決着
タレスの背中から飛び出した、七本の黒い触手が意思を持ったようにうねる。
「何なんだそれ。具現化魔法? 召喚術か?」
「さあ、早く殺してみろ! 貴様の黒魔術で!」
タレスは有無を言わせなかった。
真っ黒な触手が伸び、ありとあらゆる方向からアイルを狙う。
変則的な動きを交えることで、彼に狙いを定めさせない魂胆だろう。
「こんなものが俺に効くと思ってるのか?」
しかし、その程度アイルにとっては子供騙しに過ぎなかった。触手の先がどれだけ動いていても、本体であるタレスはその場で静観を決め込んでいるのだ。ならば、本体に近い根本辺りを焼けばいいだけ。
「馬鹿め! それだけだと思ったか!」
タレスはがなり立てる。
彼は残りの一本の腕ーー 自分の本物の腕を伸ばした。雷を落とす気だ。
「天罰覿面! これで終わりだ!」
タレスは高らかに勝利を宣言する。
真上から電光石火で接近する光の筋。前方からは七本の黒い棘。
「なんだ、それだけか」
だが、アイルにとっては、それすらも興ざめものだった。
彼は真っ直ぐタレスを見やる。天から降る罰など、気に止める必要はなかった。
結局は雷。頭上のどこかに魔法を放ち、打ち消せば良いだけだ。仮想空間上に緻密な位置情報を落とし込む必要はない。
数百万を超える電圧は、黒い灼熱へと消えていく。
「なに……!?」
「終わりだ」
アイルは冷酷にそう言うと、インフェルノを放った。
地獄の業火が、触手の根本を焼き切る。
「ぐあぁぁぁぁあ!」
まるで自分の四肢が切断でもされたように、タレスは喚く。
ぼとっ、という気味の悪い音を立て、全ての触手が地面に落ちた。
「もう諦めろ。あなたは嫌いだが、殺したくはない」
「ふっ。慈悲を与えたつもりか? 悪魔のくせに、ふざけた真似を……」
タレスは千鳥足でこちらに向かってくる。
「悪魔はお前の方だ」
「早く、殺せ……」
小さく枯れた声が聞こえる。その瞳に力はなく、一気に老け込んだように見えた。これでは攻撃などできまい。
「そんな事を言っている場合じゃないだろ」
アイルはローブに隠れたタレスの左腕を見る。途端に胸が痛んだ。
「腕はどうなってるんだ? 出血とか…… とにかく早く治療をしないと」
「大丈夫だ。もう治っているから……」
そう言いながら、なおもタレスは歩み寄ってくる。
「治ってる? どういうことーー」
タレスとの距離が残り数歩ほどになった時。ローブの隙間から、何かがチラリと光る。それはちょうど、タレスの右手辺り。
アイルはようやく気づいた。しかし、それは少し遅すぎたようだ。
「馬鹿め! 油断しおったな!」
タレスは右腕を大きく振り上げる。彼の手が握っていたのは、刃渡り二、三センチの小刀。
儀式か何かで使う、殺傷力の低いものだ。だが、首元を狙うとなれば話は別である。
「死ねぇぇぇぇ!」
ほぼゼロ距離。これなら即座にインフェルノを発動できる。だが、それではタレスが確実に死ぬ。
アイルは咄嗟に腕を前に出した。
「くっ!」
腕に激痛が走る。
強力な魔法をものともしなかったアイルは、小さな刃物の侵入を容易に許してしまう。
「このっ!」
痛みをこらえ、アイルはタレスの腹を強く蹴り飛ばした。
「ぐうっ!」
情けない声をあげ、タレスは地面に倒れこむ。
「はあはあ…… どうだ? 痛いか? ああ?」
「お前……!」
「だから殺せと言っただろ? これは貴様が望んだ結果だ」
「なんだと……!」
「それだけじゃない。お前が私を見逃せば、村に戻りリビエール家のクソ共を殺す。男は粉々にして、女の方はどうするかな……」
タレスが醜い笑みを向ける。
その瞬間、アイルの心の中で、張り詰めていた何かがプツリと切れた。
「もういい……」
込み上げる怒りは、いつしか冷たく鋭い何かへ変わっていた。それは彼から慈悲の心一時的に隠し、盲目にさせる。今彼に見えているのは、醜く卑小な害虫のごとき存在。
アイルは手を伸ばす。
「失格だ……」
タレスのそんな声が聞こえた。
いや、アイルの気のせいかもしれない。それに、そんな言葉聞こえたところで、彼を止めることなどできない。
"力"が止めどなく溢れだしてくる。
「アイル! だめ!」
今度は確実に聞こえた。ライラが呼ぶ声が。
アイルはハッとする。
だが、既に"力"は凝縮され、魔法へと姿を変えるところだ。止めようがない。
アイルは咄嗟に魔法発動の座標を遠くへずらした。
次の瞬間、音が消え、光が消えた。
彼の目に映ったのは、天高く伸びるおどろおどろしい黒だった。




