悪魔
まるで急に夜が訪れたと錯覚するような、真っ暗な光の柱。その幻想的な一方で、恐怖に満ちた光景は十数秒に渡って続いた。
「あれは、俺の魔法なのか……?」
アイルは呆然と呟く。
黒い光が消えたあと、そこに広がっていたのは死だ。数百はあった木々はその名残すら残らず跡形もなく消え、地面にはぽっかりと大きな穴が穿たれていた。
「これが禁術…… 悪魔の力……」
今まで知らなかったし、考えたこともなかったのだ。これが黒魔術という魔法が禁術と言われるゆえん。
「国を滅ぼしかねない悪魔」。タレスの言葉が重くのしかかる。彼が言っていたことは正しかったのかもしれない。
「うっ……!」
突如、心臓に耐えがたい痛みが襲った。まるで死神が心臓を握りつぶそうとし、アイルの命を奪おうとしているような。
アイルはその場でうずくまる。
「アイル!」
叫びながら、ライラがアイルの隣に駆けつける。
「はあはあ…… ライラ。俺は、一体……」
聞きたいことが山積していたが、酷い激痛により思考がぼやける。
「とりあえず、今はここから離れよ? 誰かがここにくる前に。 ……立てそう?」
「も、もう少し待ってくれ…… それより、ライラは大丈夫なのか?」
「私は大丈夫。アイルは自分の心配をして」
少しすると、胸の痛みはだいぶ薄れていった。
「……行けそうだ」
アイルはライラに優しく手を引かれ、なんとか立ち上がる。そして、川の方へと歩き始めた。小刀で刺された腕の痛みは残り、まだ本調子からは程遠いが、なんとか王都までたどり着けそうだ。
「ライラ、ちょっと待ってくれ」
ライラの手をするりと抜け出し、ふいにアイルは川とは反対側へ向かう。
「アイル? どこに行くの……?」
切なそうなライラの声を背中に受け、よっぽど引き返したくなるが、そうもいかない。
「う…… ああ……」
苦しげな息遣い。まさに、虫の息だ。
アイルはしばらくの間、うつ伏せに倒れたタレスをただ見下ろしていた。ほんのさっきまで、本気で命を奪おうとした憎き敵。しかし、不思議なことに、先ほど感じた刃のように無機質で冷たい感情は湧いてこない。
「誰か……」
タレスは助けを求めるように、右腕をしきりに動かしている。
どんなに醜悪な生き物でも、命の灯火が消える寸前、弱々しくもがく姿は眺める者の同情を誘う。それは今の彼にも当てはまることであった。
アイルの彼を見る目からは、侮蔑の色が薄れていった。
彼はその場に屈むと、タレスの老いぼれた身体を肩に担いだ。
「だ、誰だ……」
「王都まで連れて行ってあげます」
「貴様…… どうして……」
掠れた力のない声から、微かな驚きが伝わってきた。
「確かに俺は一度あなたを殺そうとしました。でも…… あなたと違って、俺はまだ悪魔じゃありません」
後半、アイルは自信なさげに言った。ライラが呼び止めてくれなければ、彼は悪魔のささやきに屈していたかもしれない。
タレスは何も言わず、ただ苦しげにうめくばかりだった。
「アイル、その人は……」
いつのまにかアイルの側まで来ていたライラ。
「わかってる。この人は崖の上でお前を、他の奴を傷つけた。だけど、まだ終わっていない。わからないことがあるんだ。それを聞くまでは、この人を死なせるわけにはいかない」
「アイルがそう言うのなら……」
不承不承といった感じで、ライラも賛成してくれた。
「上の奴ら…… ライネスとダインも無事だといいが……」
「大丈夫だよ。二人とも、私と同じで少量の電流で気絶させられただけだから。もう、目を覚ましてるかも」
「そうなのか」
ライラの言葉を聞いて、アイルは安心した。タレスの殺しの対象はあくまでアイルであり、他の人間には一応配慮したらしい。
ライネス達には自力で帰ってもらうことにしよう。
そうして、アイル達は川辺まで移動する。あとはこの流れに沿って歩くだけだ。
その途中だった。ふいに、どこからか視線を感じた。アイルは立ち止まり、周りを見る。
しかし、特に何も見つからない。
「どうしたの、アイル?」
ライラが尋ねる。
もしかしたら、アイルの気のせいかもしれない。色々なことがあって気が滅入っているのだろう。彼はそう考えることにした。
「いや、なんでもない。急ごう」
アイルは再び歩き始めた。




