薔薇園
「それで、家はどこらへんなんだ?」
歩きながらアイルが聞く。
「この大通りを真っ直ぐ行って、十五分くらいかな」
「ふーん。結構中心部の方なのね」
「うん」
リンシアの言う通り、四人の進行方向上には、他の建物と一線を画する荘厳な王宮が見えている。距離はまだかなりあるが。
言わずもがな、王宮のある中心部に近いほど、貴族や有力ギルド、王国の重要機関が置かれる傾向にある。この少年ーー ヘンリーも、そのきちんとした服装から、裕福な家庭の子なんだろう。
「それにしても、結構なりんごの数だが、兄弟が多いのか?」
「んー…… うん! たくさんいるよ。十人以上」
「それはまた、すごい大家族ね……」
リンシアの顔は少し引きつり気味だ。
それからしばらく歩くと、途中でヘンリーは大通りから小さな脇道へと入った。横幅は、四人が横に並んでも少し空間が余るほど。さっきまでの賑やかさと打って変わり、薄暗くどこか物寂しい雰囲気が漂う。
「この先なの…… ?」
リンシアの声も暗く感じたのは、気のせいだろうか。
「うん、もうすぐだよ」
それから、さらに進み。
「ね、ねえ。ヘンリー君のお家ってさ…… 建物に何か名前がついてない?」
「うん、付いてるよ。 薔薇園っていう……」
ヘンリーが喋っている途中に、急にリンシアが立ち止まるもので、アイルはびっくりした。
「どうしたんだ?」
「あの…… ごめん、私、用事思い出したから」
それだけ言い残すと、リンシアは踵を返し来た道を駆けていく。
「おい、リンシア!」
呼び止めるが、彼女は聞かずそのまま行ってしまった。追いかけようにも、途中でヘンリーを置き去りにするわけにはいかない。
「どうしたんだろう……」
ライラが憂うような目で向こう側を見る。
「わからない。だが、何かを恐れている感じだった」
そして、その何かというのは、なんとなく見当がついていた。
「なあ、薔薇園っていうのは、一体何なんだ?」
「えーっと…… 僕たちが暮らしてるところで、みんなが遊んだり、勉強したりする場所」
「そう聞くと、家というより、何かの施設みたいだが」
「ううん。みんなそこで毎日暮らしてるから、家と同じだよ」
頑として自分の主張を譲らないヘンリー。
ここで反論するのも大人気ないし、行ってみればわかる。そう考え、とりあえず前進しようとした。
「何してるの〜?」
背後から突然恨めしそうな声が聞こえ、ライラは「ひゃっ!」と背筋を伸ばした。だが、その作られた感じの声は、アイルはおろかヘンリーにも効果がなかった。それに、聞いたことのある声だ。
アイルが振り向くと、やはり、そこには見知った人が。
「ノエル……」
「やあ、アイル君、ライラさん。昨日ぶりだね」
ノエル自身も、よもや、あんな粗雑な脅かしに引っかかる者などいないと踏んでいたのだろう。その口角は、したり顔が隠しきれず、微妙に吊り上っている。
一人だけまんまと罠にはまったライラは俯き、頰を真っ赤にしていた。
「あ、ノエル!」
ヘンリーは顔を輝かせ、飼いならされたペットのごとくノエルに飛びついた。
「ノエルはヘンリーと知り合いなのか?」
「それはこっちのセリフだよ。二人はどうしてヘンリーと一緒に?」
アイルはここに来るまでにあったことを、掻い摘んで説明した。もちろん、リンシアの事は伏せておく。
「そういうことだったのか。いや、ありがとう。ウチの子を手伝ってくれて」
「ウチの子って…… ノエルは今何歳だ?」
「十七だよ」
澄ました顔でそう言われ、アイルはどう反応すればいいか分からず閉口した。
「まあ、僕の実の子じゃないんだけどね」
「えっと、じゃあ……」
「薔薇園。氷晶の薔薇が運営している、孤児院の子だよ」
「孤児院……」
「ここまで来たんだ。せっかくだから見ていってよ」




