事件の真実
二度目の王都。
街は昨日となんら変わらぬ、平和な喧騒に包まれていた。
昨日タレスを連れ帰ってから、アイル達は王都をしばらく観察していたが、特段騒ぎのようなものは起こっていないのだ。アイルが最後に放った巨大な黒魔術。あれは王都から見えてもおかしくない規模で、内心ヒヤヒヤしたが、どうやら取り越し苦労だったらしい。
アイル達は大きな木造の家屋に入る。昨日訪れた病院だ。受付で面会の申し出をして、一つの部屋の前まで案内される。
扉を開けると、ベッドに横になっていたタレスが、ギョッとしたように半身を起こした。
「き、貴様ら…… 何をしに来たんだ……?」
タレスは警戒するように目を細める。
「聞きたいことがあるだけです。ただ、答えようによっては、少し方針を変えるかもしれないですが」
アイルの脅し文句に、タレスは目に見えて怯えた様子になる。半狂乱だった昨日の彼とは大違いだ。
後ろの扉が閉まり、今この部屋にいるのはアイル、ライラ、タレスの三人だけ。逃げ場のない取り調べ室の完成だ。
「まず聞いておきたいのは、あなたが昨日言った言葉の真意です」
「言葉……?」
「村へ戻った後リビエール家のみんなを襲うと、そう言いましたよね? あれは本気でそう言ったんですか? それとも、俺を逆上させるため?」
アイルはこの質問によって、タレスの今後を決めようとしていた。無論、彼をこの場で殺すような真似はしないが。
「な、何の話だ……?」
タレスは訳がわからないという顔をする。しかし、アイルの目には惚けているようにしか映らない。
「何のって…… 昨日、追い詰められたあなたが、俺にそう言ったんでしょう?」
「ま、待ってくれ! 本当に覚えていないんだ! 昨日のことを何も!」
「この期に及んで、そんな嘘が通用するとでも思ってるんですか?」
「信じくれ! 私は本当に何も知らないんだ! 気づいたら身体がぐったりしていて、腕がなくなっていたんだぞ!? 教えてほしいのはこっちの方だ!」
まるで自分が被害者とでも言いたげに振る舞うタレス。
「いい加減にーー」
「アイル」
後ろから服の袖を引っ張られ、アイルは一歩踏み出そうとした足を止める。
「……悪い」
また、激情の赴くままに行動するところだった。自責の念に苛まれ、アイルは幾分冷静になる。
「それで、覚えてないとは、どういうことですか?」
「実は、一昨日の夜、床についてからの記憶がないんだ……」
「記憶がない?」
「そうだ。目が覚めたと思ったら貴様の肩にいた。それ以前のことは、何も覚えていない。魔物に襲われたと聞いたが、私は王都に向かった覚えもない」
タレスは真っ直ぐアイルの目を見る。
「それじゃあ、あなたが俺を殺そうとしたことも、背中に生えたアーテルの触手のようなものも覚えていないと?」
「あの化け物の触手が私に……? ど、どういうことなんだ?」
タレスの元々白い肌から血の気が引いていき、死人のような顔になる。どうやら演技ではなさそうだ。
「ライラ、どう思う?」
アイルは首だけライラの方へと傾ける。
「この人が嘘をついてるようには見えない。もしかしたら…… 精神支配術の類かも」
「精神支配術…… 感情のコントロールをしたりできるのは知っているが、人を操れるほどの魔法があるのか? 」
色々な教本を読み漁ってきたアイルだが、そんな高度な魔法は聞いたことがない。そもそも、魔法の対象が相手の脳というだけで難易度が上がるのだ。そんなことをできる人間がいるのか、甚だ疑問だ。
「卓越した魔法師なら、もしかすると……」
ライラのそのセリフからも、確信はないとわかる。
アイルはしばらく考え込んだ。
「わかりました。とりあえず、あなたの言うことを信じます」
「そ、そうか……」
タレスは大きなため息をつく。まるで猛獣の追跡を振り切ったような感じだ。
「ですが、一つ約束してください。絶対にリビエール家には近づかないと。もし、あの家族に何かあれば……」
「わ、わかった! 神に誓って近づかない!」
詰問を終えたアイル達は、さっさと彼の部屋を後にした。とりあえず一つの問題は解決した。しかし、代わりに浮上した、より厄介な問題。
「精神支配術か……」
「まだそうと決まったわけじゃないよ」
「だが、もしそうなら、誰かが俺を狙ってる可能性もある。少し調べた方がいいな」
立ち込める不穏な空気。
それを破ったのは、間の抜けた小さな地鳴りのような音。
「アイル…… お腹減った」
ライラがお腹をさすりながら言う。どうやら彼女の腹の音らしい。
「ああ、忘れてた。とりあえず、妖精の翼片を届けに行って依頼料をもらいに行くか」




