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氷晶の薔薇

  少女は男達と同じ服装をしている。だが、他の者違い、惹きつけられるような存在感を放っていた。


  「あいつらの仲間か……?」


  ただならぬ雰囲気に、アイルは臨戦態勢をとる。


  「そ、ソフィア様!」


  と、そこに紫髪の男の慌てた声色が聞こえてきた。


  「レナード。あなたは一体何をしているの?」


  反対に、ソフィアという名の少女は落ち着き払っていて、その声には冷たく刺すような含みがある。


  「例の運び屋と思しき女を発見しまして……」


  「たった今あなたと戦っていたのは、少年のように見えるけど」


  「あの男が途中で、我々の邪魔をしたのです。それで……」


  「言い訳はいらないわ。こんな街中で暴れるなんて、あなたは『氷晶の薔薇』副リーダーとしての自覚はあるの?」


  レナードは何も言い返せないようだ。

  どうやらアイルを攻撃するつもりはないらしい。


  一片の曇りもないサファイアのような瞳が、アイルを見る。ソフィアはゆっくりとこちらに近づいてきた。

  すると、ふいに氷の壁が粉々に砕け散った。微細な氷の欠片が太陽を反射し、きらきらと輝く。まるで彼女の周りを彩っているようで、神々しいことこの上ない。

  まだあどけなさの残る顔を見るに、歳は二十に届くかどうか。しかし、その身のこなしや言葉遣いからは、大人の上品さを感じさせる。

 

  「申し訳ありません。私の部下があなたに無礼を働いてしまって。お怪我はありませんか?」


  「い、いえ…… 俺は大丈夫です」


  言葉通り、アイルの身体には傷一つ付いていない。


  「良かったです。私、氷晶の薔薇というギルドのリーダーをしている、ソフィアと申します」


  「氷晶の薔薇……」


  聞いたことのある名前だった。


  「そうか。あの、有力ギルドの……」


  「部下の不始末は私の不徳の致すところ。重ね重ねお詫びさせていただきます。本当に申し訳ありませんでした」


  ソフィアは深く頭を下げた。


  「あなた達も突っ立ていないで、今すぐに謝罪をしなさい」


  ソフィアに気を取られていたが、いつのまにかレナードを含む三人の男のが集まっていた。皆、母親に叱られた子供のように意気消沈している。


  「も、申し訳ありませんでした……」


  少しの間渋っていた彼らも、最終的には操り人形のように、ぎこちなく頭を垂れた。


  「あの、お詫びと言っては何ですが…… もしよろしければ、私どもの拠点へ来てくださいませんか?」


  「いや、そんな。大丈夫でーー」


  断ろうとしたその時。なんとタイミングの悪いことだろう。腹の中で胃か何かが空腹を訴え、魔物の唸りのような音を奏でたのだ。

  あまりの音に、ソフィアは目を丸くした。


  「ちょうどお昼時ですからね。もちろん、お食事もご用意しますよ」


  ソフィアの優しい声はまるで聖母の言葉のように響く。

  三大欲求の一つというだけはある。一瞬にして、アイルの考えは百八十度回転した。


  「それなら、連れがいるんですけど、彼女も一緒にいいですか……?」


  「ええ、もちろんです」


  アイルは、未だ建物の角からこちらを窺うライラに手招きをした。不審がりながらもちょこちょこと歩いてくる彼女は、小動物のような可愛らしさがあった。





  「どうぞ、召し上がってください。お口に合えばいいのですが」


  アイルの目の前に現れたのは、巨大な長テーブルに置かれた豪奢な料理だった。純白のテーブルクロスの上には、しゃれた銀製のロウソク立て。白いピカピカの陶器にはワンポイントとして薔薇の模様が刻まれている。そして、手にしたフォークとナイフはずっしりと重い。

  この建物自体も村の教会より大きく、まさに豪邸という言葉がぴったりだ。

  アイルが住んでいたリビエール家も裕福な方だったが、こんな豪勢な装い見たこともない。


  「い、いただきます……」

 

  アイルとライラの声は幾分強張っていた。どちらも食事の作法に関しては素人同然で、勝手がわからないのだ。少し居心地が悪い。

  とりあえずアイルは目の前の分厚い肉にナイフを入れてみる。思った数倍柔らかく、肉汁が溢れ、ほのかに赤い断面が姿を見せた。思わず生唾を飲む。このままむしゃぶりつきたい気分だったが、流石に自制した。

  結局アイル達は、ソフィアの食べ方を盗み見て、それに倣うことにした。


  「お二人は、フリーの冒険者なのですか?」


  長テーブルの一番上座の方に座るソフィアが聞く。

  フリーというのは、ギルド等の集団に属さないことを意味する。因みに、ギルドとは、二人以上の冒険者で構成される、より大きな冒険者単位のことだ。ギルドに属していると、何かと都合が良いことが多い。


  「はい。先日…… というか昨日なったばかりで」


  「そうだったのですか」


  ソフィアは口に手を当て、驚きを示す。


  「新米にしては中々良い筋してるじゃねえか。まあ、少し本気を出せば、あの戦いは俺の圧勝だったがな」


  そううそぶくのは、先ほど対峙したタイロンだ。

  今はちょうどテーブルを挟んだ向こう側に座っている。彼はカチャカチャと食器の音を立て、高価そうな肉を一度に口に入れ、むしゃむしゃと咀嚼した。


  「タイロン君、いつも言っているよね? 食事の時だけでいいから、もっと上品に振舞ってと」


  そう注意するのは、小柄な方のノエルだ。こちらは礼節を心得ているらしい。

  二人は、ソフィア仲介のもと、どうにかアイルと仲直りを済ませていた。


  「いいかい? まずはナイフでしっかりとお肉を切ってーー」


  「一々細かいな、ノエルはよ。美味い! って脳が喜んでるのに、そこに無駄な思考を入れてどうする。食事のマナーなんてもんは、負のスパイスに他ならねえ。まずはお前のその腐った考えをーー」


  「あなたたちは、お客人の前でまた私に恥をかかせるつもり?」


  ソフィアはうんざりしたように目を閉じていた。やはり、彼女からはどこか母親のような気質が窺える。


  「食事中に申し訳ありません。それで…… どこかギルドに入る、もしくはギルドを立ち上げる予定はおありですか?」


  「いえ、今のところは……」


  ふいにソフィアの顔がパッと明るくなる。


  「それでしたら、私どものギルドに入られてはいかがですか?」


  「氷晶の薔薇に……?」


  急な申し出に、アイルは困惑する。


  「反対です!」


  急に声を上げたのは、今まで黙り込んでいたレナードだった。

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