒険者支援センターで、依頼が全く無かったでしょ? あれは烈風焔刃が支援センターと秘密裏に依頼の受け渡しを行なっている可能性が高いんだ」
「そんなことが……」
「まあ、発覚には至っていないから、推測の域を出ない。だけど、依頼の減少のせいで、ウチが受けられるのは、極端に難易度の高い依頼だけ。報酬は高いけど、その分リスクが大きく、ウチでもこなせる人間は少ない」
ノエルはカップに口をつけ、それから一つ息をついた。
「まったく、恐ろしい奴だよ。あそこのリーダー、レイリー・フレイザーは」
「待ってくれ。今なんて…… ?」
アイルは耳を疑った。
「レイリー・フレイザーだよ。近くの村出身の、まだ十五歳の少年。あの若さでここまで成り上がるとはね……」
ノエルの話は後半、アイルの耳には届いていなかった。
レイリーといえば、アイルの幼馴染の一人ではないか。彼が追放された日は、随分酷い事をされたものだ。昔から魔法の才能はあったが、まさか、彼が半年の間にそこまで出世していたなんて。
「アイル、大丈夫?」
ライラの声が聞こえ、アイルはハッとした。
「ああ、悪い。少し考え事を……」
レイリーが烈風焔刃のリーダーであることはわかった。そうなると、一つの仮説が生まれる。
「そういえば、リンシアーー じゃなくて、昨日ノエル達が捕まえようとしていたあの女性。どうして彼女を追っていたんだ?」
「実は、あいつは烈風焔刃の初期からいるメンバーなんだけど」
やはり、これはアイルの読み通りだ。
「あいつが背負っていた荷物を見たでしょ? あの中には依頼書なんかが入っていたんじゃないかって、ウチは睨んでいる」
「依頼書…… 例の、烈風焔刃が占拠したやつか?」
「そうさ。烈風焔刃の異常な成長。その根底には、下請けギルドに依頼を譲渡していた、ということも考えられる。もちろん、それは不正だ」
「そうか……」
なんだかアイルは他人事のように思えなくなっていた。もちろん、二人の幼馴染が悪行を働いているというからというのが大きいが。中でも気がかりなのはリンシアだ。随分変わったように見えた彼女だが、本質的には昔と何ら変わっていないのだろうか。
いや、そんなはずない。
「あんな奴らのせいで、今氷晶の薔薇は資金難に喘いでいる状態なんだ。このままでは、いずれこの薔薇園の維持も難しくなる。僕はあの子達を見捨てたくない」
ノエルはテーブルに手を置き、身を乗り出した。
「だから、どうか氷晶の薔薇に入ってくれないかな……?」
いつのまにか話が進んでいた。




