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力の差


  タイロンが自信たっぷりにそう言い、紫髪の男を差し置いて前に出る。紫髪の男は呆れたように息をついた。


  「…… わかった。だけど、気絶させるだけだ。間違っても殺すんじゃないぞ? 私たちは犯罪者ではない」

 

  「ああ、わかってるよ」


  彼らの会話からして、どうやらアイルは相当なめられているらしい。


  「作戦会議は終わったか?」


  「おいおい。そんな軽口叩いてられるのも今のうちだぞ?」


  タイロンは不敵な笑みを浮かべると、片腕を横に伸ばした。すると、彼の手のひらを中心に光が現れ、上下に伸びていき、何かの形を象っていく。光が消えると、そこには先端が大きく膨らんだハンマーのような鈍器が。


  「具現化魔法か」


  「それだけじゃないぜ?」


  そう言うと、タイロンは前傾姿勢になる。そして、一歩踏み込んだ。常識はずれの驚異的な加速。彼はアイルに急接近すると、そのまま後ろへと回り込んだ。

  おそらく身体強化だろう。


  「あばよ」


  聞こえてきたのは、勝ちを確信した声。だが、それは極めて早計だ。

  アイルは軽く頭を下げる。すると、コンマ数秒後、背後からの横()ぎが彼の頭上を通過していった。


  「なっーー ぐっ!」


  タイロンの驚嘆は直後に短い悲鳴へと変わる。

  攻撃を避けたアイルは素早く振り向くと、鈍器を振り切る前に男の腕を掴み、軽々と投げ飛ばしたのだ。タイロンは三、四メートル先で、地面を派手に転がる。

  周りから大きなどよめきが起こった。


  「こ、こいつ……」


  さっきまでの威勢の良さは何処へやら。腕をついてこちらを睨むタイロンは、何が起こったか分からないという様子だ。


  「まさか…… 彼も身体強化の使い手なのか。それも相当の手練れ」


  紫髪の男もたまげているようだ。

  彼の言う通り、アイルは今身体強化モドキを使っている。この魔法なら、インフェルノのように相手を灰にするようなことはない。さらに、傍目からは黒魔術だとは思われない。現段階で黒魔術を識別する方法は、啓示式で使われたあの石しか無く(アイルたちが知っている限りだが)、外見の邪悪な魔法さえ使わなければバレることはないはずだ。


  「僕が動きを止める……!」


  次に動いたのはノエルだ。彼が手をかざすと、魔法陣が手のひらを覆う。


  「はあっ!」


  放たれたのは幾重にも枝分かれした高電圧の線。


  「威力は中々だが、タレス程ではないな」


  悠長に分析するアイル。

  彼は地面を一蹴りし、横へ大きく跳躍する。何に当たることなく、電撃魔法はその短い寿命を終えた。


  「くそっ!」


 相手の狙いが再び定まらぬ内に、アイルは一気に距離を詰めた。そして、力を抑え突き飛ばした。


  「うわっ!」


  「この! 調子にのるなよ!」


  横からタイロンのがなり声。

  見ると、巨大な鉄の塊は目前まで迫っていた。

  先ほどよりも数段速い。こんなものを生身の人間が食らえば、たちまち肉のペーストと化すだろう。もはや彼には手加減もクソもないのだろう。しかし、スピードもパワーも、今朝受けたクロの渾身のフックには比肩しえない。

  アイルは軽やかなステップでそれを(かわ)し、タイロンの腹に掌底お見舞いする。もちろん、十分な手心を加えて。


  「ぐあっ!」


  鈍器と合わせ百キロは超える男の身体が、軽々と吹き飛んだ。干し草の積んであった荷台に彼が着地したのを確認すると、アイルは最後の一人に向き直る。


  「残るはお前だけだ。もう、終わりにしたらどうだ?」


  最後通告を提示するアイル。できれば、これ以上無益な争いははしたくない。


  「ふっ。ここまで小馬鹿にされて、黙っていられるか……」


  だが、紫髪の男はあっさりと拒絶する。

  突如、彼の周囲の上空に幾多の魔法陣が展開される。そして、その内の一つから何かが勢いよく射出された。岩が砕ける音がすぐ横で聞こえる。見れば、石畳みの地面に透明な何かが(くい)のように突き刺さっていた。

  氷柱(つらら)だ。


  「当たったら死んでいたぞ?」


  「これは警告だ。これ以上我々の邪魔立てするようなら、本気でこれを当てる」


  「殺しはしないんじゃなかったか?」


  「貴様っ!」

 

  男にとって今のは禁句だったらしい。全ての魔法陣から氷柱の先端が顔を覗かせる。

  しかし、アイルは微動だにしない。

  理由は、彼の目からは、タレスのような狂気を感じないからだ。氷柱が向く方向も、アイルを狙っていないように見える。気高い理念が、彼の憤怒をコントロールしているのだろう。だから、避ける必要などない。

  何より、仮にそれらの一つが彼に向かっても、避けられる自信が彼にはあった。


  「はあああっ!」


  飛来する氷弾の雨。


  「やめなさい」


  ふいに女の声が聞こえた。静かな、しかし、澄んだよく通る声だ。

  続いて、二人を隔てるように巨大な氷の壁が立ちはだかった。


  「なんだ……?」


  呆気にとられるアイルの前に現れたのは、スカイブルーの髪を垂らした少女であった。

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